プログラムノート

リヒャルト・シュトラウス:4つの最後の歌

 1945年5月、ドイツが敗戦をむかえたとき、R.シュトラウスはすでに80歳の老人であった。ヒトラーが政権の座についた当初こそ、事態を深刻に捉えていなかったシュトラウスは帝国音楽局総裁となることを受諾し、はからずもナチスに協力したかたちになってしまうが、このとき進行していたオペラ『無口な女』のテクストを提供したユダヤ系作家、シュテファン・ツヴァイクとのやりとりをめぐってナチスの不興をかい、1年半あまりで総裁職を「辞任」することになる。この出来事によってシュトラウスは自分がどのような政治的混乱の中に巻き込まれているかを思い知らされるが、1935年にこの「協力」が終わった後も、シュトラウスはしばしばナチズムとの不愉快な緊張関係を経験することになる。ユダヤ系の作家や芸術家たちが体験しなければならなかった苦難に比べれば、もちろんはるかにましな生活であったにせよ(ちなみに、ツヴァイクは1942年に亡命先のブラジルで妻とともに自殺の道を選んだ)、戦争終結までの12年の歳月はシュトラウスにとっていわば冬の時代であったに違いない。

 とはいえ、戦時中から戦後にかけてシュトラウスが作曲した「ホルン協奏曲第2番」(1942)、16管楽器のための2つの「ソナチネ」(1943, 45)、「オーボエ協奏曲」(1945)、クラリネット、ファゴットのための「デュエット・コンチェルティーノ」(1947) といった作品は、(「メタモルフォーゼン」(1945) を除いて)そういった時代の暗さを微塵も感じさせることのない、穏やかで明るい優しさに包まれている。これらシュトラウス最晩年の作品のうち、彼のほぼ最後の曲となる「4つの最後の歌」(1948) にも、そのような穏やかな優しさが満ち溢れている。しかし、その穏やかさは他の晩年の作品に見られるような屈託のない明るさと結びつくものというよりも、むしろ84歳のシュトラウスが――4曲目の「夕映えのなかで」の最後で歌われるように――「死」を予感しているかのような、ある種の陰りを含んだものでもある。「私たちは苦しみも喜びも通り抜け、手に手を取り合って歩んできた」とこの曲で描き出される二人の姿には、R.シュトラウスにとって、優れたソプラノ歌手であった妻のパウリーネとともに歩んできた50年以上にわたる人生の旅路も重ね合わされているのかもしれない。とはいえ、その「死」は必ずしも不吉なものというわけではない。はじめの3曲で歌われるような生命の輝きに溢れる「春」や「夏」へのまなざし、あるいは自由に飛翔する芸術家の創造性に対する憧れのまなざしが、最晩年の――そして終戦後の物質的・精神的廃墟のドイツに立った――老作曲家によるものであると考えるとき、そこで間近に迫った自分自身の死が予感されるにせよ、それは十分に人生を生き抜いてきた人間だけが迎えることのできる穏やかで満ち足りたものでもあるだろう。

またそれとともに、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルン、あるいはストラヴィンスキー、バルトーク等の音楽上の革新をはるか以前に経験しながらも、20世紀の半ばにあってますます澄み切った明るさを響かせたR.シュトラウスにとって、この「4つの最後の歌」は、彼がまさにその最後の継承者の一人であった、19世紀的なドイツ文化の伝統への白鳥の歌であるのかもしれない。子供時代や自然、芸術に対する純粋な感情を、新しい響きのうちにも率直に描き出すという点で、ロマン派的な精神を多分に含んでいる20世紀の作家ヘルマン・ヘッセの詩(はじめの3曲)にシュトラウスが作曲したということも、その意味でごく自然な結びつきと感じられるのである。

 「4つの最後の歌」という曲名、および現在、通例となっている1.「春」、2.「9月」、3.「眠りにつくときに」、4.「夕映えのなかで」という曲順は、R.シュトラウスの死後、楽譜出版商の友人エルンスト・ロートによって決められたものである。4曲のうち最初に作曲されたのは、ドイツ・ロマン派の詩人アイヒェンドルフによる「夕映えのなかで」で(シュトラウスは1946年5月にこの詩を書き写している)、そののち「春」、「眠りにつくときに」、「9月」(これら3曲はヘルマン・ヘッセの詩)の順番で完成された。

第1曲「春」 詩の第一連では、「薄暗い地下の洞窟」であるような冬の世界の中で、「あなた」と呼びかけながら「春」を思い焦がれているのに対して、第二連以降では、詩人は「春」を目の前にして、その「奇跡(Wunder)」のような美しさと生命に包まれて恍惚としている。音楽もそのような恍惚感に満たされ、浄化された幸福感のうちに終わる。

第2曲「9月」 9月の雨の降る庭で、花を濡らす雨の滴とともに、黄葉したアカシアの葉が落ちていくのを目にして、詩人は夏が終わりを告げつつあることを感じている。音楽にはそのような過ぎゆく夏への惜別の感情とともに、特に「夏(Sommer)」という言葉が現れるフレーズにおいて、生命力溢れる夏への強い憧れの気持ちが歌われる。夏が「目を閉じる(Augen zu)」という最後の歌詞に続いて、まどろみのなかで再び夏への憧憬が回想される。

第3曲「眠りにつくときに」 一日の営み、あるいは生活のための営みに疲れた芸術家が、夜の「眠り」のなかで「疲れ」から解放され、そこで魂が再び自由に飛翔することを思い描いている。詩の第二連の最後「まどろみの中に沈み(sich in Schlummer senken)」という言葉とともに、いわばまどろみのなかでの甘美な憧れのような間奏に入る(ヴァイオリン・ソロ)。第三連においても、同じ変ニ長調の美しい響きのなかで「魂(Seele)」は上昇し、「自由に飛翔して漂う(in freien Flugen schweben)」という言葉とともに、歌はまさに翼をえて自由に漂うかのように天国的な旋律をたどる。

第4曲「夕映えのなかで」 長い旅をしてきた二人が、夕映えのなか、ある静かな小高い場所で眼下の田園を見渡している。音楽は、夕焼けの中に広がる非常に雄大な風景を表すかのように始まる。その二人がいる丘から二羽のひばりが空に昇っていく。そういった「広々とした、静かな平和」を感じながらも、人生のさすらいに疲れた二人は「死」を目前に予感している。その中で憩い、浄化されることを思い描いているかのように音楽は静寂に向かう。

初演:1950年5月22日、ロイヤル・アルバート・ホール、ロンドン
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)、キルステン・フラグスタート(独唱)、フィルハーモニア管弦楽団(このときの曲順は、「眠りにつくときに」、「9月」、「春」、「夕映えのなかで」)
楽器編成


新交響楽団第182回演奏会
2003年7月20日(日)東京芸術劇場大ホール
曲目 湯浅譲二/交響組曲「奥の細道」
   R.シュトラウス/4つの最後の歌
   シューマン/交響曲第2番
指揮 飯守泰次郎
ソプラノ 緑川まり