『迎える季節』(1986年モンゴルキノ作品) ソロンゴ おふたりさん、こんにちわ。 マラルマー こんにちわ。 ゴトブ 町の学校出た人は違うね。馬の上でも踊ってるよ。 ソロンゴ あなたたち、お隣同士でよろしくやっているんだから、 私が馬に乗って音楽聞くくらいいいでしょ。 マ よして。 ソ あなたたち、ずっと熱々みたいね。 マ よしてってば。 ソ いいじゃない。私がもしゴトブにキスされたら、 恥ずかしがるどころか、みんなに言いふらしているわ。 ごめん、ごめん。冗談よ。 大学に進学する人たちが、 新しい組合員たちを招待するんですって。 あなたたち2人も呼んで来いって言われたの。 ソ ゴトブ。 ゴ え。 ソ あなたたち、きっと来てよ。 ゴ 行くよ。 ソ じゃ、私帰るわ。さようなら。 ゴ さようなら。 マ ソロンゴ、あなたがとても好きみたいね。 ゴ だからって、どうってことないさ。 バガヤー 白い頭の羊よ、子を産んでくれ。 福をもたらしてくれ。 羊を増やしてくれ。 バガヤー まだ乳離れしてない家畜を預けるんじゃぞ。 しっかり世話するんじゃ、しっかりとな。 バガヤー この子らときたら、バッタが鳴いても驚く。 柵の中にいつも入れておくんじゃないぞ。 寒さに弱くなるからな。 風に向かって追い、冷たい水を飲ませるようにするんじゃ。 じゃ。頼んだぞ。 ジグジド はい。 女 青年クラブで集会の後、パーティー、ですって。 いつも何かやっているのね。 シャダブ みなさんも聞いたでしょうが、 かつての国家優秀牧民であり、現在は横綱牧民の 素晴らしい牧民、ダンバさんが羊を放牧していて倒られました。 治療の甲斐あって幸い一命は取りとめられましたが、 彼のように優れた老牧民たちの伝統ある技を 受け継ぐのは、他でもない、みなさんたちなのです。 シャ どれくらい奥深い知恵が、この老人たちにあるのか、 とても推し量ることはできません。 ですから、みなさん、彼のような年寄りたちの言葉を 学ぶべきことと考え、しっかりと自分のものとするように お願いします。 男 シャダブさんに質問はありますか?誰か何か質問は? ソ 私、牧民になれって言われてるの。 マ そうなの? ソ そう。仕方ないわね。楽なこと、楽なことって思ってるうち、 こうなっちゃたんだもの。 もうどうしようもないわ。 大学に入ろうにも試験に受からないんだから。 ジ ここで牧民やるのも悪くないぜ。 仕事は1週間の2交替制だし、土日はディスコもある。 なかなか良いところだぞ。 マラルマー、お父さんの具合はどうだ? マ よくないの。 ジ ディスコに出るかい? マ 羊に何頭か手のかかるのがいるの。 集会が終わったら帰るわ。 ジ 非番の者がここで休暇を取って仕事に戻ると、 代わりに羊の世話をしていた者たちが、 ここにやってくるという訳さ。 人々 当番のグループが戻ったぞ。 ジ 当番のグループだってさ。 男 さあ、みんなディスコを始めよう。 椅子を片づけるんだ。 ソ 良いところみたいだわ。きっとシャワーもあるわ。 ジ そうさ。夜はテレビも見られるって。 男 当番のグループ、中に入って。 ジ 何でも揃ってるぞ。 さあ、踊ろう。 マ ソロンゴ、あなたが牧民になるの賛成よ。 嫌がるような仕事じゃないわ。 ソ 私にはとても手に負えない仕事よ。 シャダブさんも短い間ならと思って引き受けたのよ。 息子が今年帰ってくるでしょ。 そうしたら私にバイバイって言うつもりだわ。 男 女性たちも、入った、入った。君たち楽しみにしていただろう。 男2 そうだ。そうだ。入ろう。 ソ 入りましょう。何はともあれ踊りましょうよ。 マ ソロンゴ、どこかしら。 ジ あそこで踊ってるよ。 ソ やっぱりうまいものね。 司会者 これからゲームをやります。 そのあとは新組合員のツェツェグドラムさんの歌です。 ジ 彼女まだ来ていないぞ。俺が呼んでこなくっちゃ。 ツェツェグドラム おや、あなたパーティーに出ないで何してるの? 向こうで私を呼んでいるって。 女 終わるまで待ってましょうか? ツ 好きにして。 シャグダル おーい、そこの二人、新聞受け取りな。 ほら。 君は、ミャダグマー。ほら。 女 ありがとう。 ソ マラルマー、もう少し踊ってから、 いっしょに帰りましょうよ。 マ 父のことが心配なの。 あなた、気にしないで踊ってて。 ソ そう。 バガヤー 突然子羊を引き離したもんじゃから、 しばらく乳が腫れて痛がるかもしれん。 1・2回搾れば、楽になるものだ。 ほー、うまいもんじゃ。 だが、マラルマーにはかなわんな。 ガンバト ねーちゃんは女だもん。 ガンスフ 僕に搾らせたら、兄ちゃんには負けないよ。 バガヤー おー、そうか。 じゃあバケツを持って向こうから搾ってみなさい。 マラルマーが帰ってきた。 バ 人間というものはな、何を学んでも必ず役に立つものじゃ。 学んで無駄なことなどない。 マ みんな、調子はどう? ガンバト いいよ。 バ 上々だ。ところで、集会はどうじゃった? マ よかったわ。 バ そうか。 マ お父さん、もうじき兵役が解けるそうよ。 バ それはうれしい知らせじゃ。 兵役が解けるんじゃったら、二人して馬乳を搾ろう。 マ 道具は冬営地にあるし、それに人手だって足りないし。 大丈夫?お父さん。 バ この2人もいることだし、手伝ってくれる人には困らんさ。 マ おや、搾り終わったの? ガンバト 終わったよ。 バ たいしたもんじゃ。 さあ、2人とも、熱い乳を飲んだらお帰り。 あの通り、2人の素晴らしい駿馬も待ちくたびれているぞ。 マ そうそう、お父さん。フフエンゲルに畜舎を建てたんですって。 冬の間うちに使わせるつもりよ。 バ そうか。じゃあ見に行かなくてはな。 マ そうよ、できたら明日の午後来てくれるようにって、 組合長が言ってたわ。 バ そうか、そうか。 ミャダグ まるで血も涙もない人間みたいに、 うちの子をぶってばかりいるんだから。 ミャタブ まあ、まあ。そう言うな。 ぶたれてしつけに悪いことはないからな。 