最近の台湾政治についての雑感 (2000.10-11)


[1] 行政院長の交代 - (2000/10/14)
長かった残暑もどこへやら,暑くもなく寒くもなく,日本の秋は過ごしやすいです。唐飛院長の辞任については,陳水扁も心理的準備をしているという観測記事がでていたので,ちょっと早かったがやはり,という程度の感想です。唐飛は軍官僚の統率はできていたのだから,もうちょっと辣腕かと思っていたのですが政治手腕はまた別物だったようです。それでも三月の選挙の政権交代の激震を最小限に抑えるという役割を十分果たしたのでお疲れ様というところでしょうか。
今回の内閣部分改造で注目したのは行政院秘書長の人事。蕭萬長の幕僚であった魏啓林を更迭し邱義仁を据えたのはなかなかの妙手。何しろ,唐院長−魏秘書長のラインでは内閣の手綱さばきができないし,発想も国民党そのものだし,悪いことに総統府も手を出せない。陳水扁も相当いらだっていたはず。行政院秘書長は日本の官房長官に近いポスト(細かく言うと官房長官の機能は台湾では秘書長・副院長・新聞局長に分散されている)。この人,大地震の時(当時研考会主任)蕭萬長を補佐して閣内の取りまとめをしようとしたのだがうまくいかず,マスコミに「蕭萬長は怒っている」といった情報を流していただけなので,これはダメと思った。今回秘書長の更迭と同時に魏啓林の人脈であった鐘琴新聞局長をうまいこと政務委員に動かしたことも,布陣として悪くない。ただし財務部長の交代が株式市場の下支えになるかどうかは不明ですね。
一方,民進党内で陳唐体制を最も強く批判していたのが新潮流派。邱義仁はその代表格なので,今後新潮流派も行政院の責任を負う形になり,批判のボルテージも少し下がってくるでしょう。また民進党秘書長の呉乃仁も同じく新潮流派で,新院長の張俊雄と党首の謝長廷は同じ福利国家派ですから,今までよりは行政院と民進党との連携がよくなるでしょう。民進党は,蒋介石蒋経國の強人政治に懲りたせいか権力が一人に集中するのを排するという体質ができていて派閥割拠の状態なので,これでもうまくやっている方かもしれない。
今後の展開としては,国民党が多数という立法院の状況は変わらないので,基本的に苦境が続くでしょうが,陳水扁政権は今回の人事によって動きやすくなったと言えるでしょう。中期的には立法院の権限が及ばない領域(特に各種の人事)でどんどん緑色化を推進していくでしょう。新潟人さんの書きこみにあった国慶節の緑化もそうですし。中台関係で独立色が出ないからといって何もしていないのではなく,四年たってみたら台湾社会の脱国民党化がかなり進行していたということになるのだと予想しています。
しかし目先の問題は実に厳しい。予算はいつまでも止めていれば国民党も世論の叱責を受けるのでごたごたの末通るでしょうけど,第四原発と株はどうするのか。第四原発は台プラの王永慶が建設停止支持を明確にしたことがプラス材料。今後経済界にどれだけ理解を広げられるかがカギでしょう。株価低迷は,アメリカ市場でコンピュータ関連会社の業績見通しが下方修正され,ナスダックが下がっていることの影響と,国民党の支援をあてにできなくなった新興企業グループへの懸念,原発論争,政権交代による先行き不透明感という台湾の国内要因が重なったものだと見ています。このまま低迷が続けば政権交代は失敗だったという空気ができて陳政権への打撃となるのでどうしてもじたばたしてしまうが,原油価格の高騰や中東情勢の不穏化という世界的な逆風が吹いているし,台湾一国での対処にも限界がある。本当は日々の株価変動に一喜一憂せず,民営化の推進や安定した金融市場の育成など構造改革が必要なのですが...(アジア太平洋オペレーションセンター構想はどうした??)。対中関係でも,中国が陳水扁の得点になるようなことするはずないですから当面打開の道はないでしょう。はやり「ボロボロになる」のは避けられないのか??

