『ル・モンド・ディプロマティック』といえば、現代世界の諸問題について、フランスでもっとも信頼できる分析や論評を読むことのできる月刊「紙」である。フランスばかりでなく、約二十カ国語に訳され、世界で百五十万の人びとが読んでいるという。

 その『L・M・D』紙の主幹をもう二〇年近く務めているのがイグナシオ・ラモネで、毎号一面に、その月のもっとも重要なトピックについて論評を書いている。月刊紙だから、日々の出来事を追うわけではない。けれども、ひとつの事件やトピックには、コンテクストや背景もあれば事後の影響もある。ラモネはその潜在的射程を多角的に感知し掘り起こして、事件の解読に広がりを与えてみせてくれる。

 たぶん彼の観方は独特でも孤立したものでもない。おそらく多くの点でノーム・チョムスキーやオルタナティヴ・グローバリスムを担う人びとと共通した観点をもち、現代世界のジャーナリズムにおいて、最も良質でラジカルな批評意識を代表するひとりだと言っていいだろう。

 この本は「九・一一」の約半年後に出されたものである。七つの独立した論文からなっているが、二年遅れで出たこの日本語版には、原著の出版後に起こったイラク戦争を扱った論が付論として加えられている。これらの論文は、アメリカの覇権とイスラーム・テロリズムとの関係、イスラエルと中東情勢、冷戦後の世界新秩序とコソボ戦争の意味、「テロとの戦争」の地球規模での社会的意味と予想される趨勢、グローバル経済と環境問題や食糧問題などを縦横に論じているが、そこから「九・一一」を契機に顕在化した「帝国的」秩序の、軍事面にとどまらない重層的な意味が浮かび上がってくる。

 基本的には、グローバリゼーションに対する批判的な視座がある。アメリカの軍事的な一極支配と、IMF・世界銀行それにWTOなどの超国家的機関による世界経済の支配、それに公共部門を「民営化」し営利企業の領域を広げて「社会的なもの」を解体してゆくネオ・リベラリズムの趨勢などが、現在のグローバリゼーションを特徴づけている。

 そうして形成されるグローバル秩序のなかでは、誰にもコントロールされない巨大企業のエリートたちの超国家的集団が世界を牛耳り、権限を縮小された国家はその秩序のほとんど下請けのようになって、個々人の生存の権利を守るための「法の支配」ではなく、秩序のための「管理と統制」だけをその役割とするようになる。そこで対立するのは超国家的な秩序の権力と、これもまた非国家的な抵抗の力である。

 「九・一一」以後の「テロとの戦争」で(そしてもっと明白にはイラク戦争で)顕在化したのは、「超国家」と「非国家的悪」(ビンラディンやサダム・フセイン)とを対立させる図式のもとに、超国家組織の軍事・警察力によってあらゆる無秩序要因を「悪」として排除するという、このグローバル秩序の支配戦略である。

 だから「21世紀の戦争」とは、単なる「テロとの戦争」ではなく、地球規模での「社会戦争」になるだろうとラモネは言う。現在のグローバル秩序には、人間や世界の未来についてのヴィジョンや理念はいっさいなく、ただ「自由市場」の名の下にあらゆるものを商品化し、テクノロジーによって環境だけでなく、人間の生存条件そのものの改変までをも投機にかけてゆく。そこに予測される途方もないカタストロフィーを、少なからぬ賢明な人びとが予測し、警告や抗議の声を発しているが、しばしば語気を強めるラモネの声もそこに唱和している。

 アメリカ大統領選挙の期日が迫り、メディアはその予測に余念がない。けれどもこの本で論じられているのは、誰が大統領になろうと変わらない、それよりはるかに射程の長い事柄である。「九・一一」後三年、この時期にもう一度、直後の慧眼な診断でそれを確認してみるのもよいだろう。   (西谷 修)

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