泣かせておけ。 ガンバト おばさん、ぶたないで。 バダム 言うこと聞くの、聞かないの? ガンバト もう放してやって。 バダム なんて、強情なの。 ガンバト ぶってばかりいるんだから。 バダム お前こそ.. シャダブ いい男がなんでぶたれてるんだい。 バダム 暇さえあれば、向こうの家に行ってしまうんだから。 シャ 近所の家に出入りするのが、どうしていけないって言うんだ。 バダム おや、この子は? シャ わしに弟子入りした組合長の妹だ。 バダム ほー。 シャダブ わしについて羊飼いになるというんだ。 ソ こんにちは。おばさん。 バダム デンデブ組合長の言ってたのはこの娘ね。 さあ、キスさせて。 シャダブ 兵役が解かれているんだと。 バダム そう。 シャダブ 息子ももうじき帰ってくるぞ。 バダム うれしいわ。 シャダブ ミャタブ。 ミャタブ おー。 シャダブ 郡の中心から新しいゲルを取ってこよう。 ミャタブ ああ、分かった。 ミャダグ あんたに何だって手伝わせるんだから。 新しいゲルっていつ建てるのかしら。 ミャタブ いつかな。 バ ここは山の上を越えた風と 両側からまわり込む風とがぶつかり合うところじゃ。 こんな所にどうして羊が冬を越せると言うんじゃ? デンデブ 今さらどうしろと? バ もう少し山寄りに建て替えたらよさそうじゃ。 そもそも組合長、畜舎は寒さの厳しい時にこそ使うもので、 暑い夏にむやみに羊を囲おうと建てるものじゃない。 家畜というのは寒風に逆らって寒さに耐え、 自分の毛皮で暖を取って冬を越すものだ。 それなのに、あんたらときたら畜舎に入れて飼ううち、 かえって家畜を弱くしてしまう。 家畜を愛する心がなければ、何を建てても無駄ですぞ。 おまけに、踊りしか能のない子供たちに なんだかんだと建ててやっておる。 デンデブ 若者が踊ったり音楽を聴くのは当たり前ですよ、 バガヤー。牧民だからって 文化教養に無縁ではいけないでしょう。 バ とんでもない牧民ができますぞ。 家畜を愛する心はダンスや音楽では養われん。 小さいころから子羊・子山羊と戯れ、 子馬と遊ぶことで養われるんじゃ。 デンデブ バガヤー、もっと広い視野でものを見てください。 ふつうの生徒が機械を発明するという時代なのに、 ここの若者たちを文明から取り残しておいていいものでしょうか? あなた方のように家畜とともに育った時代とは違うのです。 今の若者の生活や希望もすっかり変わりました。 流行の音楽やディスコなしの若者の生活なんて 考えられなくなっているんですよ。 バ そうかも知れん。だが組合長、牧民が苦労し、 家畜が寒さに耐えてこそ、恵みが増えるのじゃ。 あなたがた学者も大きくて乳のよく出る家畜を 作るんでしょうな。 デンデブ はは。作りますとも。それは皮肉ですか? バ 皮肉を言ってどうなります?出来た家畜は、わしらより 居心地のよい畜舎に住み、うまいものを食べる さぞかし恵まれた家畜になるんでしょうな。 デンデブ あなたの苦言はよく肝に銘じておきます。 バガヤー、議論はこのへんでお開きにしましょう。 そのうちゆっくり話す機会もあるでしょう。 あなた、ひとりで帰れますか? バ だいじょうぶ。ぼちぼち歩いても着きますよ。 デンデブ ここからかなり距離がありますよ。 バ いや。例の研究のほうはどうなりました。 デンデブ 双子を産む素質が遺伝するようになってます。 バ はー。 デンデブ 三つ子や四つ子を産む羊も一頭ずついます。 いい結果が出てますよ。 バ すごいですな。よい牧民が必要ですな。 デンデブ そうですとも。デンデーじいさんの息子がよくやってくれてます。 バ ほー。 デンデブ 今、妊娠した雌馬の身体からとった ある種の促進剤を注射する実験をしています。 きっとうまく行くでしょう。 バガヤー。 バ え。 デンデブ 組合のみんなが双子を産む羊を飼うようになったら、 素晴らしいことですな。 バ まったく、まったく。 デンデブ は、は。じゃあ、お気をつけて。 マ お父さん、具合はどう? バ 大丈夫じゃ。それより天がずいぶん元気になっとるようだな。 マ 私外に出て、天窓の覆いを直して、羊を見てくるわ。 バ 山羊といっしょの羊が、風に流されて 遠くに行ってしまうことはないはずじゃ。 マ 冷たい雨が激しくなりそうよ。 まずは服を着替えるわ。 心配しないで、お父さん。 バ 山羊というのは賢い動物じゃ。 いずれ雨風を避けれるところを見つけて止まるはずじゃ。 ここにいる羊たちは自分らが見るから心配ない。 心配はあの子羊たちじゃ。 マ 引き受けてくれた人がついているんだから... バ わしとお前の羊じゃぞ。 バ きのうの嵐の中、あの子羊たちどうしたことじゃろう? マ 子羊、子羊って、もうりっぱな若羊と変わらないわ。 バ 家畜に手荒い男に任せてしまったようじゃな。 マ 何言ってるの、心の優しい真面目な若者よ。 バ そうじゃろかのー。 マ ええ。 ガンバト 馬取り竿、子馬にかけたら折れちゃった。 そしたらバガヤーが自分で直せって。 羊飼いロボットってあるのかな。 ガンスフ ロボットってなーに? ガンバト 鉄で出来た人間さ。雨の日も雪の日も 羊から離れないんだ。 ガンスフ あるならきっと組合長のところにあるよ。 ガンバト まさか。 デンデブ ごきげんよう。 医者(エンヘチメグ) こんにちわ。 マ こんにちわ。 デンデブ やあ、マラルマー、どうしてこんなに遅く 羊を草場に出したんだい。 マ 馬の乳を搾ろうとしてて。 医者 働き者だわ。 マ いえ、ミャタブおじさんが手伝ってくれたのよ。 医者 マラルマー、酸っぱいものでも飲みたくなったの? マ 違うわ。父が搾るって言うものだから。 医者 バガヤー、身体の具合はどう。 バ だいぶよくなったよ。 さあさ、こっちに座りなさい。 デンデブ 気を使わないで。 マ お父さん、ちょっと具合がいいと、 仕事仕事と言い出すの。 バ だまっとれ。馬の風は 元気を出させるからな。 ほら、お茶をお出ししろ。 マ ええ、ええ。 