Ψ Milenio y Jubileo
2000年度の「3年演習」和書講読テキストの内容です。
歴史科学協議会編『卒業論文を書く──テーマ設定と史料の扱い方』(山川出版社、1997年)
1. 卒業論文執筆の意義
卒業論文を書くということは、自分で考え、自分で調べ、自分で構成することによって、先学が成し得なかったことを言い、新しい発見をすることである。
歴史学においてなぜ卒論執筆に意義があるのかというと、歴史学とは事実が過去においてどうであったか、そしてその事実がどこまで普遍性を持つものであるかを検討し、それに基づいて、ある時代の社会がどうであったのか、どう移り変わっていったのかを、筋道を立てて把握する学問であり、そこでは自分なりの理論が必要になるからである。
先学が明らかにした事実を知り、覚え、その研究成果を学ぶだけでは、歴史を学んだことにはならない。どんなに小さなことであっても自分自身の考えを創り出す努力が必要なのである。
2.卒業論文執筆の流れ
(1)テーマの設定
自分自身のどういう関心から何を取り上げるかをまず決める。ただし過去のことであれば何を取り上げてもいいわけではなく、歴史学の対象とならないこともあるので注意しなければならない。またそれが研究する意義のあることかどうかも先生と相談すべきである。
テーマの設定の際、問題関心はできるだけ大きい方がいいが、1年で完成させることを考えて卒論の題目はなるべく小さくした方がいい。自分の能力で1年でそのテーマの論文が書けるかどうか先生に相談しながらテーマを絞っていくことが必要である。
(2)提出までの日程を立てる
就職活動も考慮に入れて、提出期日までのできるだけ詳しくて具体的な日程表を作る。その際、史料を探すためと、
読むための時間を十分に取っておくようにしたい。
(3)学説史の整理と検討
自分がやろうとしていることがその分野の研究の中でどのような位置にあるのかを知るために、自分のテーマにかかわる研究を先学たちがすでにどこまで研究してきているかを自分なりにまとめる必要がある。そのために先行研究や現在までの学会での研究状況を知り、代表著作に目を通さなければならない。ここでも先生と相談するとよい。
こうしてまず先行研究を見据えた上で、それに導かれながらも、自分なりのとらえ方を見出していくべきである。また先行研究は書き終わるまで絶えず振り返り、繰り返し検討されなければならない。
(4)史料にあたる
史料を探し、集め、読む。読んでいく際、先行研究をふまえて考えながら読むことが大切である。
(5)仮説を立てる
史料検討の後半くらいになったら、並行して仮説を立てていく。歴史学は、あくまでも歴史的事実に基づいて論を立てる学問なので、証拠となる史料が存在しなければ論は成り立たない。よって想像で書いたり、創作して書いたりしてはならない。そのために、仮説を立て、史料を検討して論を立て直し、あるいは修正して新しい仮説を立てる、また史料によってそれが検証できるか考える…という繰り返しがここでは要求される。
(6)構成を作る
まず内容に一致した題名をつける。次に、事実に基づいて自分の論を展開し、他人が読んで理解でき、かつ説得できるものになるような編別構成を作る。まず冒頭で自分がこのテーマを選んだ理由と、どのような角度からどのような方法で論を展開するかを示し、章と章のつながりをはっきりさせ、最終的に何を最も強調したいかがわかるような構成にする。
(7)執筆〜提出
構成に沿って書いていく。そして繰り返し推敲し、提出。【T.A.】
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1.先行研究をどう整理するか
(1)はじめに
歴史の研究とは、自分自身が史料を科学的手順、方法に基づき、分析、総合し、問題意識の解決を図ろうとする営みである。自分の研究のオリジナリティーを明示するためには、これまで明らかにされてきた論点および残されている課題を提示し、自分の研究が蓄積された先行研究の中での位置を明示する、「先行研究」が必要である。
(2)問題意識を持とう
まず、問題意識を持つことが必要である。問題意識は、歴史的知識や社会的経験を総動員した知識総体によって規定され、現代に対する個人の生きる姿勢によって育まれるものである。
(3)研究の進め方と先行研究整理の手順
文献の勉強の最初の段階では、専門にしたい分野の代表的研究書とともに、歴史、経済、哲学、人類学など他分野を含めて幅広い読書が必要である。その際、読書ノートを作成するとよい。
その後、それぞれの時代の代表的な研究書の勉強と平行して、自分の関心のある研究課題に関する論文の学習を始める必要がある。またその途中で、研究の方向性を確認する意味で、仮題目を設定する。(最初の課題設定)
仮題目の設定以降、史料の収集、読解、分析を開始し、一方で関連する文献の収集と学習を始める。その際、読書ノートとは別にスクラップブック(データファイル)を作成することを勧める。
史料に当たり論文を読む過程で、最初の課題が解決しても、さらに解消しきれない問題がでてきたり、異なる方向へ問題意識が導かれたりする。問題意識の深化、発展の中で新たな問題が見えてきたならば、仮題目を改めて練り直し、また新たな課題を設定してみることが必要になってくる。
こうした主体の問題意識と史料・文献との間の相互作用の反復から、数回練り直し、ある段階にきたら最終的に論文の課題を設定しなければいけない。なお、論題を絞り込むには、史料を読む中で抱いた疑問を大切にするとよい。
しかし、先行研究を学ぶことには、常に自分の思考がそこにとらわれてしまう危険性もある。
先行研究の整理には、@学説史の整理とA研究史の整理がある。@は、ある研究課題についての研究結果や史料操作の方法を系統づけたものであり、Aは、史学史と結合した学説史である。
(4)「研究史的整理」と「学説史的整理」