[2] 政治危機?? - (2000/11/06)
インターネットで台湾の新聞を見ているだけなので勘違いかもしれませんが,この一週間の展開は政治危機という段階に入ったように感じます。10月27日に陳水扁が連戰と会談してその一時間後に張俊雄行政院長が第四原発建設停止を発表したのがことの発端。陳水扁との会談で原発建設続行を建議した連戰はまったく虚仮にされた形となりました。この第一報を見た時は,陳水扁と民進党はついに反転攻勢に転じたのだと身震いしました。陳政権は敵の兵糧攻め(予算審議の拒否)にあってこのままでは来年までもたなくなってきた。そこでまず自陣を整え(行政院長の交代),敵軍の大将をあえて侮辱することで敵軍を挑発し,内閣不信案を出させて決戦(立法院解散・選挙)に持ち込むことを狙った高等戦術だと思いました。
ところが続報を見ていると,そうではなく単に政治的思慮が足らなかったらしいということがわかり愕然。野党陣営は一気に勢いづき立法院で総統罷免の発議をする活動を展開し,発議に必要な3分の2の148人に迫る140人の署名を集めたと報道されています。罷免の発議が立法院で可決されると,罷免の国民投票が行なわれ過半数が罷免に賛成すれば陳総統の罷免が決まります。野党陣営で光ったのはやはり宋楚瑜。陳水扁総統=張俊雄行政院長の失敗を見逃さず電光石火のはやわざで連戰と握手し野党陣営をまとめた手腕は(賛否は別として)見事なもの。
それに比して,張俊雄と邱義仁は総統選挙の時,陳水扁選対本部の責任者を務め,難しい選挙キャンペーンをうまくしきり,政治手腕はなかなかのものと見ていただけに,今回の失態はまったく理解ができず,ほんとどうなってるのと聞きたい気持ちです。原発建設停止の発表は陳連会談の一週間後だって二週間後だってよかったのだし,そもそも立法院の決議を行政院が執行しないと宣言する場合の法的根拠とその事後措置(電力が足りるとかいうことではなく,立法院と行政院との争いの調停方法)が決まっていないまま宣言するとは野党でなくても言語道断ですね。前の書きこみで陳水扁政権が安定度を増したと書いていたのに,こんな大失策が待っていようとは!!!
今晩陳水扁総統が国民に向けて陳謝したようですが,これで流れは変わるでしょうか?宋楚瑜の立場で考えれば,本当に罷免に追い込んだら自分がもし当選したとしても同じことになりうるので,ここは陳政権を弱体化させれば十分という判断だと思います。しかし政治というのはいったん転がり始めると止められなくなることもままあります。新大統領が就任して半年も経たないうちに罷免の手続きが進行するというのはまさに異常事態で,台湾政治がフィリピン政治なみの水準だということを世界に向かって発信するに等しいと思います。それだけでなく台湾社会は,族群の亀裂も深いし,中華民国意識(中華民国に愛着を持っている人たち)と非中華民国意識(中華民国というものに違和感を感じている人たち)の対立も根深いし,ミン南人同士の権力争いも熾烈なものがあります。本当に罷免のプロセスが進行していけば社会不安がいやがおうにも高まるのではないでしょうか。これがインターネットごしに見ている者の勘違いであればよいのですが....

[3] 罷免活動のゆくえ - (2000/11/12)
日本の政局も急に慌しくなり,奇しくも日台双方で政権危機が進行中となりました。日本・台湾ともに,国際政治経済体制の変動に国内の政治構造が対応できず大きな軋みが生じていることが根本にあると思います。さて,原発問題に端を発した台湾の政治危機は,先週陳水扁が連戰と国民に謝罪した後,立法院で罷免の手続きを定める法案が可決されたことで,いよいよ罷免の発議が本当になされるかどうかが焦点となってきました。陳水扁に対する罷免活動を継続していくことで野党三党(国民党,親民党,新党)は結束しています。今後どのように展開するのでしょうか?