バ 外でお茶としましょう。 デンデブ そうしましょう。 ガンバト バガヤー、新聞に出ているよ。 ガンスフ すごく誉めているんだ。 バ どれ。 デンデブ うちのシャグダルさんが書いたんですよ。 バ わしをどう誉めているんだ? ガンバト 僕たち子馬を見てくるよ。 バ これを見てみなされ。まったく出鱈目を書きおって。 なんと、社会主義発展の一翼を担っただと。 課せられた任務を首尾よく達成しただと。 また意味のない誉め言葉ばかり並べよって。 わしはそもそも井戸や畜舎や 組合に入る若者たちについて考えを話しただけじゃ。 マ お茶をどうぞ。 シャグダル やあ、忙しくて遅れてしまったぞ。 ごきげんよう。 バ ああ、ごきげんよう。 シャ 子馬を捕まえるのを手伝おうと思ったのに。 あー、うまい。マラルマーはきっと素晴らしい嫁さんになるぞ。 バ この子のお茶を飲むと、いい汗が出るんじゃ。 昔は「よい心の持ち主のお茶はうまい」と言ったものじゃ。 医者 まったく。思い出したけど、脊髄の多い羊っていうのは 背骨の長い羊ってこと? シャ もちろんさ。20頭の羊がいれば一頭分の肉が余分に取れるんだ。 割のいい羊さ。 バ お前たちは何かと言うと、肉、肉だ。 ほれ、これをよく読むんだ。 お前って奴は、どうしようもない奴じゃ。 シャ 確かに。俺は自分が書いたことを自分で忘れてしまうんだからな。 バ 出鱈目を書きおって。 わしがいつ社会主義発展の一翼を担ったなどと言った。 えー。 シャ 俺、もう物を書くのやめようかと思ってるんだ。 デンデブ シャグダルさんには感謝してますよ。 この郡のことを県の新聞に3回も書いてくれたんですからな。 全国紙の「ウネン」にも2・3回書いているんです。 バ シャグダル、お前さんそんな考えなしでどうする。 これから、この土地を背負っていくのはお前たちじゃないか。 医者 あなたの様子を見て薬をあげようと思って、 デンデブの車に乗せて来てもらったの。 バ ありがたいことじゃ。 預けた子羊のことが心配でならないんじゃ。 昨日の晩の雨の中、どう過ごしたのかとな。 ジグジッドのところに行ってこようかと思っておるんじゃ。 マ 人に預けた羊のこと心配してどうするの。 それより自分の身体の心配をしなさいよ。 バ 心配して当たり前じゃろう。 羊たちの運勢が見離してしまうわ。 デンデブ じゃ我々も腰を上げるか。 バ おーい、この家に生きてる人間はいるのか?いないのか? バ お前はなんて信頼の置けない奴なんだ。 わしはお前に何と言って頼んだ? この羊たちを見ろ。ひどいもんじゃ。 ジグジッド そんなにいきり立ってどうしたんだ。 バ いきり立つことないだと? ジグジッド おい、じいさん。あんたに人をぶつ権利はないぞ。 バ お前に羊を殺す権利はあるのか。えー? ジグジッド おい、バガヤー。ツェツェグ、来てくれ。 ツェツェグ どうしたって言うの? ジグジッド じいさんが倒れた。どうしよう? マ おや、エンヘチメグ姉さん。 医者 お父さんの様子どう? マ 本当に心臓が止まるかと思ったわ。 このところずっと調子がよかったのに。 医者 バガヤー、具合はどう? バ もう駄目じゃ。 医者 診察しましょう。 起きて。 さあ、バガヤー、服を着て。 入院して治療する必要があるわ。 バ 羊はどうする? 医者 組合が見てくれるでしょ。私はあなたを見なくちゃ。 シャダブ ミャタブに羊を預ければいい。 入院した方がいい。 バ とんでもない。一頭からこれまでに増やしたんじゃ。 他人に預けたりするものか。 医者 あなたの健康には私の首がかかっているのよ。バガヤー。 バ わしゃあ他人に迷惑などかけん。 死んでも不服はないと証文を書こう。 医者 私を紙切れで人の命を無視する人間だと思って? バ とんでもない。 医者 あなたを入院させて治療するわ。 バ わしは簡単に死にはせんよ。分かるじゃろ。 「迎える季節」が来たんじゃ。 まだ死ぬに死にきれんよ。 医者 マラルマー、お湯を沸かして。 注射器を消毒するから。 マ 分かったわ。 ガンバト 注射だって。 ガンスフ 痛いだろうなー。 医者 何ともあれしっかり治療をしなくちゃね。 バ 夏の季節はやっぱり違う。羊は泉から水を飲み、 草の葉先を食べ、山の頂に出ようとする。 マ お父さん、例の首の黒い山羊、羊を引き連れて 遠くに行きたがるんで困るの。 バ ソーダを舐めたがってるんじゃろう。かわいそうに。 ミャダグ こんにちわ。 バ ああ。 マ これは、ミャダグおばさん。 父の具合が悪くなって慌てたわ。 ミャダグ 病院の車が来たんで心配したのよ。 具合はどうです? バ なに、たいしたことない。 医者の先生はもう帰ったか? マ ええ今し方帰ったわ。 バ よく休めたよ。 マ お父さん、これ。 バ わしは要らん。ミャダグおばさんにあげなさい。 ミャダグ いいえ、ご自分で食べて。 お父さんにあげなさい。 バ 黙って食べなさい。 お前さんこそ、子供の心配ばかりして、 自分はろくに食べておらんじゃろ。 ミャダグ 私が来るに来られないんで、 子供たちを来させたんです。 バ あの2人よく手伝ってくれとる。 マ お父さん、羊が遠くに行ってしまったわ。 私行って戻してくるから。 バ そうしてくれ。 ミャダグ 顔色もだいぶいいですね。 バ うちの羊の毛並みや太り具合、 悪くないだろうが。 ミャダグ 素晴らしいですとも。 バ そうか。 ミャダグ 私たち2人に羊を何日か任せて、 入院されたらどうですか? バ なんと。毎年10頭20頭と子羊を死なせる家に 組合の財産を預けて、どうして寝ていられる? ミャダグ 私たちだって羊は自分の子供と 同じくらい、かわいいですよ。 バ それでどうして羊が死んでいくんじゃ。 ミャダグ 人に言えない苦労があるんです。 じゃあ私はこれで。 バ かわいそうに。気を悪くさせてしまったな。 だが暑い時も寒い時も苦労して、 これまでにした羊たちを 信頼できる人間に預けたいもんじゃ。 マ 具合はどう?お父さん。 