世界各地で人びとが二十一世紀のカウントダウンに興じていたころ、そこに幕を開けるのが新たな戦争の時代だとは誰も予想していなかっただろう。もちろん随所に紛争はある。けれどもそれを大きな枠にはめる「冷戦」の構造はなくなった。人類の当面する課題はもはや核戦争の脅威ではなく、せいぜい地域的な紛争の制御であり、それよりも地球環境や貧困や飢餓への対処が緊急の課題として浮かび上っていた。


 世界を北と南に分ける夥しい格差は、数百年にわたった「文明諸国」による植民地支配の負の遺産であり、そのうえ「グローバル化」の経済構造は、「南」の国々の荒廃をますます加速させている。だからこそ先進国が貧しい国々を援助して地上から「不幸」をなくすこと、そうして可能な共栄を目指すのが人類の目標であるかに思われていた。


 ところが二〇〇一年九月十一日に米国が未曾有の「テロ」に見舞われて以来、新世紀の課題は一挙に書き変えられてしまった。いわく、世界は新しい脅威に直面している。共産主義という「悪魔」は打ち破られたが、「テロリズム」という新しい「悪魔」が出現した。「文明世界」はそれと戦わねばならない、と。


 「平和な発展」は夢のように霧散し、「テロとの戦争」がすべてに優先される。国際社会などもはやないかのように、外交努力はもどかしげに振り払われる。戦争は「やむを得ず」するのではなく、「是が非でも」すべきものになった。名指した「敵」に核を持たせないために、核兵器による攻撃が公然と口にされる。大量破壊兵器を持たせないためと称して、それに勝る破壊兵器がふんだんに使われる。あまつさえそれが国際社会で「正しい」こととしてまかり通り、それにまともに異を唱える国もない。


 この急転はどのようにして生じたのか。米国が攻撃されたというその一事を梃子としてだ。米国の指導者は、誰が何のために「テロ」を行ったのかをただちに理解した。彼らは「敵」をあらかじめ知っていた(犯人と名指しされた人物と組織が、もとはと言えば米国の中東政策のなかで育った「鬼子」だということを、今では誰もが知っている)。だが米政権は、なぜ自国がそのような闇の暴力の標的になるのかという問いを封殺して、米国民にそれを考えさせるいとまも与えず、作り出された無知を「報復」とさらには「予防」のための戦争に動員するのに成功した。

 「二十一世紀の戦争」は、国家と非国家(あるいはその変型としての「ならず者国家」)との戦いだと言われる。そこに「文明」と「野蛮」の対立が重ねられる。その図式に従うなら、国家は「文明」の名の下に戦争を繰り出し、国家でも文明でもないものをあらゆる手段を使って押し潰すということだ。あたかも「文明」とは、「異物」を否定しつくす大量破壊と威圧の権利そのものの名であるかのようだ。そして多くの国家は「文明」の側に身を置こうとする。


 たしかに冷戦後、米国は唯一の超大国となった。だがこの国は、平和な秩序を作り出して人類の課題を担うことよりも、圧倒的な軍事力(つまりは破壊兵器)にものを言わせ、世界を新たな「戦争」の秩序のなかに組み込むことを選んだようだ。二十世紀に肥大化した巨大な軍需産業を抱え込み、「米国的生活様式」を維持するために膨大なエネルギーや物資を必要とするこの国は、一方的「繁栄」を確保し続けるために「大きな戦争」の構図を必要としているかのようだ。


 近代の「文明」が「野蛮」と見分けがたくなったのは、それが挙げて戦争という破壊と殺戮に動員されたからだ。それでも以前は「文明」はその倒錯を恥じないわけではなかった。だが今「文明」の担い手たちは、自分が野蛮であることをいささかも隠さず、「報復」のためにアジアの一地域を「石器時代に返す」と豪語する。


 世界がひとつになった世紀のとば口で、その舵取りたる国家の指導部が、自分たちの独占的権益の維持しか考えず、国連さえ執事のように使って、その意志を軍事力で押し通そうとする。米国を牽制する国家はなく、抵抗を企てる国はアフガニスタンやイラクのように空爆で改造されてゆく。それは見せしめの効果をもち、各国の政権はますます米国の意のままに動くようになる。この事態を「恐怖(テロル)の支配」と言わずして何と言うのだろう。


 米国が名指す「問題」が世界に危機をもたらしているのではない。それ以上に米国自体が「問題」なのだ。世界の指導国が腕力だけを振るいたがる「ならず者」に牛耳られ、指導国たる適性をまったく欠いていること、それが現在の世界を危機に陥れている真の「問題」なのだ。

世界が直面するのは「アメリカ問題」

(共同通信正月配信)

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