研究の課題意識は大きく、対象は小さく(重点的に)、というのが学術論文のモットーである。また、自分がなぜ論題に掲げたような個別的限定的な素材・対象を研究するのか、本当はそれを通じて何を明らかにしたいのか、を絶えず自己に問い掛け、忘れないことが大切である。
研究は、究極の課題・大課題・小課題がピラミッド状に構成される課題の連鎖構造を持っている。一本の個別論文だけですべての課題を明らかにするのは無理である。そこで、自分が発見、分析した史料・素材から自分が明らかにする範囲と限界を認識し、明らかに出来ず今後に残された課題をも自覚しうるような執筆の姿勢が必要である。
自分が何を明らかにしようとするのかについて相対的に大きな課題意識を持ち、実証研究による解明の可能性の範囲を認識した上で、自己の研究を大きな研究史の流れの中に位置づける作業が「先行研究の研究史的整理」である。一方、「学説的整理」とは、各種工具書・手引書・文献案内による検索と論点の整理であり、@扱う研究対象・事項に関する先行学説の整理、A扱う史料に関する先行学説の整理がある。
2.卒業論文とパソコンの利用
(1)はじめに
従来、手間暇をかけて行ってきた情報(史料)の集積と検索・分類、論文の執筆(下書き・推敲)などは、パソコンの利用によって大いに能率的に行えるようになった。
必要なハードウエアは、パソコン本体(ハードディスク、CD-ROM、モデム内臓)の他に、プリンタは勿論、スキャナー(文書資料の電子テキスト化に役立つ)もあるとよい。
アプリケーションソフトは、すくなくともワープロとデータベース、通信ソフトがあればよいが、スキャナーを使う場合にはOCRソフトも必要であり、研究内容によっては表計算ソフト、あるいはDTPソフトなどが不可欠である。
(2)情報の収集と検索
文献検索には、図書館の情報検索システム、パソコン通信やインターネットの利用が便利。研究機関や個々の研究者などへの問い合わせや友人同士の連絡には、E-mailを使うと良い。また、書籍の出版データや新聞記事のCD-ROMも、情報の検索に活用できる。
(3)オリジナル・データベースの作成
論文を作成する際、収集した情報や文献から参考文献カードや読書ノート、引用文(史料)カードを作り、自分のアイデアをカード化する必要があるが、ほとんどがパソコンでできる。しかも、データを電子テキスト化した方が、手書きで行うよりも検索、分類、利用(原稿化)がはるかに効率的である。データ管理には、カード型データベースソフトを利用するのがよい。また、データをタイトルやキーワードで分類しておくと、関連項目の検索、抽出、ソート(並べ替え)が容易にできる。
(4)論文原稿の入力・保存と印刷
執筆の下準備として、電子テキスト化したデータを引用、加工して利用する。論文のアウトライン(章・節・項などの構成)ができたら、必要な個所に読書ノートやアイデアノートの一部を貼り付けて(コピー&ペースト)、論文の骨格をつくっていく。引用する史料も、アウトラインの段階では史料番号か史料タイトルなどを入れておき、執筆の際に引用文(史料)データベースから選択して、貼り付ければよい。参考文献や史料の出典の注も、ノートやデータベースから本文の中に貼り付けておき、最終的な推敲の際に脚注や章末にまとめればよい。参考文献一覧は、文献データベースを活用して作成すれば、どんな順番の一覧表でも簡単に作成できる。
パソコンやワープロで論文を作成する際には、変換ミスがどうしても出てしまうので、プリントアウトしたものを確認の為読んでおく方がよい。また、パソコンを使うと、加筆・挿入や史料の引用が簡単なので、冗長で筋道のはっきりしない論文になりがちであるので、手書きのとき以上に、推敲の際に無駄な部分を削ぎ落とそうという意識働かせないといけない。
また、アクシデントに備えて、テキストデータを内臓ハードディスクだけでなく、フロッピーディスクなどに
保存しておくことが大切である。
レイアウトに関しては、
A4判用紙なら40字×30行程度、B5判用紙なら1枚当たり1000字程度の印字が適当である。章・節・項のタイトルは本文の印字のポイントよりもやや大きめにするとか、ゴシック体などで印字するなどして読みやすさを工夫するとよい。3.教師はどう卒業論文を指導しているか
(1)卒論執筆への準備
まず、学生が自分のテーマに関する著書や研究論文をどの程度まで読み込んでいるかを知ることから始まる。4月下旬、基本文献を読み、テーマに関わる先学の研究論文のリストを提出するようにと指導する。
6月上旬、著書・文献カードを作成すること、すなわち、カードに書名(論文名)、著者名、発行所(論文ならば掲載誌名)、発行年を記入し、読後感を裏面に書き込んでおくようにと指示した。著書や論文を読む際には、作品の書かれた時代背景をも見据えて読むことが重要である。また、ただ読むだけでなく、仮説(テーマ)を史料によって論証していくことが必要である。
10月下旬、関連史料の検索と蒐集はほぼ完了。論文の枠組、構成(目次)などを決定しなくてはならない段階であるので、次回までにテーマ設定の理由、研究史などを踏まえて、論文構成案を作成し、可能ならば論文の一部を発表するようにと指示した。
(2)卒論の執筆
11月上旬、どのような論文構成が出来上がるのか、論文の成否はここにかかっていると言えよう。論文の発表報告を行う。冬休みを十二分に活用して、提出期限いっぱいまで全力で論文執筆にあたるように激励して指導終了。
(3)卒論を読む
卒論提出後、教師は期限付きで論文を読了しなければならない。卒業論文の作成を通して、学生がどのように成長したかを見ることができる。
論文のテーマを探し、史料を蒐集し、執筆するという苛酷な作業を通じて、学生は自らの信ずる道を真摯に歩み始めたのである。卒業論文を書くということは、畢竟、自らの生き方を発見することにつながるのではなかろうか。【M.I.】
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テーマをどのように設定するか
A 近代以前でのアプローチ
テーマ設定