バ だいじょうぶだ。羊はしっかり草を食べてるか? マ 食べているわ。峠の方に上げて来たの。 あそこならハエや蚊が少ないでしょ。 バ 上出来じゃ。シャダブのところに行ってきてくれ。 気心知ったあの男のところに、 羊を預けようかと思っておるんじゃ。 マ そう、そうするわ。 バ 他の人間に比べたらうちの家畜をちゃんと扱ってくれるだろう。 マ そうね。 バ すぐに行って来てくれ。 マ ええ。 シャダブ 朝は日向をこちらに上ってきた。 昼ごろふたりで日陰に沿って山を下ろう。 そうすれば暑さに羊もへたばらないし、 ハエや虻も少ないのさ。 ソロンゴ マラルマーが来たみたいだわ。 シャダブ ああ、そうだな。 おやじさんの身体それほどでもなさそうだ。 ソロンゴ おーい、ごきげんよう。 なかなか会うひまなかったね。 マ ごきげんよう。羊の調子はどう? ソロンゴ いいわ。 シャダブ ソロンゴ、向こうに寝そべってる羊を起こしてきなさい。 やあ、お父さんの身体の具合どうだい? マ 父、入院しろって言われたの。 シャダブ いやだって言ってるんだろう。 やっぱりな、そういう年寄りだ。 マ 父はあなたじゃなければ羊は預けないって 聞かないの。 シャダブ じいさんの恩を返そうという気持ちはあるさ。 だがな、マラルマー。 マ 父は死んでも不服はないって証文を書くって。 シャダブ わしは羊を預かるのに、ひとつ気が向かないんだ。 マ 父はどうなるの?私、父の看病をしたいの。 お願い、うちの羊を預かって。 シャダブ 羊を預かれば、きっと シャダブは郡の横綱牧民になって、 今度は県の横綱に、自分の力でなく バガヤーの力でなろうとしていると トゥグルク中の噂になるだろう。 まあ、わしの評判はいいとして羊を預かったとしよう。 わしも同じ牧民だが、とてもじいさんにはかなわない。 じいさんの苦労の賜物を水の泡にしたらどうする? 自分の師の羊を死なせてしまうことを考えたら、 預からないでいる方が気が楽というものだろう。 わしは自分から弟子入りした、 ただ一人の弟子なんだからな。 近ごろヘビをよく見かけるようになった。 雨がよく降るぞ。 羊を遠くに行かせないようにするんだな。 ソロンゴ マラルマー、さようなら。晩に行くからね。 マ ええ。 シャグダル うれしい知らせだぞ。バガヤー。 昨日の日曜日の放送、再放送が今日あるんだ。 バ これまた、子供みたいに挨拶もしないで。 ずいぶん態度のでかい奴じゃな。まったく。 シャグダル 間に合わないところだった。 ラジオ 本県ブルン郡協同組合のトゥグルグ班で 選び抜かれた羊をまかされ、 子畜を育て家畜を増やし、 生産計画を毎年超過達成している 親愛なるバガヤーと シャグダル そうら。 ラジオ 愛娘マラルマーに、建設○○部隊の兵士 シャダビーン・ゴトブより次の歌を贈ります。 『チャンダマニ・エルデネ(如意宝珠)』 (作詞J.バドラー、作曲N.ジャンツァンノロブ) 見つめる瞳にきらめく、君は月 高鳴る胸に光をしみこます 熱き血をたぎらす君の美しさは 碧玉の輝きを奪う星のよう ハンガイ・ゴビを魅了する君のやさしさは 岩をも融かす魔法のよう 花咲く原に並び馬を駆け 心地良き風のうなりを奏でる ツェンケル川の早瀬に二人の歌声は 大きな波を色どり流れる 白き嶺の頂に二人の調べは 間近にこだまを響かせる バ バガヤーだと。わしの名前を知らんらしいな。 仕方ないな、いつも尊称で呼ぶうち、 ダンバという名前を忘れてしまったんだろう。 こんな良い息子が明日にでも帰ってくるというのに、 わしは娘に心配ばかりかけておる。 シャグダル 心根のいい若者だ。 さあ、仕事に差し支える。 まだ何軒か新聞を配ってないところがあるんだ。 バ 迎える季節が... シャグダル さようなら、バガヤー。 バ きのう外にいて聞き逃してしまったわい。 ソロンゴ おや、エンヘチメグ姉さん。 医者 どうしてる? デンデブ 羊は草をよく食べてるかい? ソロンゴ 寝そべって起き上がってくれないの。 医者 家が恋しい? デンデブ こんな大きな娘が? それで牧民にはなれそうかい? ソロンゴ バダムおばさんが、乳搾りのほうは だいぶうまくなっているって。 デンデブ そうか。 ソロンゴ でもテレビがなくて、つまらないわ。 羊が驚くからって、ラジカセも 持たせてくれないんだから。 医者 当然よ。はい。 どうしてモンゴル服着ないの? ソロンゴ こっちの方が楽なの。 兄さん、ここにも建物建ててくれる? デンデブ どうしてだ? ソロンゴ 建ててくれたら牧民になれそうよ。 ここ、ちょっと気がつくと どこもかしこも泥だらけなの。 医者 はい、飴。 デンデブ こういう場所だからこそ、 人間は清潔好きになれるんだぞ、 ソロンゴ。 ソロンゴ 建物のある所に行きたいわ。 ねえ、誰でもそう思うでしょ? デンデブ ほら、お飲み。 ソロンゴ 少なくともシャワーはあるでしょう。 シャダブ こんにちわ。 みんな こんにちわ。 シャダブ 車が見えたんで、誰が来たのかと思って、 来てみたんだ。 デンデブ そうですか、今年の夏はどうですか? シャダブ よろしいですよ。ごきげんはいかが? デンデブ いいですよ。 さすがに横綱牧民の羊は素晴らしいですな。 シャダブ いいえ、私の腕というより草地がいいんですよ。 デンデブ 実はあなたの家に行こうと思って来たんです。 シャダブ ははあ。 医者 バガヤーの羊を預かってください。 デンデブ 老人の頼みだし、組合協議会の決定でもある。 家畜のことばかり考えて、人の命は顧みないって、 批判されているんです。 医者 私の批判、当然でしょう。 シャダブ そうですとも。ですが奥さんを従わせられないのに、 わしを従わせようっていうんじゃないでしょうね。 デンデブ 妻は私に忠実、いや医者は国家公務員ですよ。 シャダブ いや、組合長、冗談ですよ。冗談。 医者 どうぞ、シャダブさん。 シャダブ 飴玉ですか。 同 どうしたもんでしょう。 