プログラムノート

クルト・ヴァイル:交響曲第2番

 クルト・ヴァイル (1900-1950) は、いわゆるクラシック音楽、特にオーケストラ・コンサートでおなじみの作曲家とはあまりいえません。少しクラシック音楽に詳しい人であれば、たぶん真っ先に「三文オペラ」が頭に浮かぶことと思いますが、この曲がそうであるようにヴァイルはなんといっても劇音楽の作曲家であるといってよいでしょう。
それら多くの劇音楽作品のうち特に有名なのは、ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトとのコンビによるもので、先にあげた「三文オペラ」の他、「マハゴニー市の興亡」、「七つの大罪」といった作品がよく知られています。これらの作品は、ベルリンを中心とする1920年代の都市大衆文化、いわゆる「黄金の二〇年代」に隆盛をみたワイマール文化のひとつの側面をはっきりと映し出しているといっていいように思われます。つまり、伝統的な高級文化をシニカルに挑発するかのようなカウンターカルチャーとしての性格をもち、そこでは大都市における猥雑な生活が臆面なく描き出されています。あるいは、そこにはある種の華やかさもあるかも知れませんが、第一次大戦敗戦後のドイツの経済的・政治的混乱といった時代の暗鬱な空気から、やはり逃れることができないかのようでもあります。

 こういったベルリン時代のヴァイルの作品を知るものにとって、まったく信じられないほどの転換を遂げているのが、30年代半ばにアメリカに渡り、ブロードウェイ・ミュージカルの作曲家となったのちの作品です。ヴァイルのミュージカルは、今では作品全体としてはほとんど省みられることはなくなっています。しかし、例えば「スピーク・ロウ」や「セプテンバーソング」といった当時大ヒットしたナンバーは、今でもジャズのスタンダードとしてしばしば取り上げられる曲であり、そういわれて、「えっ、あれはヴァイルの曲だったのか」と驚かれる方もいらっしゃるかと思います。(ちなみに、ソニー・ロリンズの名盤「サキソフォン・コロッサス」の中の「モリタート」は、ブロードウェイ時代のものではありませんが、「三文オペラ」のほぼ冒頭の曲です。)

 さて、前置きが長くなってしまいましたが、今日演奏いたします交響曲第2番は、このようにまったく異なった様相を呈している二つのクルト・ヴァイル像を考えるとき、いろいろな意味でいわばその谷間にあるような作品といえそうです。まず時代的には、ベルリンでのブレヒト等とのコンビによる実り豊かな創作の後、アメリカに渡る以前に作曲されたものであり、完成された場所もパリ近郊の町でした。ヴァイルはユダヤ系であり、「退廃芸術」の担い手であり、ブレヒト等左派の作家と組んでいる人間でもあったため、30年代初頭からすでにナチズムによる演奏妨害などを受けていましたが、彼がこの交響曲第2番に着手した1933年1月にヒトラーが政権の座に着いたため、ここにきて早々に亡命をする必要があったわけです。この曲全体を支配するメランコリックな雰囲気は、こういった状況と関係しているのかもしれません。

 また、この曲が純粋な器楽曲、しかも交響曲という形式をとった絶対音楽であるという意味でも、この交響曲はヴァイルの作品群の中でいくぶん特殊な位置を占めています。ヴァイルの器楽曲は、その他には初期のチェロ・ソナタ、弦楽四重奏曲、交響曲第1番、あるいはヴァイオリン協奏曲くらいしかありませんが、ヴァイオリン協奏曲の10年後に作曲されたこの交響曲第2番以降、ヴァイルはオーケストラ・コンサート用の作品をもはや作曲していません。

 とはいえ、この交響曲は(確かにそれぞれの楽章は、ソナタ形式やロンド形式といった器楽曲の形式をもっていますが)音楽的な性格としては、この作品が作曲されるほんの数年前、あるいは全く同時期に手がけられていたブレヒトとのコンビによる音楽劇やオペラの特質をはっきりと受け継いでいます。中でも「三文オペラ」や「マハゴニー」などを特徴づけている、「ソング」と呼ばれる通俗的な節回しとリズムをもつ歌の部分は、この交響曲第2番の中にもところどころに出現し、厳格な形式姓をもつはずの純粋な器楽曲のうちに、ヴァイル節とでも呼べるような大衆的な娯楽性が混在して、あたかもヴァイルの妻であった女優のロッテ・レーニャが彼の舞台で気持ちよく歌っているかのような面白さをもたらしています(例えば、第2楽章の比較的最初の部分でのトロンボーンのソロや、第3楽章の行進曲風な部分等)。

 こういったこの交響曲の性格と並んで、本日の演奏で特筆すべきことは打楽器の使用です。この曲の初演は1934年にブルーノ・ヴァルター指揮のアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団によって行われましたが、その際ヴァルターの要望で、もともと使用されていたティンパニの他にスネアドラム、バスドラム、トライアングル等の打楽器が追加されました。現在出版されているスコアはこれら追加された打楽器を含まない「原典版」ですが、本日の演奏は普段めったに聞くことのできない打楽器を加えたヴァージョンということになります。それによって、純粋な絶対音楽としての性格よりも、むしろ音楽劇におけるようなヴァイルの特質がより前面に押し出されることになるかもしれません。

 第1楽章はソナタ形式によって書かれ、ソステヌートの序奏部に続いてアレグロ・モルトによる主題が提示されます。展開部は第1主題、第2主題によるのではなく、独自の素材から成り立っています。

 第2楽章はラルゴと表示された葬送行進曲風の音楽で、ヴァイル自身「コルテージュ(行列)と呼んでも差し支えないかもしれない」と述べています。

 第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェのロンド形式で、中間部に独特な行進曲風の部分をもっています。コーダはさらに早く、タランテラ風のプレストとなって、せきたてられるように終結へと向かいます。

初演:1934年 アムステルダムにて
ブルーノ・ワルター指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

楽器編成:フルート2(ピッコロ持ち替え),オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2 ,ホルン2,トランペット2,トロンボーン2,ティンパニ,タムタム(Gong),シンバル,トライアングル, 中太鼓,小太鼓, 大太鼓,弦5部


新交響楽団第181回演奏会
2003年4月27日(日)東京芸術劇場大ホール
指揮 高関 健