まず、自分のやりたいことを歴史学の中でみつける。その際大切なのは、自分が何をしたいのか(なにが好きか)ということである。地域、時代設定は、通史、概説書や研究入門書などを読む中でここが面白そうだという感じでよい。なるべく具体的に選び、きちんと筋道をたてる。古代史の資料は少ないがその資料に関する研究は膨大にあるので「私はこう思う」式の作文にならないためにも、資料の正確な解釈が基礎となる。問題関心は広く、研究対象は絞るように。
テーマの絞り方・具体化
テーマの絞り方には2つの方法がある。(1)研究史からアプローチする方法 (2)史料ないしは資料そのものからアプローチする方法。中国古代史では制度・制度史を明らかにし「正史」等に記録されている制度を媒介にしてそこからはつかみにくい社会・民衆の存在を浮き彫りにするとよい。いずれにせよテーマを絞る時には、テーマ研究史と史料との格闘が不可欠で、その原動力になるのは問題関心への深さである。
何を対象とする分野なのか
中世をテーマとする場合、内容が多様すぎるので、より具体的にするために社会・経済的再生産の担い手の活動場に視点を置くとよい。それによって個人・都市・村等とテーマが具体的になる。同時に身分制支配との関係も考慮に入れる。
テーマ設定
テーマが決まったら「何を」明確にしたいのかを決める。その際既存の研究との接点を持つ。研究上の空白や史料的制約の問題もあるので、課題解決の方途が必ずあるとは限らない。
留意点
まずテーマに関する文献リストを作成し、読み込む。読み込む中で次のように区別をしてゆく。
(1) 共通意識が成立している部分
(2) 見解が別れていて論争になっている部分
(3) 新たな問題提起として注目されている部分
(4) 課題として指摘されているだけの部分
この(1)〜(4)でどこに力点を置くかが問題となる。力点を置く項目を選んだら、使う題材=資料の選定に入る。ここでは、地域や集団など特定のフィールドを設定し、それに対応するまとまりを持った史料群―刊行された史料集や・自治体史―を選ぶのがよい。
後は、史料を丹念に読み込み、研究課題とのフィードバックを繰り返しながら自分なりの歴史像をまとめていく。
さまざまな地域の中心地として機能する中世都市は、広範囲から人々を受容する開かれた性格と運営において他者を排除する閉鎖的側面を持っている。それゆえ都市化社会では、都市に備わる中心的機能・都市文化の役割の意義に着目して、都市と農村との諸関係を検討すると効果的である。 【K.K.】
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5 近世の生活文化を見る目
<文化史とは>
そもそも日本文化史とは、歴史の中でそれぞれの時代の中での学問、思想、宗教、芸術などの歴史を構成する要素をピックアップし、その総体を時代名を冠して理解しようとするものであったが、近年
その研究に大きな変化が見られている。つまり、その文化自体がどうのこうのというのではなく、当時の人々との繋がりという視点で語られることが多くなってきた。
当時の人々、つまり当時その文化を享受していた人々の視点においての文化史研究という意味では梅村佳代さんの研究がまさしく適例と言える。それは寺小屋における読み書きの教育に主眼が置かれ
た研究であるが、今までの「教える立場」ではなく、それを教わる民衆の側に立ち、「いろは習得」のプロセス及び意義、当時繁栄した民衆文学さらにはそれを発展させる役割を担った貸本屋との関係
を詳しく知ることができる。また、「住まい」からアプローチした古川貞雄さんの研究にも見られるように、いわゆる「統治者の視点」として文化を語るのではなく、本来その文化の担い手であるが今ま
であまり研究対象とされなかった一般大衆の暮らしの中に文化の本質を見ようという動きも盛んである。現在このような視点が文化史研究の新たな着眼点として注目されている。
6 思想史への接近
思想史を研究対象といて卒論を書くには当然ながらある思想家を選び、その著作を熟読しなければいけない。そらにテーマ選定にあたってはその思想が当時の社会や文化、例えば歴史や政治さらには神学にどのような影響を与えたのか等、他者との関連性を持たせて読み解くことが重要になってくる。そのためにはその思想だけでなく広い意味でのその時代の文化に通じていなければいけない。また、その思想を理解するためには逆にそれと対立していた思想や社会通念を知ることもまた重要であり、比較対象がキーとなってくる。以上挙げたような事項を考慮に入れ、テーマを広げて卒論作成にあたるのが望ましい。
7 内陸アジア民族史における問題の所在
内陸アジア民族史における3つの留意点
1:世界史での位置付け
(ロシア・モンゴル・トルコ+αイスラム社会という枠組)
今までの同地域に対する中国やヨーロッパ(ロシア)の辺境としての扱いではなく、独立した世界・文化圏としての認識.(「中央ユーラシア」という呼称の誕生)
2:草原遊牧民及びオアシス社会であるという特性
遊牧民は単独での存在ではなく、近隣農耕民との相互依存の関係.遊牧騎馬民とオアシス農民が政治的、経済的に共生関係にあったという事実.
3:近年の歴史研究の進歩(ソ連崩壊後の流れ)
<史料利用上の注意>
元来同地域を中国辺境部の研究として捉えていたため、漢文史料に依存することが多かったが、漢文史料には中国人の意図や中華思想的内容を含んでいるためその点割り引いておく。現在は専門家がフィールドワークを行い、研究が進められているので中国語以外での書物の入手も比較的容易である。だが同時に近年のモンゴルブームに便乗したような興味本意の書物も多く見受けられるので注意が必要である。また、同地域はソ連崩壊後の諸国の独立をきっかけとして大きく変化を遂げているため、現代史に目を向けた研究を行うのも多様なテーマがあるためよいだろう。
<民族の構成について>
注意すべきは民族は決して固定したものではなく、歴史的に生成され、変化していき、消滅もしうるということ。
<民族及び国家についてのテーマ>
1:民族の形成
いかに民族が形成されたのか.