夏は土地中の家々を遊び歩いて、 冬は腹半ばの草と暖かい寝場所のために 苦労するってのもいい。 我々年寄りは苦労には慣れていますからな。 しかしそれでこの子たち若い者が 仕事を覚えるでしょうか? 医者 うちのソロンゴには無理ですか? シャダブ ソロンゴはまだ羊の毛色さえ区別できないでいる。 だが無理ではないでしょう。 デンデブ 小さい頃から父親に連れられて町で育って 家畜の世話はとても不慣れなんです。 医者 両親はこの子を放任して甘やかし過ぎたんですよ。 学校の成績も悪い、手に職もない こんな人間になってしまったんです。 シャダブ そんなことありませんよ。 だが牧民になるにはまだ間がある。 デンデブ それなのに、この子のような若い者に、 あの選び抜かれた羊を預けるんですか? バガヤーの羊は身体の大きな、誰もが愛惜する羊でしょう。 シャダブ 組合長、だからこそ預ける必要があるんです。 その素晴らしい羊を預からせたら、 この子たちにも思うところがあるでしょう。 人を信頼するというのは大事なことですぞ。 医者 誰に預かってもらうかは関係ないわ。 なにしろ急いでバガヤーの治療をしなければ。 シャダブ このソロンゴのような若い者に、 最初から、組合の大きな財産を預けたら 努力の度合いも自ずと違ってきますよ。 医者 明日バガヤーには何て言いましょう? マ お父さん、どうして起きたの? バ 身体が軽いんじゃ。それでシャダブは 何と言っている? マ 預からないって。 バ そうじゃろ。シャダブは賢い男だ。 息子に直接渡すつもりなんじゃろ。 ゴトブがわしとお前にラジオで挨拶を贈って来たぞ。 わしを親愛なるバガヤー、お前を愛娘マラルマーって、 名指しで言っておった。 マ そうなの?じゃあ私... 医者 おや、バガヤー起きているのね。 デンデブ こんにちわ。 バ こんにちわ。具合はとてもいいよ。 デンデブ 嬉しそうですね。 バ そうとも。組合長、ゴトブがわしら2人に 歌の挨拶を贈ってくれたんじゃ。 デンデブ そう。 バ 気持ちに従ったのか、身体の方も軽くなった。 デンデブ 薬で治らない病気が歌で良くなったんですね。 バ その通りじゃ。 こんな素晴らしい息子が帰ってくると言うのに なんであわてて羊を他人に預けてしまうことがあるんじゃ。 デンデブ そうですとも。 バ さあさ、みんなこっちに座って、お茶を飲みなされ。 この間の議論を続けましょう。 近くの人たちの話では、草のある所には 水がない。井戸のある所には草がない、 うまく行かないものだと みんなが言っているということじゃ。 うちのこの辺では井戸を掘ってから そんな話とは無縁になった。 デンデブ 井戸掘りに若者たちも参加して トゥグルグの窪地に井戸を掘り始めました。 バ 良いことじゃ。あそこに何が生えると思う。 まさに宝が生える窪地じゃ。 ちょうどここの様にな。 医者 この前あなたに叱られてから、うちの人 ずいぶんと物が分かるようになりました。 じゃあ、血圧を測りましょう。 バ 年寄りだといって、言うことを聞いても損はない。 牧畜の作業について、わしらに聞いて 何が悪いと言うんじゃ。 シャダブはよーく分かっておる。 デンデブ 新しく入ってきた若者たちにも 聞かなければいけないことはあります。 バ 若者、若者と、彼らがいったい 今何を知っていると言うんじゃ。 家畜の扱い方だってまだまだ不慣れじゃ。 物事を何とか片づければ済むと思っておる。 人はそんな簡単に物を覚えはせんのじゃ。 よーく助けてやる必要がある。 デンデブ まったくです。 最近、若者たちに宿舎を建ててやってます。 バ ほらそれじゃ。もう一度よく聞くんじゃ。 高校を出てからでは家畜を好きになるのには遅いんじゃ。 牧民になる子供は小さいときから 家畜の傍らで育つのが幸せと言うものだ。 うちの娘を見てくれ。 医者 えーと、今年高校を卒業するんでしたっけ? バ そうじゃ。通信教育で学んだんじゃ。 家畜と一緒でもちゃんと勉強は出来るじゃろが。 出来るとも。小さいときから家畜と共に育った ミャタブのところの2人の子供を見ていなされ。 素晴らしい牧民になるぞ。 医者 大したものね。 バ わしの弟子たちじゃよ。身体がよければ、 わしはあの2人とこの冬を越して いろんなことを教え込むつもりじゃ。 畜舎でなく野原で羊が子を産むとは どういうことか分からせてやる。 家畜を寒さに強くすることもな。 医者 子羊が肺炎になってしまうでしょうに。 バ そうしたからといって、うちの子羊は死んではおらんわい。 過保護は家畜の体質を弱くする。 わしは何度でも言いますぞ。デンデブ組合長。 医者 羊、羊って、ご自分のことを忘れてますよ。 入院しないといけません。 バ わしはまだ大丈夫じゃ。 ゴトブが帰ってきたら自分から病院に行くわい。 デンデブ うちのソロンゴにマラルマーの手伝いをさせます。 あなたは入院してください。 バ あれは浮ついた、町が大好きな娘じゃ。 だがシャダブは賢い男だ。 きっと家畜の世話を教え込むじゃろう。 医者 そうなったら有り難いですよ。 バガヤー、身体のことを考えないといけませんよ。 バ どちらにせよ、今は入院せん。 デンデブ 方向感覚のなくなる病気で、群れから取り残された若羊を 一人前にすると言うのは並大抵のことじゃないさ。 医者 あなた、治すのはたいへんだと思ったんでしょう。 デンデブ 私は仕方なく引き受けたに過ぎん、 本当に治したのはこのトゥルフーだよ。 医者 背骨の長い羊は数えるぐらいだったのを 今のような群れにまで増やしたのね。 デンデブ その通りさ。その若羊の背骨が長かったんで 増やしてやろうと思ったんだろ。 大した老人だよ。 医者 病気が進んでいるわ。かわいそうに。 あなた気づかなかった? しゃべる言葉のひとつひとつが遺言のようだったわ。 デンデブ 羊を預かってくれる人がいないんだからな。 腰の曲がった老人がこんなに沢山の羊を世話しているんだ。 医者 最近の雨でおじいさんの羊が いなくなってしまったって本当? デンデブ 本当だとも。 