米英両国が世界中からの強い批判を押し切ってイラクを攻撃してから一年が経つ。フセイン元大統領は11月末に捕縛されたが、占領軍やその協力者に対する見えない「敵」の攻撃は収まる気配もなく、一月半ばには米軍の死者は五〇〇人を超えた。その一方で、戦争で破壊された市民生活の復興は遅々として進まず、民衆の不信と不満は高まるばかりだという。

 この戦争は、フセイン政権が隠し持つ大量破壊兵器の危険を除去するという口実で始められた。だが最近、その戦争の「大義」にあちこちから疑義が出ている。
 米国でも英国でも、政府が開戦の必要を誇張するために故意に情報操作した可能性が問題になっている。英国では情報のリークを指弾された国防省顧問官(デビッド・ケリー)が自殺するという事件も起こった。米国ではブッシュ政権の前財務長官(オニール)が、イラクへの軍事行動はすでに政権発足当初から検討されていたと暴露し、実際にイラクの大量破壊兵器捜索を指揮したCIA関係者(ケイ前特別顧問)も、開戦前にそれは存在しなかったという見解を議会で表明した。戦争の「大義」は綻びている。

 けれども、この戦争に「大義」があったかどうかは実は大して重要な問題ではない。重要なのは、圧倒的な軍事力をもつ国家は、大義などに拘泥せず、力によってその意図を実現するということを、アメリカ政府が公然と示したということだ。事実、ブッシュ政権に強い影響力をもついわゆるネオコン派の理論家(ロバート・ケーガン)は、開戦に反対した「古いヨーロッパ」を念頭にこう明言している。「戦争を避けようとするのは弱者の論理だ」と。

 たしかに、大規模な経費や破壊と犠牲を伴う戦争には、それを納得させるだけの理由が要る。その場合、利己的でなく他にも承認される理由が「大義」だ。それが武力行使を正当化する。つまり「正しい戦争」ということになる。けれども、純然たる「力の論理」によれば、「できる」戦争が「すべき」戦争なのであって、それをしないのは「弱者」だからにすぎない。言いかえれば「大義」など、欲しがる連中のために作ってやればよいということだ。米国にはそのための世論を作るきわめて有能なPR企業もある。

 「強者」が戦争をするのは「大義」のためではない。「強者」であり続けるための、石油資源の確保とか、そのための中東地域の管理とか、あるいは軍需産業への依存の構造の再構築とか、いろいろ理由はある。だが、それを公然と掲げるわけにはいかない。そのような公然たる力の行使に同意しない「弱者」が国内にもいるからだ。だからそれらしい「大義」を内外に向けて用意すればよい。それで間に合う。いずれにせよ「弱者」は「強者」の立てる秩序から恩恵を受けるのだから。

 大統領選挙を前にした今年の一般教書演説で、ブッシュ大統領は「米国が自国の安全を守るのに国際社会の許可は必要としない」、とあらためて強調した。この場合、自国の「安全」は世界の「安全」と同一視される。というのも、米国の活動は世界に展開しているからだ。そのために米国は九・一一に関係のないイラクを占領し、今でもアフガニスタンで戦闘を続けている。

 だが、国家崩壊の中で職を求めるイラクの民衆デモに米軍が発砲して死者が出たり、アフガニスタンでタリバン掃討と称して多数の子供たちが機銃掃射で殺されたりしている。米軍は自国の安全を守るため、あらゆる危険を除去しようとする。そこで「除去」されるのは米国にとっての「危険」だ。だから誰を殺害してもそれは「人」を殺したことにはならない。米兵の死者は正確に数えられても、アフガニスタンやイラクで死者の数が報じられないのはそのためだ。まるで米兵は、いまやアジアのこの地域で、罰せられずに殺人する法外な特権を行使しているかのようだ。それが占領軍の占領軍たるゆえんでもあるが、あらゆる抗議も圧倒的な武力で押し潰される側の人々はそれをどう思うだろうか。

 「自国の安全」は米国の選挙民にはアピールする。だが、九・一一の衝撃が大きかったからといって、「自国の安全」のために他国の民衆の生活を根底から否定して顧みないこの姿勢は、やがて米国にとっても高くつくことになるだろう。それとも米国は、その反感をも力で抑え切るというのだろうか。そしてそういう政府を米国民は支持するのだろうか。だとしたら、この世界では「正義」を語ることのいっさいが空しい。

 多くの人びとが米国に魅了されるという。けれども仮に米国が世界の「手本」であるとすれば、この「手本」は力に訴えないあらゆる人々の努力を一掃して世界を荒廃させるだろう。そんな米国の発揮する「自由」を、世界はいつまで耐え忍ばなければならないのだろうか。
 

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