国家・社会・文化と民族形成との関わり.
2:他民族の歴史
一国家一民族は存在しない.
服従・披服従の歴史の中での他の民族の歴史認識の獲得の重要性
3:民族相互の関係の歴史
数的に優位な民族と他民族との関係の正しい認識.
4:国家と民族との問題
民族・民族文化形成と国家権力との関係
【M.H.】
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B 近代・現代でのアプローチ
1 近現代史の問題意識と卒論テーマの設定
2 近代中国経済史における主題の発見
3 イギリス帝国史・黒人史・ケルト民族史
■問題意識―テーマ設定
(広川) いかなる歴史像も,ある状況の中で生まれた問題意識から主観的に作られるものである。近現代という我々の生活に密接に関わる時代を扱う以上、提起される問題意識も現代の我々の姿に密着したものとなろう。論文執筆の際には問題意識を絞り込み、対象とするものをさらに核心に限定しなくてはならない。
(金丸) 古典・良書・辞典類を読み進むうち、問題意識が芽生える。歴史は幅広い知識が必要とされる「総合の学」であるから、読書も幅広く行え。そうするうちに新たな問題意識が芽生え、また別の資料にあたる---このようにらせん階段状に学識は高まる。
(平田) 「やりたいこと」をやるのが一番であるが、語学力や資料などを検討して「やりたいこと」と「できること」をはっきりと知る。さもないとテーマが大きすぎて破綻したり、問題の全貌がつかめずに矮小化する恐れがある。教授の知人友人を紹介してもらい、自分のテーマに沿った研究に協力してもらうのもよい。最近では映像作品による問題意識設定も認められる。
■研究史・史料―近現代という時代特有の研究史・史料事情
(広川) 論文のオリジナリティの源泉は豊富な史料である。またオリジナリティを明らかにするためにも先行研究との異同をはっきりさせる必要がある。また先行研究から論理展開テクニックを学ぶのもよい。
(金丸) あるテーマについて何がどこまで明らかになっているのかを知らないと、個人の時間の浪費であるばかりか研究全体にとっても損失である。研究全体のなかでの自分の研究の位置付けを常に意識すること。また史料については一次史料を使うのが望ましいが、技術的/社会的制約もあり、できる範囲で収集にあたる。
(平田) 一冊まるごと読むことで一つの説を吟味でき、多数の著書を辞書的に部分読みするよりは論理組み立ての手法を学習できる。ただし必ず批判的に読むこと。また一次資料については渡航による収集の可能性も残されている。
関心の開発―コンセプトの設定―資料収集―論理的/説得的報告書 【Y.F.】
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4、東南アジアを中心とした民族/国際関係>
テーマ設定に関しては、まず自分の問題関心と研究しとの関係を>見ながら、接点をみつけることが必要である。自分の関心と関係あ>りそうな研究をしている専門家の著作、特に主著を読むと良い。また、直接専門家に会いに行くのも良い。(そのためには、最低でも>その専門家の主著を読んでおく必要がある)
史料に関しては、どこで入手できるのか、自分の語学能力で読む>ことが可能なのかを確認することが必要である。また、例えば国際>関係の場合では、視点を変えれば、同じ問題に関する複数の国の史料を見ることも可能である。史料の選定等に関しては、専門家の指>導をあおぐのが最も良い。
5、近代天皇制論の現在
近代天皇制論のような包括的/総括的なテーマは卒論のテーマとしては大きすぎるので、具体的な歴史的事件や対象に即したテーマに絞り込む必要がある。良く知られている政治事件や人物についても、史料をもとにして新たな分析が可能である。現在までの研究の分析方法を参考にしたり、史料を利用しながら問題の一部を深く掘り下げてみたりして、自分なりの新たな切り口を見つけ、まだ検討>すべき課題が残っていることを指摘すると良い。
6、ヒトラー/ナチスと第三帝国の権力
ヒトラー問題のように、これまでに数多くの研究がなされている>分野に関しては、文献/論文は膨大な数になるので、具体的に細か>くテーマを絞って行く必要がある。そのため、さまざまな視点からのアプローチが必要であり、それによって、検討すべき新たなテーマが見つかってくる。
ヒトラー問題に関しては、日本人の研究も相当進んでいるので、それを参考にしながら、一次史料を読み込んできけば良い。
7、家族から考える西洋近代史
フランスを中心に近年の西洋近代史研究ではさまざまな国にまで関心が広がっているが、その研究に関する日本語文献が乏しい国、地域もあるので、現地語の習得が情報収集を大きく左右するということを考慮する必要がある。卒論のテーマとしては、一般民衆を視野に入れた生活/意識/文化などの面の諸問題が取り上げられるようにもなってきた。
このような問題を検討する上で重要なのは、その生活文化が、社>会の流れのなかで形成されてきたということ考慮することである。社会の法制度、観念、生活習慣に広く目を向けなければならない。まずは問題の所在を把握して文献、史料を読み、自分の興味/関心にしたがってテーマを設定することが必要である。 【M.M.】
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III 史料をどう扱いどう読むか
A 日本の歴史を読み解く
資料の扱い方、読み方について
古代研究資料の現状について
日本古代史は、従来の研究のように文献史学のみによらず、考古学・文献史学・また地理学・国語学・美術史学・民俗学・人類学など、さらには自然科学を加えた総合的学問体系から解明されなければならない。
その古代文献史学についても、隣接諸科学の研究方法や成果に触れる事によって、資料分析の方法自体を問い直す必要にいまや迫られている。