しかし有り難いことに見つけてくれた人がいたんだ。 それじゃなかったら あの親子に弁償することなんて出来なかったろう。 シャグダル こんちわ、元気か? マ ええ、こんにちわ。 オートバイ、ちゃんと動くようになったのね。 シャグダル 組合にあったクラップから組み立てたなんて とても思えないだろう? マ 何でも使えるようにしてしまうのね。 シャグダル やー、俺をおだててどうする。 お前さんたちの新居が建つのに遅れる。 マ もう他にお嫁さんが来ているんじゃない? シャグダル おいおい、可笑しなことを言うもんじゃない。 新聞にまたおやじさんの記事書いているんだ。 マ また父さんを怒らせるわよ。 シャグダル 早く行って写真を撮ろう。新しいゲルの写真をな。 マ まあ、すごいカメラ持ってるじゃない。 シャグダル 組合がくれたんだ。さあ、行かなくちゃ。 お前の写真も撮ってあげるからな。 マ 頼んだわ。 同 なんて馬鹿なこと言ってしまったんだろう。 私の心のどこにそんな考えがあったのかしら。 誰かもうお嫁さんが来ている、なんて。 シャダブ ここが平らなようだな。 じゃあ、ここに建てようか。 ミャタブ そうしよう。 おーい、ガンバト、ガンスフ、ガンホヤグ、 ここにあるゲルの部品を運んでくれ。 シャダブ やあ、これを見たか。他でもない、 今の時期、草地が羊に適ってくると糞はこうなるんだ。 ソロンゴ オートバイに乗った人がくるわ。 シャダブ ああ、シャグダルらしい。 ミャタブ さあ、急いだ。 シャダブ ほーい、お前、それじゃペンキが剥がれる。 おー、そうだ。そう持つんだ。 おや、まあ、小ちゃいのにお手伝いだ。 ゴトブ ごきげんよう、マラルマー。 1080日のうち後60日を残すだけだ。 もう大したことない、気がつけば帰る日だ。 29通目。ごきげんよう、マラルマー。 手紙受け取ったよ。とても嬉しかった。 バガヤーの身体が悪いとシャグダルさんから 電報を受け取った。休暇を取って帰ろうとした矢先、 今度はよくなったという電報が届いた。 もう手紙書く必要ないよね。 さようなら。 シャダブ じゃあ、みんな... ロープを引っ張るぞ。 握ったか。1.2.3. いいか?...これでよし。 そう、ロープをきつく巻けば ゲルの見栄えが良くなる。 シャグダル その通りさ。ゲルの主人たちも幸福になれる。 写真を撮ろう。待った。そこ、下がって... ジグジッド ほー、こりゃすごい。ゼニットだよ。 シャグダル 組合がくれたんだ。 バダム シャグダル、写真の出来はいいんだろうね。 シャグダル 当然さ、いいに決まってる。 カーテン付けようか? バダム ソロンゴが自分で付けるわ。 ソロンゴ、お前カーテンを付けなさい。 ソロンゴ ええ。 シャダブ あいつ、どうしたんだ? ジグジッド また病気が出たんだよ。 あのポンコツを見せびらかせようっていう。 シャダブ ゴミの山から作ったんだって? ジグジッド 買って自分の物にしたみたいに。 ミャタブ お前は店で買ってゴミにするだけだ。 あいつはお前らが捨てた物を使える物にするんだ。 ミャダグ さあさ、行きましょう。 シャグダル かわいそうなのはバガヤーだ。 シャダブめ、あいつ人間じゃない。オオカミのような奴だ。 何だと?ソロンゴが自分で付けるだと? どうしよう?言いに行こうか? バ 茶の額白の羊はどうして足を引きずってるんだ? マ ひづめの間に石がはさまったの。 バ そうか...ほら、これ。 マ なーに?お父さん。 バ バターに塩を加えたものじゃ。 乗る馬の耳にかけてやりなさい。 馬の背中に鞍ずれの傷が出来なくなるから。 マ 分かったわ。 バ マラルマー、父さんの晴れ着を出しといてくれ。 客がたずねてくるかもしれないからな。 父さん、このままの服装じゃいかんだろう。 マ そうするわ。 バ シャグダルに新しいオートバイが要るな。 あのバイクもう壊れてしまったんじゃろう。 暖かい季節はともかく、冬の寒いときには 辛いじゃろうな。かわいそうに。 ガンバト 羊はちゃんと草を食べてる?マラルマー姉ちゃん。 マ ちゃんと食べてるわよ。 ガンバト 何か落としたの? マ どうして? ガンバト 同じ所をぐるぐる回ってるから。 マ いいえ。落とし物なんてしてないわ。 ガンバト そー... ガンスフ 僕たち、姉ちゃんがイヤリングでも落としたのかな と思ったんだ。 マ いいえ、お姉さんずっと考え事をしてたの。 お父さんを入院させたいけど、 羊を預かる人が見つからないの。 お姉さん、お父さんの看病をしたいのにね。 あなたたち、馬の乳搾るまでお姉さんと一緒にいて。 ガンスフ 僕のかわいい馬すごく暴れたんだ。 ガンバト きっと、いい馬になるよ。 ガンスフ 僕、大きくなったら... マ 宇宙飛行士になるんでしょ。 ガンスフ 違うよ。羊飼いになるんだ。 バガヤーが僕を小学校のうちから 羊の世話させるって言ってるんだもの。 バ お前さんのオートバイ壊れてしまったのか? シャグダル バイクの故障だったら直せばすむさ。 あのシャダブときたら治せないほど壊れちまってる。 あんたのとこの羊を預からないのは、 まったく犬のような考えのためなんだ。 バ シャダブが預からんと言ってるんじゃない。 このわしがゴトブに預けようと言ってるんじゃ。 シャグダル あんたの羊を預かったら、仕事が増えて 全国横綱牧民が水の泡になると思って躊躇ったのさ。 バ シャダブはそんな男じゃないぞ。 シャグダル 俺にはあいつの心がよーく分かるんだ。 あんたの羊をゴトブにもらわせもしないさ。 デンデブ組合長の妹を連れてきただろう。 バ 連れてきたさ。シャダブに弟子入りしたなら 牧民になるさ。 シャグダル さあどうかな? 組合長には牧民にしてやると言っておいて 本心はゴトブの嫁にするつもりで新居を建ててるのさ。 こんな汚い奴がいるか? マ こんにちわ。シャグダルさん。 シャグダル こんちわ。マラルマー。 マ じゃあ、それをこっちに置いて。 バ 馬の乳搾りは終わったか? マ ええ。 