まず連戰の立場で考えてみると,国民党はお先真っ暗な状態である。まだ唐飛が院長をやっていた頃,国民党は立法院で予算審議をボイコットするなど「野党的抵抗」に明け暮れていたが,中国時報からも,国民党は「小枝小節」をめぐって「非理性抗爭」をやっていると酷評されていた。先日来進めている党員再登録についても,再登録率があまりにも低くて外部に公表できない状況だという。民意調査の支持率も低落の一途で,民進党,親民党に引き離された第三位(10数%程度)で,来年12月の立法院選挙と地方選挙が近づいてくれば,泥舟状態になる可能性がある。連戰としては,国民党をかろうじて動かせるのは今しかない。そのため,対決を煽って陣営を引き締めることができる罷免案に活路を見出したわけだ。連戰は総統選挙で恥をかかされ,また陳水扁に恥の上塗りをされたことで頭がいっぱいで,恐らく先のことについてあまり展望を持っていないのではないか。李登輝派を黙らせ,宋楚瑜をナンバー2に従え,汎国民党勢力を結集し,陳水扁を罷免に追い込み,政権を奪還するという都合のよいシナリオを思い浮かべているのかもしれない。
一方,宋楚瑜の方はどうか。宋楚瑜は李登輝と決裂したのであって国民党への愛着はそうとう深い。昨年総統選挙に立候補した後も,本心は国民党に戻ることだと言われ続けていたし,選挙後親民党を結党する時も本人は慎重だったのに周りに押し切られたと言われている。三人が四年後を狙う状況はちょうど三国志と同じ状況なので,宋楚瑜は連戰をたたいてから陳水扁との決戦に挑むか,連戰と連合して陳水扁に挑むか迷っていた。連戰と戦っているうちに陳水扁に漁夫の利を取られるリスクが大きかったからだ。ここに来て陳水扁が自ら墓穴を掘る大失策をやったので,暫定的に後者の選択をして様子を見ることにした。陳水扁を弱体化させつつ最終決断を先延ばしできるのは悪いことではない。宋楚瑜としては,今後,連戰に一度花を持たせて円満に自分が汎国民党勢力を掌握する道を探るか,あるいは連戰を突っ走らせておいてはしごを外すかのどちらかとなろう。
それでは罷免案が立法院で可決する可能性はどうだろうか?罷免案は立法委員の3分の2の賛成が必要だ。恐らく数票差まで迫っても3分の2には届かないであろう。さすがに弱体とはいえ政権を握っているのだから,2,3人の国民党立法委員が入院したり急な用事で出国することは起こりうるであろう。しかし切羽詰って,羅福助ら黒金黒道の無所属議員に手を伸ばせば民進党は致命傷になるので細心の注意が必要だ。だが罷免の発議が可決されなくとも,3分の2に近い議員が罷免に賛同したという事実は,陳水扁政権にとって打撃であることは間違いない。陳水扁はあれだけの期待を集めながら,つまらぬ失敗で国民の前で謝罪するというのは実に情けない。問題は,政権運営にあたり基本方針の立案・決定・発表のプロセスができていないことにある。つまり総統府・行政院・民進党をつなぐネットワークの型ができていないから,失敗を引き起こしている。
前のコメントで行政院長・秘書長の交代によってこの点が改善されたと書いたが,その直後にこのような事態になったわけだから,陳水扁の判断力にも疑問符がつく。陳水扁政権が発足してから民進党の立法委員の多くは政権運営から疎外されていると不満をもらしていた。陳水扁の支持者からも,人の言うことを聞かないという苦言がでている(例えば李遠哲や施明徳)。台北市政府を動かすのと同じようなつもりで若い側近を使って後は自分が奮闘するというスタイルでは当然うまくいかないであろう。陳水扁は,当選後低姿勢で和解ムードを演出して歩いたが,今回の失態で「鴨霸」のイメージが戻ってしまったから,中間層の支持を固めていくことが難しくなったのではないか。失敗を繰り返すようなことになれば,四年後(再選に失敗した)台北市長選の再現となるかもしれない。いずれにせよ,罷免派と反罷免派の間で世論の動向を見ながらの激しい駆け引きがまだしばらく続きそうだし,当面の罷免の危機は脱したとしても陳政権の試練はまだまだ続くであろう。