その例としては、文献史学がいままで扱ってきた文書や、典籍などのような紙に書かれた資料のみならず、木簡や、墨書土器をはじめとする紙以外の各種素材の登場があげられる。そこで、歴史資料としての紙・土器・木・金石などの素材の物質的特性・形状およびそれらと歴史情報との連関をも分析対象としうる体系の確立が要請されている。
また、個々の資料が有する歴史情報は、情報伝達行動における文字・図像メッセージに限定せず、資料が伝存し発見された状況(環境情報)やメッセージを積載・定着させている素材(物質的素材情報)およびそれへの積載・定着の形態まで含めて考えねばならない。
出土資料はあくまでも考古資料であり、そのものの観察を通して、資料の属性をあきらかにすることがいかに重要であるかを指摘してみたい。
記載内容と資料の属性
・稲荷山鉄剣銘における例
鉄剣という出土品の銘文を吟味することによる分析
・長屋王家木簡における例
歴史文献と、木簡という出土資料における「長屋王」の呼称に関する考察
資料の製作・機能・廃棄
・屋代遺跡群木簡の例
出土した木簡の形態、出土場所、技法などからの分析
・資料の機能
近年の古代史研究の課題の一つである「地方豪族と農民」間の支配関係の実態の解明と、その資料として注目を集めている郡府木簡の銘文吟味における実態の考察
・資料の廃棄
それらの木簡の廃棄状態(郡司などの点検後に、という慣例)からの考察、上記の課題の推定
墨書土器から『日本霊異記』を読む。
墨書土器は、その種類が極めて限定され、各地の遺跡にて共通して記されている。字形も各地で類似し、しかも本来の文字が変形したままの字形が広く分布しているなどの傾向があるので、土器の文字資料を手がかりとして、歴史文献(日本霊異記)とあわせて分析・考察する事によって村落における具体的な祭祀形態を解明する事ができる。
出土文字資料は、あくまで考古資料として位置付け、遺跡・遺構に密着した形で取り上げ、その形状、部位、割り付けなど、資料そのものの検討を欠かさぬようにし、またその製作技法と文字記載法とのかかわりについてもしっかりと分析する。
そして、ほとんど断片の状態にて出土するのが文字資料であるので、従来の文献やほかの種々の資料と比較検討を行い、現状を復元する作業も不可欠である。しかし、そのいずれの資料も当時の社会全体のほんの断片であるという自覚を忘れてはならず、その自覚が文献史学のみならず諸学問的分野との協業を認識させる。
『日本書紀』『万葉集』『日本霊異記』などの資料も、出土資料をとおした異なる視点から見たときの新たな発見と資料解釈によって、出土資料のもう一つの大きな意義を確認する事ができる。
中世史料の捜し方、その第一歩
以前とは異なり、中世史においては、資料集の出版が充実してきたため、それだ>けで論文を書くことも不可能ではない。よってそうした史料のあり場所を自分なりに確認しておくことが望ましい。
どの分野においても卒論の執筆にあたってもっとも重要な事は、自分のテーマに関係する先行論文をきちんと集め、吸収し、その上で自分の考えを固めていくことである。先行研究を読む中から、それに関連する、あるいはその研究がよりどころとした史料へと広げていき、それにあたってみて吟味することによって、いろいろアプローチの仕方ができてくる。
中世史料へのアプローチ
Oさんの場合
研究テーマがほとんど刊本が充実している分野(足利尊氏と寺社の関わりについて)だったので、まずたくさんの文書を丹念に集め、そのなかで注目した特質について、それらの共通性、属性、相違点などを分析した。そうして視野を広げた結果、研究テーマがしだいに浮き彫りになっていった。
I君の場合
先行研究が豊富なテーマ(文治守護地頭論争)だったので、それらの整理に終わってしまわないかという危惧があった。新資料が見つかる可能性が非常に薄いからである。そこでまず、先行研究の精読とそこで利用されている史料のリストアップ、収集から開始した。丹念に集めきって、刊本の信頼性が低いものは史料編纂所の写真帳を分析・解読した結果、先行研究のほとんどがあまり重きをおいてこなかった点が浮かび上がってきた。
Hさんの場合
テーマ(中世の職人について)に関する先行研究にあたり、あらたな関心を固めつつあったところ、史料からの具体的イメージの欠如に壁を感じてしまった。そこで整理してみたところ、自分が本当に何が知りたかったのかを再確認し、自分の趣味(絵を書くこと)から広げて絵巻物の分析に没頭するようになった。その中で気がついたことから関心がさらに広がり、あらためて先行研究にあたったことで、いままで見えなかったものが浮き上がってくるようになった。
Kさんの場合
他の仕事をしながら大学に通っていた人の例である。研究テーマ(中世の人の死)から行き着いた史料には刊本がなく、それでその1文1文の読み込み、テキスト作りから始めた。都合上どうしても時間がたりなくなってしまったので、他の史料と比較して論じることができなかったため、自分の立場(看護婦)から見た中世の死の批判的な読み解きを行った。
Y君の場合
板碑という供養塔についての論文を書くことにした。文献資料の閲覧は難しいが、石造物ならば実物にあたることができる。これには特定の地域を定めたフィールドワーク、郷土史家など専門家へのアプローチ、対象の探索と考察というやり方が一般的だが、現実的に家の付近においては不可能だったので、板碑調査の記録である史料と、現存する板碑の比較検討という方法に切り替えた。史料の分析、そこから割り出された板碑の存否について足をつかって確かめたことにより、この史料の正確さや、地域事情によって異なる残存率などが明らかになった。
K君の場合
上とは反対に、三河国の古代から中世にかけての宗教状況について足で卒論を書いた。先行研究に触発され、そこから発生した疑問と仮説にしたがって、納得がいくまで現地を歩いた。
原史料に接することの重要性
