Forum Takayama
Japanisch-Deutsches Forum 2003


「DAAD友の会 日独フォーラム2003」報告 山口裕之

 1992年の開催以来、今年で12回目になる「DAAD友の会 日独フォーラム2003」は、3月25日から27日にかけて山中湖畔にある東海大学セミナーハウスで行われた。このフォーラムは、その名称の示すとおり、「DAAD友の会」が主催するもので、今年の秋からDAAD奨学金によりドイツに留学する日本人学生および留学を終えて帰国した元奨学生、そして日本に滞在するドイツ人留学生(DAAD、フンボルト、文部省などの奨学生)を対象として、講演と討論を通じての学術交流、そして留学生相互のネットワーク形成・情報交換を主な目的として開催されている。今回は2名の元DAAD日本人奨学生、7名の日本人DAAD留学予定者、5名のドイツ人留学生、2名の講師のほか、フォーラムの企画に携わった6名の実行委員と1名のDAAD友の会事務の参加があった。

 今回のフォーラムでは、Musikhorizonte Deutschlands und Japans ? neue Aspekte durch kulturellen Vergleichがテーマとして掲げられ、ドイツ人と日本人それぞれ1名ずつの講師による講演が行われた。このフォーラムでは、原則としてドイツ人は日本語で、日本人はドイツ語で発言を行うことになっているが、講演者もその原則に従って発表を行った。


 このフォーラムで音楽がテーマに選ばれたのは初めてのことである。ただし、あえて伝統的な「クラシック音楽」ではなく、現代の文化に強く結びつき、むしろ主流に対して挑発的な立場をとる音楽が取り上げられることになった。一人目の講演者のAnja Hopf氏(立命館大学、日本学)は、Musikszene in Japan ? zwischen Kulturspezifik und Universalitat? ? ein Blick auf die alternative Stromungen der japanischen Musikszene in den siebziger Jahren 「日本における音楽シーン ― 特殊な文化か普遍的な文化か? 70年代の邦楽における新しい流れをめぐって」 という表題のもとに、ニューヨークおよびブリティッシュ・パンクの誕生と展開を参照項としつつ、主に日本でのパンクの展開と彼らの音楽におけるテクストに焦点を当てて論じた。タイトルにあるように、日本のパンクのあり方が日本独自の特殊な現象であったのか、あるいはパンク一般に還元されうるような普遍性をもつものであるのか、あるいはそもそもこういった二項対立そのものが有効であるのか、という問いをこの講演は投げかけることになったが、具体的には、頭脳警察(銃をとれ!)、スターリン(Stop Jap!)、さらには三上寛(BANG!)、INU(町田町蔵)(メシ喰うな!)が取り上げられ、彼らの音楽、過激なテクストやパフォーマンスに話が及んだ。

 とはいえ、この講演は単にパンクの誕生と日本のパンクの展開の俯瞰を試みるものではなく、こういった対象を取り上げる際の研究上のスタンス自体がこの講演のもう一つのテーマであったともいえる。Anja Hopf氏は、パンクという現象を扱うに際して、ディック・ヘブディッジの『サブカルチャー』にも言及しつつ、カルチュラル・スタディーズ的な視点からの「文化」へのアプローチそのものについてまず論じていたが、こういった姿勢のうちにも、本人の言葉によると?theoriefeindlich”なドイツの日本学にある種の転換が生じつつあることが感じられ、その意味でも非常に興味深い講演だった。

 もうひとりの講演者である三輪眞弘氏は、1970年代末以来ベルリン芸術大学、ロベルト・シューマン音楽大学で作曲を学び、現在はコンピュータ音楽を活動の中心に据える作曲家である(岐阜県立情報科学芸術大学院大学教授。三輪氏のホームページhttp://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/ とともに、プロフィールについてはArtist Archive http://www.elesal.com/archive/index.html 参照)。三輪氏は、Die Suche nach einer neuen akustischen Kunst im modernen Japan「現代日本における新しい音響芸術の探求」と題して講演を行ったが、これは講演であると同時に氏が日頃行っているようなワークショップの実践でもあった。三輪氏の音楽の一つの重要な特徴となっているのは、純粋にアルゴリズムによる演算の遂行(その最も効率的な体現者がコンピュータである)によって音が規定されているのだが、その音が一見アルゴリズムの対立物であるような生々しい肉体性と結びついて現れるということであるように思われる。三輪氏が「逆シミュレーション音楽」という言葉によって表しているコンセプトは、まさにこういった特徴を体現するものとなっているが、今回の講演の中でも紹介された「またりさま」や「村松ギヤ」と名づけられているもともとは村落共同体において伝承されてきた祭事も、まさに「逆シミュレーション音楽」として位置づけられている。(「またりさま」「村松ギヤ」については、それぞれhttp://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/XORensemble.htmlおよびhttp://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/MuramatsuGear.html を参照。)「またりさま」では、8人の「プレーヤー」がそれぞれ鈴とカスタネットをもち、互いに他のプレーヤーの背中を向いて輪を作るが、その「演奏」に際して各プレーヤーは1ビットの演算処理を行う回路の一部となる。純粋なアルゴリズムに基づく演算=演奏でありながら、そこで立ち現れてくるのは宗教的な秘儀であり、その中で醸成されていくある種の高揚感である。講演においては、実際に参加者が簡単な演算規則によって「プレイ」を実習し、また「またりさま」も実際に体験した。最終日の全体ディスカッションでは例年、グループワークで討論されたことの発表がなされるのだが、今回のフォーラムでの発表は、各グループが試みた新たな演算規則による「演奏」の場となり、非常に盛り上がりを見せた。(それについては三輪氏のホームページでも言及されている。)

また、元DAAD奨学生として参加した水野隆元氏(音楽学)は非常に高い技巧と音楽性を備えたハーモニカの演奏を行い、同じく参加者のNatalie Schneider氏は感銘深い尺八の演奏を披露したが、これらの演奏も、今回音楽をテーマとして集ったこのフォーラムに特別な花を添えることになった。

このフォーラムのもう一つの目的は、はじめにも述べたように、留学生相互の交流によるネットワーク形成・情報交換である。正規のプログラムが終わったあとの夜の懇談、そして開催場所となった山中湖周辺の散策(これは同時に「グループワーク」の場でもあった)によって、参加者は大いに交流を深めることが出来、この点においてもこのフォーラムは今回も当初の目的を果たしたように思う。さらにここで形成されたネットワークはこれまで、むしろ日本人留学予定者がドイツに行ってから重要な機能を果たしている。今回の参加者にとっても、このフォーラムでの交流が今後に生かされることを期待している。

なお、今回のフォーラムの詳細、またこれまでのフォーラムについては、http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/yamaguci/ft/ft_top.html またそこからのリンクで見ることができるので、ご関心をお持ちの方はそちらを参照していただきたい。


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