バ そうか。 マ じゃあ二人とも帰りなさい。 姉さんは乳製品を作るから。 バ 羊を預けようが預けまいが わしら2人にはどちらでもいい。 シャグダルよ、男らしくするんじゃな。 根も葉もないことを言って争いの種を撒くんじゃない。 シャグダル そうそう、そのとおりでした。 マ おや、お帰り? シャグダル 帰るよ。ほら新聞だ。 がっかりするんじゃないぞ、マラルマー。 マ お父さん、日差しが強いわよ。 バ 大丈夫じゃ。 マ お父さん、うちの羊、数が増えたみたいに 囲いがいっぱいになってるわ。 バ 羊が肥えてる証拠だ。 1頭が2頭分の場所を取るようになるんじゃ。 マ ちょっと横になったらどう。 バ 身体の調子がいいんじゃ。 マ 何か考え事をしているみたいね。 シャグダルさんが何か言ったの? バ いや、いや、お前にはそう見えるんじゃろ。 シャグダルは何も言いやせん。 じゃあ、家の中に入ろうか。 兵役に行っていた子供たちがやってくる頃だ。 友 お前、ゲルを建ててもらったな。今度はすぐに嫁さんだろう。 ゴトブ そのつもりさ。 友 ラジオで愛を伝えたりしちゃって。 ゴトブ やめろよ。 友 あそこ見な。 ゴトブ ちょっと寄って行くか? 友 まずは自分の家に行きなよ。 新居祝いの知らせが行っているだろう。 自分から来るはずだよ。 ゴトブ そうしよう。 男 ゴトブ、夕方行くからな。 シャダブ 来ていただけて嬉しいですよ。 デンデブ 組合の評議会が寄越したんです。 シャダブ 組合長、ここだけの話ですが、 わしはゴトブをまずは大学に行かせたいんです。 デンデブ 親のあなたは牧民だ。 牧民を継がせたほうがいいんじゃないですか。 労働英雄になった人たちはみんな子供を側においていますよ。 シャダブ はは。わしが労働英雄になるのも、 ゴトブが牧民になるのも、絵空ごとですよ。 ミャタブのところには5人も子供がいるんですから、 1人ぐらいは牧民になるでしょう。 わしは一人息子を、他でもない.... ソロンゴ これ、どうぞ。 シャダブ 感心なものです。ソロンゴは女性なのに。 一人前の牧民になったら人に頼ることもないでしょうよ。 デンデブ そうですとも。どうか他人に頼らない人間にしてやって下さい。 少なくとも手に技術をつけてくだされば有り難い。 シャダブ しかし、組合長、わしはゴトブを田舎に連れ戻しますよ。 他でもない、牧畜技術者か獣医にするつもりです。 デンデブ 今の子供たちには驚きますな。これを読んでみてください。 私はちょっと外に出てきます。 バダム 組合長は帰ったの? シャダブ 帰らんだろう。兵士ゴトブの建設的任務。 バダム 何? シャダブ モンゴル人民共和国労働英雄ナムハイニャンボーの 経験を生かし、15年間で組合の羊を1万頭増やす。 バダム 何ですって?こんなこと誰がうちの息子に吹き込んだのかしら。 シャダブ これは。何て考えなしのことをするんだ。 父親のわしとも一緒に住まんつもりだ。 バダム バガヤーの羊をもらったら 私たち2人の手の届かないところに行ってしまうわ。 話したとおり、あの娘と一緒にして、 私たちの側に置くようにしたら? あの子たちどうするかしら? シャダブ あの娘浮ついてるから田舎には馴染まんだろう。 バダム デンデブのコネはそのうちきっと息子のためになるわ。 シャダブ そうは言うが、ずっと組合長のままいるわけでもないだろう。 バダム 馬乳酒、行き渡っている? ソロンゴ 馬乳酒?向こうに渡して。 シャダブ そう、その通りです。 ゴトブ 父さん、バガヤーは来ないの。 シャダブ 具合が悪いんだ。 ゴトブ だったら行って挨拶してこないと。 シャダブ 自分の新居祝いに席をはずすとはどういうことだ。 明日挨拶に行ったらいい。 さあ存分に食べて飲んで。 ソロンゴ? 静かに、組合長が話をするわ。 デンデブ 郡の横綱牧民シャダブ氏の息子ゴトブ青年が 父の職業を継ぎ、牧民になるという誓いを立てられました。 このことを私たち一同心より喜んでおります。 ゴトブ青年のこの素晴らしい申し出を 組合評議会も支持し、今年兵役を解かれた 若者たちで羊養育特別作業隊を 編成することになりました。 これを記念して若き羊飼いの最初の財産として このテレビを発電機とともに贈呈する次第です。 発電機のほうはちょっと間に合いませんでした。 シャダブ さあさ、みなさん、食べてください、馬乳酒を飲んで下さい。 ミャダグ 私がこっちに回すわ。はい、馬乳酒どうぞ。 デンデブ シャダブさん、ゴトブ、私はこれで失礼します。 途中、バガヤーのところに寄って 薬を届ける用事が残ってる。 エンヘチメグは急患に出てしまったんだ。 シャダブ また誰か倒れたんですか? デンデブ デンデーじいさんさ。意識がないんだよ。 シャダブ 組合長をお見送りしなさい。 シャグダル お前んとこの酒なんか飲むもんか。 俺は俺の酒を飲む。これで勇気百倍だ。 残りはバガヤーに、飲ませよう。 バ 奇妙じゃ。シャグダルの言ったことは 本当かも知れん。 娘が可哀相じゃわい。学歴もなし... じゃが「家畜を飼う人の口には脂(食うに困らない)」 という言葉があるわい。 シャダブ それじゃ、ごきげんよう。 ゴトブ 皆さん、さようなら。 シャグダル 元気で帰ってきたか? ゴトブ 元気でしたよ。 シャグダル いいか、人間というのはな、いつだって、 どこでだって人間らしくしてないと駄目なんだぞ。 ジグジッド これは、シャグダルさん、何にでも顔を出すんだね。 シャグダル そうとも。 組合長は俺を3人分の仕事をこなすって言ってる。 ラジオを持っては宣伝マン、カメラを持っては新聞記者、 バイクに乗っては新聞配達人てな。 なのに一人分の仕事さえできないで 名誉ばかり欲しがる奴がいる。 シャダブ お前、誰のことを言っているんだ? シャグダル ふふー、そういうお前さんだよ、おまえ。分かったか? シャダブ ほー。 シャグダル どうしてお前はバガヤーの羊を預からないんだ? 横綱牧民になれなくなると思ったからだろう。 