中世史において刊本の資料集のみで卒論がかけるほどなのと反比例して、なまの文書に触れる機械は減ってしまった。しかし少ないながらそうした機会にあえたら、なにをおいても実際に見てみる。現場での勉強も同時にできることになる。
それが無理だとしても、手続きをとれば写本を公開してくれるところなどにあたってみて、それを読み込むことにより、字の勉強や、刊本への批判になったりすることもあり、自分の議論にとって決定的なところになる可能性をはらんでいる。またそれ以上に、原本や写真は、活字とは違った印象を与えてくれ、また違った情報を与えてくれる。
そうした丹念なテキスト作りができれば、それをていねいに読み直す。そうするとまたいままでとは違った史料への親しみがわき、卒論完成への大きな前進という確信につながるであろう。【S.Y.】
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3 近世の文献史料
近世史と史料近世史の特定分野から論文を書く場合、先行研究の整理が必要だが、それ以上に関連史料の収集と分析が必要になる。刊行・未刊行の豊富な資料を可能な限り収集するには、まず関連論著が引用した文献や史料、または各研究機関・図書館・資料館などの文献・史料目録などを手がかりにするとよい。次にそれを解読、分析していくのだが、その際以下の2つの点に留意すべきである。原史料が作成され機能した状況や環境に対する十分な理解と、それに基づく的確な読解と分析が大切だということ。刊行・未刊行を問わず、利用する史料の信憑性に対する十分な吟味が必要だということ。史料を収集し分析したら、それをいかなる新しい視角、研究方法で分析・総合するかで論文の出来不出来が決まる。研究史を踏まえながら広い視野から新たな問題設定を行い、その視点から史料を広く、深く読みこむことが大切である。このときもっとも大切なのは研究者の歴史・社会に対する自己認識のあり方なので、史料をうまく活かすことができるかどうかも本人次第となる。
4、5 近代史・現代史と史料
<人物研究の場合>
まず、伝記・人名辞典・人物文献目録や既存の研究で手がかりを得つつ、全集・関係文書・日記などが刊行されていればそれを活用する。これらがなかったり不十分であれば、著書を探し、新聞・雑誌などからその人が書いたものを集める。最も理想的なのは遺族や関係者を探り当てて手紙などで照会し、史料を見せてもらう。こうして研究を進めていく。
<統計史料の活用>
近代史研究の場合、官庁や機関が調査・作成した統計書を活用することによって、数量的なデータを比較的簡単に手にすることができる。ある事項についての推移を分析するには統計の利用は有効だが、利用の際には注意も必要である。統計史料はそれぞれの統計によってデータの処理方法が異なるので扱いには十分注意しなければならない。またそれぞれの数値の背後には膨大な人々の存在と生活があることを忘れないようにして、単純に数字だけを追うことは避けるべきである。
<新聞を利用した論文執筆の作業例>
復刻版・マイクロフィルムなどで関係社説や記事を探す。この段階である程度の内容を把握しつつ、社説・記事の要不要の見当をつけて複写する。複写したものを、新聞ごと、年月日順にファイルする。複写した社説・記事の目録を作る。社説・記事を読みながら仮の構成をたてていく。社説・記事を本格的に読みこみ、要約メモや重要箇所の引用原稿を作る。史料の要約・引用の入力と並行して、研究文献からの引用や自分の着想も入れていく。上記の素材をもとに原稿化していく。現代史と史料現代史をテーマにして論文を書く場合、その資料としてはいろいろなものが考えられる。新聞新聞記事は何が起こったかを調べるための索引としては有力な資料である。しかしそこから分析のための深い情報を得るのは難しい。またそこで扱われている情報が一面的なのではないか、編集部に偏見があるのではないかなど、信頼性に問題があるため、新聞記事のみで論文を執筆することは難しいだろう。ただし、ある事件や問題に対する特定の新聞の論説・反応・態度を調べるというテーマ設定もあり、この場合には新聞は立派な1次資料となる。史料館資料集や研究書にあたって予備知識を十分身につけた後で史料館を訪れて多様な史料を閲覧するのはとても有効な手段である。また史料館が発行している資料や蔵書の目録を読むことも自らの視野を広げるためにとても有効である。大学図書館が保存し、公開している史料も役に立つので積極的に活用するとよい。聞き取り資料現代史研究においては聞き取り資料も有効である。既刊の資料だけでなく自ら存命中の人物から聞き取りを行って資料とすることも可能である。ただし、聞き取りだけでは論文は書けず、対象者の著作や資料の分析・再構成が必須である。【T.A. 000713】
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B アジアの歴史を読み解く
1 漢文史料の扱い方
はじめに
卒論のテーマが決まり、先行研究を押さえたら、いよいよ史料を収集し、それにもとづいて論を立てることになる。史料を用いて歴史の論文を仕立てるには、3つの段階がある。史料の収集、史料の考証、そして考察すなわち論理構成である。
史料の収集
中国史に関わる史料は極めて多いため、各種の研究案内を利用するとよい。自分が設定した主題に関してどんな研究がなされ、どのような基本史料があるのかを知ることができるので、あらかじめ読んで
おきたい。
基本史料の見当をつけたら、次にはそれらを読んで関連記事を探し出す。殆どの場合、史料はかなりの分量に達するので、手っ取り早いのは、先行研究が使用している史料に直接当たってみることである。引用が正しいか、都合のいい部分だけ引用していないか、引用されていない前後の部分に重要な情報がないかどうかに注意する。また、注にあげられている史料にも直接当たってみる必要がある。こうして芋づる式に先行研究の用いた史料と論文から関係する史料を探し出していく。
