現代のトルコにおける伝統芸能:民族ダンスとカラギョズ

 

                                                          森 かおり

                                                            駒崎 加奈

 

     はじめに

1.主な伝統芸能の種類

2.民族ダンス

 民族ダンスについては、主な種類として、 Kasik Oyunu, Zeybek, Horon, Kilic Kalkan Oyunu,があげられる。Kasik Oyunu とは、日本語に直訳すると「スプーンダンス」のことである。つまり、手に木製のスプーンをもち、リズムをたたきながら踊るダンスである。このダンスはコンヤからシリフケにかけて見られる踊りである。Zeybek とは、efe と呼ばれる色鮮やかな衣裳を着た男性によって踊られるエーゲ海地域のダンスである。このダンスは、勇気と英雄的行為を象徴するものである。ここでは、Horon Kilic Kalkan Oyunu について詳しく説明する。

 Horon は、東黒海地域特有のダンスである。このダンスは主に、結婚式、人が集まる時、兵士を送り出す時、に踊られる。人数は、少ない時は5,6人、多いときは4,50人とまちまちであるが、団体で踊る群舞である。この踊りでは、davul と呼ばれる大太鼓、 zurna という木管楽器、 kaval という牧童笛、 kemence という小型のバイオリンなどの楽器が使用される。踊りの場所としては、屋内のサロンで、また屋外でも踊られるが、屋内ではKemence が多く使用されるのに対し、屋外では davul, zurna が多く使われる。また、Horon は、どの楽器が多く使用されるか、また、誰が踊るのかなどによって Duz Horon, Sallama Horon, Siksaray Horon, Bicak Horon, Kizlar Horonの5つの種類に分けられる。Duz Horon は、一般的に女性によって踊られるダンスである。Sallama Horon davul, Zurna の伴奏のもと、男性によって踊られる。Bicak Horon は、力強く踊る、男性のダンスである。対照的に Kizlar Horon は女性たちが民謡を歌いながら、kemence のリズムにのせて踊るダンスである。これらの中でも特に、Siksaray Horon は、東黒海地域に置ける人間の特徴、またその生存競争の過程を伝える活気あふれる、威勢のよいダンスである。この、Horon は、数々の国際的なダンス大会で上位を占めている、トルコを代表するダンスである。

 つぎに、Kilic Kalkan Oyunu についてであるが、これは、トルコ戦士の精神を生き生きと演じるものである。民衆に伝わる伝承によると、オスマン・ガージ・ベイが息子のオルハンとともに、初めてのブルサ包囲をした際に、トルコ戦士たちが、この踊りをブルサ市民に見せつけることで彼らに恐怖心を与えたそうである。このダンスには伴奏はなく、かわりに、持っている刀と盾をかち合わせ、そのリズムにのって踊る。これは9人または10人以上で2グループに分かれて踊る踊りであるが、各グループにはソリストと呼べるようなリーダーが一人づつつく。

 つぎに現代において活動されている民族ダンスのひとつ、”Devlet Halk Toplulugu”、いわゆる国家民族ダンス団の活動について見てみたい。”Devlet Halk Toplulugu” は、1973年に、トルコにおける民族ダンスの専門家、芸術院会員などが、観光・情報省の元、Devlet Halk Danslari Toplulugu (国家民族ダンス団)の設立を目的とした会議で誕生したものである。正式な設立は1975年であった。”Devlet Halk Danslari Toplulugu” の主義は、トルコの文化と芸術の伝統を民族ダンスやその衣裳などを通して世界に広めることである。彼らは、1976年5月にアンカラの Buyuk Tiyatroで最初の公演を行ない、現在までに国内だけでなく海外でも約50カ国で100公演行なっている。海外ではテレビ出演もしており、たくさんの賞を受賞している。彼らは最近、ニューヨークのカフマン・コンサート・ホールにて2000年5月28日に公演を行なった。国家民族ダンス団は、設立当初から現在にいたるまで、民族ダンスを通して、トルコ共和国の世界への周知、また観光客を増加させる事を目的として、トルコの文化的・民族的特徴を広めることに貢献してきた。

 彼らのダンスのレパートリーは、異なる地域の伝統的ダンスの基本的な特徴(フォーム、衣裳、ステップなど)を十分に考慮した上で作り出された民族ダンスである。それぞれの地域のダンスは、各地域の権威者たちによってステップ、音楽、衣裳など細部にわたるまでダンサーに教え込まれ、とくに衣裳については、各ダンスに特有の色、ししゅう、装飾など細かく研究した上で作られている。最近のダンスのレパートリーとしては、地域別にアルトビン、エルズルム、かジアンテップ、シリフケ、トラブゾンなどのダンス、そして Ciftetelli, Kinagecesi, Bagbozma などと呼ばれる、伝統的なものにアレンジしたものも行なっている。国家民族ダンス団は、毎年1,2の地域を新たに取り上げ、そこで踊られている民族ダンスを自分たちのレパートリーに加えている。

 

3.カラギョズ

 カラギョズとは、トルコの伝統的な影絵劇のことである。よく演じられる劇の主人公の名前が karagoz  というのでこの名で呼ばれるようになった。

 カラギョズの発生地については、アジアであると言われ、2世紀に中国で行なわれていた影絵劇がモンゴル、インド、ジャワ島と伝わってイスラム世界で最初に伝わったのはエジプトであった。16世紀にオスマン朝のスルタンセリム1世がエジプトを征服した際に、エジプト人がこの影絵劇をスルタンに献上し、オスマン朝に持ち込まれたその文化は次第に、庶民のものとなっていった。17世紀までには、カラギョズは現代見られるような姿になっていた。

 カラギョズは、17世紀から19世紀の間には、広範囲で、公共の場所で、また個人の家などでも上演された。とくに、ラマダンの間には、夜間にコーヒーハウスで上演される事が多かった。

 現代において、カラギョズは過去のようにトルコの大衆娯楽の大部分を占めているわけではない。現在はカラギョズ上演がライブではなくテレビ放送になってしまったり、ほとんどのライブが外国人観光客向けにホテルやレストランで上演されるのみになってしまった。しかし、カラギョズをトルコの伝統芸能として残していこうという動きは見られる。トルコ国家国際指人形・影絵統括連盟(通称UNIMA)が現在、トルコ文化省の指導のもと、カラギョズの研究を進めている。