お前のことを一度も新聞に書かなかったのは、まったく正解だった。 シャダブ お前、酔っ払ってるな?シャグダル。 シャグダル ほー、俺が酔っ払いなら、お前は笑い者さ。 シャダブ はは、お前どこで飲んで来たんだ? シャグダル おい、いい加減にしろ。 実の妹たちをこき使って横綱牧民になって、 今度は何を手柄にしようってんだ?えー。 シャダブ そうか、お前黙っていられないなら 濡れたフェルトに簀巻きになって寝てもらうぞ。 シャグダル おい聞いだろう。本当のことを言われたもんだから 俺を簀巻きにしようてんだ。 たかが400頭の羊も持て余してるというのに、 双子が多くて世話のかかる500頭の羊は とても飼えないってのが本当だろう。えー。 ゴトブ、目を覚ますんだ。 シャダブ こいつを捕まえて簀巻きにしろ。 シャグダル あのじいさん、お前を首を長くして... ミャダグ おや、何てことを。おや。 ミャタブ 何もしていない人間に何てことを。さあ向こうに行こう。 ミャダグ 兄さんを何も中傷しているわけじゃないわ。 私たち、あなたを助けようと思って 死んだ子畜まで自分たちの名前で届けてきたわ。 でももうこれっきりにしましょう、兄さん。 手後れでも誠実な道を歩みましょう。 ゴトブ お父さん、見損なったよ。 シャグダル 親父は人でなしになったんだ、見損なうのが当たり前だ。 今度は人の愛情さえ弄ぼうとするぞ。 ソロンゴ、お前こんな企みにはまるんじゃないぞ。 ミャタブ もう行こう。 ゴトブ あんまりだよ。 ミャダグ もういや。ミャタブ、ゴトブと一緒にここを離れましょう。 これ以上ここにいるなんて。 バダム 実の兄にそんなことを言う人間だったなんて。 何年も養ってあげて近くに置いて面倒を見てやったのは、 間違いだったわ。 ガンスフ 本当にすごいことになっちゃったね。 シャダブ 日中は暑さにへたばって、ろくに草を食べられん。 夕方の涼しいときによく草を食べさせてやるんだ。 ところで、お前に話したいことがあるんだ。 わしは郡の横綱牧民に2回選ばれた。 ゴトブ 何度も聞いたよ。 シャダブ 今年は県の横綱になるつもりだ。 ゴトブ そうだと思ってた。 シャダブ 横綱になっても、老い先短いこのわしに 何の得があるわけでもない。 だが若いお前たちには役立つだろう。 「よき父の名は3度売れる」と言うじゃないか。 わしはお前に隠しだてはせん。 バガヤーの選び抜かれた羊をもらったら、 今言ったことはとてもかなわん。 世話のかかる難しい羊だからな。 ゴトブ 父さん、シャグダルさんの言ったのは本当? シャダブ お前、誓いを立てる前に私ら両親に どうして相談してくれなかったんだ? バガヤーの羊をもらえば、お前の将来にいいことはないぞ。 ゴトブ 僕は軍隊で辛いこと難しいことから逃げたことはなかったよ、父さん。 マラルマー ゴトブ。 ゴトブ え。 マラルマー 軍隊に手紙を出すのに住所が分からなくて困るって言うわ。 あなた手紙書いて。 ゴトブ 書くとも。 マラルマー 父の身体の具合がよければ、私たち何も躊躇うことはないのよ。 ゴトブ そうだとも。 マラルマー お父さん、寝ている? ゴトブ そうだね。 マ すぐ戻るわ。 これ飲んで。 ゴトブ 何だい? マ いいから、飲んで。 ゴトブ こりゃ、酒じゃないか。 マ どうしたって言うの?あなた軍隊に行く立派な大人じゃない。 ゴトブ よしておくよ。お父さんが恐いから。 マ これ着てみて。 ゴトブ いつ縫ったんだい? マ ちょっと待って、この糸とるから。 じゃあ、おまじないの言葉言うわね。 「前の裾に子馬、後ろの裾には子羊がいっぱい」 「今年は絹を、来年は緞子の着物を着ろ」 これ何か分かる? ゴトブ 飴玉。 マ はずれ。 ゴトブ 干しぶどう。 マ 違うわ。 ゴトブ それじゃあ、指輪。 マ みんな外れよ。 ゴトブ これは、幸せの9つの石。 マ 二人で分けましょうね。 ゴトブ 御伽噺みたいだね。 マ 何言ってるの、私たち御伽噺を信じて育ったんじゃない。 5つはどっちが取る? ゴトブ 一家の主人になる、この僕が取ろう。 マ ほー、さあこれ。 ゴトブ 事故で死んだ羊をミャタブおじさんの羊にして報告してたの? シャダブ わしはお前が幸せになればどんなに嬉しいか。 わしの側で暮らす方がよくはないか。 ゴトブ 死んだ羊をミャタブおじさんの羊にして報告してたって本当? シャダブ これからお前は一家の主だ。 あのソロンゴはうわべは軽薄だが、 心は正直な娘だ。 あの子と一緒になれば、今といわんでも将来、 きっとデンデブが面倒を見てくれる。 そういう事だ。もう寝なさい。 ゴトブ おー、そんなことまで。どこに寝ろって?ここ? シャダブ お前のためにゲルを立ててやったんだぞ。 そのゲルに寝ないでどこに寝ると言うんだ? 何から何までお膳立てしてやったんだ。 これ以上どうしろって言うんだ? バダム さあ、もう寝なさい。疲れたでしょう。 ソロンゴ ええ。 ゴトブ ソロンゴ、君の言う通りこんなお芝居は止めにしよう。 僕の気持ちを分かってくれ。 君は人が良すぎるから、いつも損をするんだ。 もう子供じゃないんだから。 ソロンゴ あなたの両親があんまりにも、可愛がってくれるものだから、 私を好きだってあなたが両親に言ったんじゃないかしらと 心の中で期待して待っていたの。 あなたのこと私が好きなの知ってるでしょ。 もう行って。マラルマーのところに行って。 彼女、私以上にあなたのこと待っているわ。 同じ女ですもの。 自分の人生は自分で責任を持つものでしょ。 さあ、行って。 マ お父さん。どうしたの?お父さん。 バ ああ、父さんは大丈夫じゃ。大丈夫。 マ ひどくうなされていたわ。 バ 大丈夫じゃ。 マ 私、もう... バ マラルマー、おーい、マラルマー。 お前、娘の方から行くもんじゃない。 マ この羊たち、あの家に送り届けるわ。 シャダブが受け取ろうと、 ゴトブが受け取ろうと... 私が父を看病できれば... ゴトブ マラルマー、マラルマー。 完