また、コンピューターを用いて、索引を利用したり、文献検索をする際には、研究主題に関連したいくつかのキーワードを多めに用意し、キーワードが出てくる部分を逐一原典に当たってみるといい。
史料から引き出される情報は読み手の問題関心によって異なる。さらに、研究史に対する理解も必要である。
すなわち、史料の収集は、自分の問題関心解決の為の構想、仮説、予測といった未知の部分を、史料と突き合わせながら確認、修正し、あるいは否定して再構築するという作業である。
考証
史料、テキスト、版本の読解の際には、辞書、用例、語句索引を活用する。同じ事柄を述べた史料相互で、記述内容が異なることがしばしばあるが、そのときは、どの史料を採用するかを考えねばならない。
2 中国「地方志」を史料として卒業論文を書く
「地方志」などの漢籍を用いる卒論では、史料収集がすべてに先行する。先行論文、著書を読んで、テーマを定め、粗い編別構成を作る。キーワードとなる史料上の漢語を手掛かりに、その前後を丁寧に読んで筆写する。
キーワードだけに限定して「地方志」を読むのではなく、すべての項目を読み、地域社会をトータルにとらえ、その構造の中にキーワードを位置づけることが必要である。
3 アジア近現代史研究と欧文史料
アジアの各地域の多くが欧米諸国の植民地とされたのが近現代であるから、行政文書をはじめとして欧文史料は膨大である。これまで利用されなかった史料も数多く残されている。また、文字に限らず、絵画、写真、映像、「聞取り」史料なども利用するとよい。
近現代史研究の場合、基本的な史料として新聞や雑誌がよく用いられる。イギリス外交文書、いわゆるFO(Foreign Office)文書などの未公開の根本史料にアクセスするには、膨大な労力と時間と金がかかるが、マイクロフィルムやフィッシュの形で日本にある場合もある。まずは、史料集を見て、大まかな内容を把握してから、こうした根本史料に向かうのがよいだろう。
おわりに、卒論として一定のまとまりを考えるならば、あれもこれもというのではなく、1つの史料にこだわってものを考えるのがよい。1件の資料でよいから、根本史料あるいはこれまで利用されることのなかった史料に接近し、格闘してみてほしい。 【M.I.】
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4 朝鮮前近代史の扱い方
史料を扱う際、史料を100%信じてはならない。時代背景や著者のその時の立場により内容に偏りのある可能性がある。そのため、史料には常に批判的な姿勢を持って読む。
5 朝鮮近現代史と史料について
朝鮮近現代史の分野を対象にして卒論を書く場合、(1)時期によって史料の文字・言語が異なる。(2)史料批判及び史料の多読が必要。という2点に留意しておくと良い。
(史料の読解力を養うために)
漢文、朝鮮語文といったような文章を史料として引用する必要のある時は、文章全体の論旨を損なわない範囲で適宜短い文章に分けると良い。史料がどれだけ事実を述べているかを検討する事は、史料の内的批判における基本にして重要な作業。史料から一部だけ切り離して立論するのは危険で、それには多読が必要。
6 英語史料との対話−イギリス支配期の南アジア−
広大で多様なインドの歴史に対して問いかけたいことは沢山あっても、その問いに対応する史料が常に存在するとは限らない。まずは存在する史料から問いを組立て、日本において入手可能な英語史料をいくつかのカテゴリーに絞る。
(1)国勢調査、地誌、「カーストと部族シリーズ」(2)判例史料 (3)各種委員会報告 (4)議事録 (5)新聞・雑誌 (6)政治家・思想家の著作集
留意点;これらに登場するのは圧倒的支持者とインド社会の中の上層部(男性)ということ。
7 イスラム世界の史料の扱い方
イスラム世界を対象にする人は、古代オリエント史やギリシア・ローマ史の教養を身につけておく。
【K.K.】
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C ヨーロッパの歴史を読み解く
1 ギリシア・ローマの古典資料
<始めに>
ギリシア・ローマの古典資料を用いて卒論を作成する場合、幸いにもかなりの数の文献が邦語訳されているが、ここでまず第一に心がけなければいけないのは、基本的ではあるが、翻訳された文献をしっかりと読むという事である。文献そのものを読まずにその評論や概説書のみを頼りに卒論を書く者も多く見受けられるが、まずは自分の目で文献自体を読み通すことから始めなければいけない。
<史料・文献をどう探すか>
古典作品そのものを探すには『西洋古代史研究入門』(p275文献@参照)の巻末に今までに翻訳された作品が列挙されているので、これを参考にすればよい。これは欧米でなされた研究論文も含んであるため、英語で書かれた文献を検索する際にも役に立つ。邦語の研究論文では『史学雑誌』・『日本歴史学会の回顧と展望』・『文献解説 ヨーロッパの成立』などから参考にすることができるだろう。
<古典作品の比較>
一例を挙げると、例えばギリシア史の代表的古典作品であるヘロトドスの『歴史』は、主題はもちろんペルシア戦争についてであるが、この作品はただそれのみをテーマとして書かれてあるのではない。ペルシア戦争についてを記述するにあたり、周辺の遊牧民族・異民族との関わり、また、東西の文明との対比などいくつもの視点から捉えた物語を通してこの『歴史』は成立しているのである。つまり、この作品を吟味するにはただ「ペルシア戦争」のみを取り上げればよいというのではなく、上に挙げた周辺との関わりなどの要素を用いて、様々な視点から読み解くことが可能であるし、事実そう言った多くの視点からの研究がなされてきた。作品のタイトル=主題ではないのである。作品の中に多くの研究材料を含む古典作品の中から自ら主題を設定し、自ら読み解き、卒論執筆の上で参考にするのがよい。
