台湾の民主化と李登輝政権

 

小笠原 欣幸

東京外国語大学

李登輝政権の細かな動向にはふれずいくつかの問題提起

 

用語

外省人=戦後台湾に移住した大陸出身中国人

本省人=日本統治以前から台湾に居住していた中国人⇒福老人(福建省)と客家→台湾人

原住民=マレー・ポリネシア系先住諸民族(9つの民族に分かれる)

台湾語福老語(門+虫 南語とも言う)

 

 

1.権威主義体制の時代

 

 

 

通説:権威主義体制下において国民党国家による台湾人社会の支配が進行

権力の浸透 → 要所を押さえる組織(党 行政 軍 特務)はすべて外省人が掌握

政治的自由・基本的人権の抑圧

潜在的に対抗勢力になりうる社会階層は弱体化 → 知識人は228事件で打撃

地主は土地改革で打撃

 

党国支配体制=コーポラティズム国家論

→ 様々な団体を使って上からの浸透の試み(確かにあった)

ヨーロッパ社会のような教会とか組合とかのような役割ではない

もともとのコーポラティズム論 社会に根差した団体組織に乗った体制

 

表面的には非常に強固な権威主義体制であるが,国家と社会が分離しているがゆえに逆に中央権力が浸透しきれない空間があった

 

・北京語と台湾語の分離 → 支配者と被支配者との明確な境界

権威主義体制下において台湾人社会は一定の自由領域を確保していた(台湾ナショナリズムの母体)

 

・地主支配の弱体化 → 物質的には貧しいが生産手段を所有(仮に屋台であっても)

土地に縛り付けられている前近代的農村社会と異なる

(地主勢力が弱められたことはハガードも重視−輸入代替戦略との関係で)

・ハガード説 rent seekingの問題 → 発展途上国につきもの 経済政策を歪める要因

台湾で確かに外省人にレントを与えた だが経済政策は相対的に超越

台湾人社会の上に立つ政府だから(外来政権であるがゆえに)

 

[経済成長論争] 自由市場説と管理市場説

新古典派が言う自由化政策は部分的,実態は政府が市場を誘導する規制経済

しかしこの空間(ミクロの面)では,自由競争社会が成立していた

中小企業の領域でしか活動空間のない台湾人社会のパワーが経済成長へ

労働者であっても労働者階級という意識は持っていない

→ 老板(ラオバン)になる夢はごく身近な夢 産業革命期の北部イングランド非国教徒実業家の境遇に類似か?

 

 

2.権威主義体制の転換 (※表面的には体制強化だが転換の条件を蓄積)

 

@中国ナショナリズムの浸透

教育を通じて → 日本統治時代の教育が日本人以上に日本的な台湾人を作り出したように今の若い世代は中国化が相当浸透している 台湾の地理歴史はほとんど知らない

 

A北京語の浸透

若い世代はものを考えるときも北京語,自分を表現するのも北京語

 

B台湾人中産階級の成長 外省人国営企業←→台湾人中小企業の構図があいまい化

 

C台湾人の全般的進出(人口比からして通常のリクルートの際台湾人を排除できない)

 

@とAはその分台湾人社会が侵食を受けた BとCは台湾人社会の空間がその分広まったことを意味する

 

権威主義体制転換についての通説

☆正統性の動揺 → 日米との国交断絶,国連脱退

 

☆植民地支配からの脱却論 → 被支配民族の経済的権力の増大,自立化

→ 独立した国民国家へ → 台湾ナショナリズムがこの範疇

 

☆権威主義体制溶解論 → 経済水準教育水準の向上が市民意識の高い中間階層の登場

権威主義支配体制を解体へ 一種の市民革命論

 

※権威主義体制強化安定化の試みが成果を上げたことで国家と社会の壁が流動化

→ 市民社会の形成 → 民主化の基盤を構築

上からの支配のための浸透が一定の市民社会を作り出し,逆に「上の」権力解体へ

国民党の権威主義体制は土着でないため生き残りのため必死の近代化 @とAを通じて 資本主義近代が農村部にも入り込む

 

 

3.台湾の民主化とは何か? 李登輝政権論

 

・台湾の民主化は比較政治学の観点からはハンティントンの言う第3の波の一部

人権保障 選挙による指導者の選出

・台湾人社会を押え込んできた権力構造の変動 台湾化

亡命中華民国体制の台湾化,政権レベルの台湾人化

・市民が主体という幻想と官僚エリート支配で成り立つ先進資本主義国の民主主義体

制に近づいた

社会各層の各種の異議申立て・自己主張の強まり 新たな統合原理の模索

 

 

民主化=台湾化を進行させてきたのが李登輝政権

中国人社会で初めての民主化

 

李登輝政権はクーデターでも革命でもなく中華民国=国民党という旧体制の枠の中で民主化=台湾化を達成

民主化を支持する民意を背景に卓越した政治手腕により守旧派を分断

 

憲法改正 → 国民大会・立法院の全面改選 台湾住民の直接選挙による総統(大統領)

選出 台湾省の実質的な廃止

そのつど合法的な手続きを踏んでいる

(ただし中華民国憲法は依然として外モンゴルまでも含む大中国で台湾はその一省)

 

民主化に伴う社会変動・社会混乱を最小限に抑えた→体制が崩壊した旧ソ連,政権交代の南ア,前元大統領逮捕の韓国などと異なる → 台湾経験と称される

 

初の台湾人総統李登輝が台湾ナショナリズムの心情を代弁することで機先を制した

中国ナショナリズムと台湾ナショナリズムの二重構造を管理

二つのナショナリズムの激突を防いだ

 

 

政党状況

 

 

[批判]

 

・台湾では李登輝政権論は族群政治の観点から論じられる

 

権力ポストおよび各種機構の台湾化は台湾人意識の台頭を招きそれに反発と

不安感を引き起こし族群対立の構図ができた

 

・旧体制の枠の中で改革を進めることの限界 → 強引な政権運営(ストロングマン)

利益誘導を用いた反対派の篭絡

(透明な政治運営を求める都市部有権者の反発)

国民党は過半数ぎりぎりの状態

 

 

※李登輝政権は,台湾人社会の成熟(支配−被支配の境界の曖昧化)を背景にした国家と社会の関係の再編成を担った政権

 

4.今後の展開

 

※李登輝政権は確かに強力に台湾化を進めてきたが,

これが直ちに台湾ナショナリズ ムの爆発となって

独立国家の形成に向かうものではない → 外からは中国の脅迫

内からは中国人意識

[政治的要因]

・ナショナリズムはより大きなナショナリズムの反撃を招く

・族群対立を止揚するために人工的なアイデンティティ(新台湾人)を作り上げる必要性

 

→ 独立国家になれないという環境において,旧来の国民国家とは違うありかたを模索する思想が登場する可能性がある →

→ 国境にとらわれない国際中国人意識(華僑のメンタリティの発展形態)がでてくる可能性もある

 

[経済的要因]

・台湾経済の現状 → 低賃金の労働集約産業に依拠した時代は終わっている

・世界経済における台湾の位置 国境を越えた商品資本の自由移動が発展のカギ

(人口2000万の内需は知れている)今後の発展のためにはグローバリゼーション →

→ アジア太平洋オペレーションセンター構想 香港に代わる新しいセンター

(アジア太平洋地域の金融・情報・製造・運輸・メディアのセンターを目指す)

これが成功するためには従来の国民経済の概念を超える必要がある