
ジューンガル帝国崩壊後、清朝にたいして反乱を起こしたホイトのアマルサナーの像。
北京のある東をめざして立っている。

ホブド師範大学前から、西の県庁の方向を撮影。
ホブドの町の構造でおもしろいのは、清朝のつくった城は磁石どおりの南を正面としているのにたいして、モンゴル人の建てるゲルや主な建物は東をむいていることだ。県庁の建物も写真に見えている東側が正面だ。城壁からのメインストリートのとおる南北の方向は、西モンゴル人にとって基準方位ではない。一般に、西モンゴルの民俗方位での「南」は、東におおきくずれている。
奥の県庁の右手前にホブド劇場のレンガ色の建物が見える。

ホブド劇場は革命時代から活発な活動を続けてきた。ホブドはまた民間芸能がさかんなところだ。ホーミー、英雄叙事詩の語りなど、この地方にだけさかんな芸能はおおい。有名なホーミー歌手ソンドイもこの劇場に所属していた。