またp270・271のソクラテスの例にもあるように、同じテーマで書かれたいくつもの史料・文献を比較し、それらを読み比べ、深い解釈を得られるようにする努力が肝心である。つまり、古典を史料に用いる場合は一つの作品だけでなく、同様のテーマや内容的に関連している作品を相互に関連させて読むことが必要なのである。
<翻訳のない史料を英語で読む>
多くの古典文献が邦語訳されていると述べたが、もちろん全てが訳されているのではなく、英語訳に頼らざるをえない場合も多い。イギリスで出版されている"LoebClasical Library"(ロエブ古典文庫)がそのような場合に大変役に立つ。邦語訳のない作品を参考したい場合はこのシリーズを役立てるとよい。
<翻訳の註を徹底活用する>
重要な史料であればあるほど、その中の記述を巡って論争がなされ、学説にまで発展しているケースも多い。そのような学説を知らずに史料を読んだのでは作品自体のポイントを押さえているとは言い難い。そこで活用したいのが翻訳に付けられた註釈である。註釈自体が本文の倍の分量にまで達することからも分かるように、註釈を読むことによって解釈が分かれ、論点になっている箇所を押さえることなくして初めて正確な理解にはつながらないと言っても過言ではない。また、本文に登場する人物・地名・歴史的用語などにおいても註を参照にして、誤った解釈を防ぐのがよい。
2 史料の中に史実を探る―西洋中世の場合
<始めに>
歴史研究では実証が何より重視されるため、そのもととなる諸事実の発掘に重点が置かれる。この歴史的諸事実が史料となるのである。近年の史料の取り扱い方には以下のような新しい傾向が見られる。@記述史料以外に図像、景観などあらゆる人間の営為の所産を動因する傾向A各種史料の存在形態、欠落自体をも「史料」と見なす傾向BD.N.A.、プラント・オパール、花粉分析などの史料の開拓、分析における自然科学諸分野との協力関係の進展Cコンピューターの導入による史料の保存、整理、検索の高度化と効率化
<諸文献の中での史料の位置>
西洋史を題材に卒論を書く場合に特徴的である点は、欧米語の研究文献をもとにして行うことが多い、ということである。さらに、中世史の場合のように原史料が現代語に訳されていない場合も多い。このように、他者によってなされた史料を参考にする際には、著者の論理の展開過程とその裏付けのために用いられる具体的諸事実とを明確に区分けして読み解くことが必要である。つまり、筆者の論とそれを裏付けする史料を混同してはならない、ということである。どこまでが事実でどこからが持論なのかを明確に分けるように意識して読まなければならない。また、読者側に必要な点は、「事実は借りても論理は借りず」、ということである。論理まで借りてしまうと結局二次レポート的内容に終わってしまうからである。また、問題意識を持って、時には批判的に読むことも必要であろう。筆者の理論は筆者自身の固有の視点、問題意識と固有の事実評価に基づくものである以上、必ずしも無条件に受け入れるべきものではないからである。以上述べた事に十分留意して史料を読み解かなければならない。本文では細かい具体例が示され論理展開と具体的諸事実を区分けする方法が幾つか示されているが、これ以上要約のしようがないので割愛します。
3 文学・絵画・新聞から心性と民衆社会を読み解く
<史料の入手>
文学の場合・・・著名な作家の場合は容易に入手可能である上、研究もなされている場合も多いが、当時は人気があり、今日では忘れ去られている作家の場合、入手は若干難しい場合が多い。今日はさておき当時は人気があったということは、その時代の民衆心性を考える上で大変重要である。いわゆる「ブームもの」的作家の場合、文学界から無視されることが多かったため、大学の図書館にも収められていないケースがほとんどであろう。原書を入手する方法としては、現地の古書店にアプローチする方法が残されている。
絵画史料の場合・・・文学以上に無名作家を取り上げることは困難であるため、有名作家のものを取り上げたり、テーマに基づいた展覧会などから論を展開するのが無難であろう。絵画史料に限ったことではないが、ネット上での検索によって多くの情報を入手することが可能である。
新聞・雑誌史料の場合・・・かなりのものがマイクロフィルム化されており、入手は容易である。
<書き手の立場を考える>
そのような史料を扱うためにまず第一に気を付けなければならないことは、書き手側の政治的立場を見極めなければいけないということである。同時期の他の作品と比較して、どれほど政治的意味合いを込めた作品であるのか、また、同じ作家の過去の政治的立場はどうであったのか、時代とともにいかに変化しているのかなどに留意する必要がある。絵画においては、美術的考察は抜きにして、その作品がどのような社会的・政治的背景のもとで描かれたのか、作品自身にプロパガンダ的意味合いは込められてなかったのかなど細部にまで留意する必要がある。もしこのような事項を見逃して論じたならば、それは著者の意図した政治性をそのまま真っ向から捉えることになってしまい、歴史的考察から程遠いものになってしまう。また、そのような作品の比較だけではなく、当時のその作家の置かれていた状況、政治的・社会的情勢を知るために研究書を読み、作品及び歴史的事実の双方から検証していかなければならない。
<不在を読み解く>
文学・絵画・新聞に共通して言えることは、書かれていないもの、描かれていないものに眼を向けなければならないということである。新聞を例にすると、例えば特定の政治性を帯びた新聞社がどのように世論を形成したり、情報操作的なことを行ったか、また、それに対して世論の実情はどうであり、民衆はどのように反応していたのかなどがポイントとなってくるであろう。良い意味で批判的かつ中立的な眼差しが必要になってくるのではないだろうか。 【M.H. 000727】
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