要訣・朝鮮語
音の高低


 朝鮮語のイントネーション、すなわち抑揚について詳しく触れてある学習書はない。それもそのはずで、イントネーションは朝鮮語研究の中でも最も遅れた分野の1つで、解明されていないことが多いのが実情だからである。「平叙文は尻下がり、疑問文は尻上がり調子」くらいのことは分かっても、もっと具体的に朝鮮語の自然な音の上がり下がりについてはよく分かっていない。そんな分野についてここで解説しようというのだから、私も肝が大きいのか、単に無謀なのか分からない。しかして、ここで解説する朝鮮語のイントネーションは、あくまで私の個人的な観察によって得られたものであることを、予め了承していただきたい。「これ、ちょっと違うんじゃない?」と思ったら、私の思い違いの可能性が大である。そういうときは「趙義成のうそつきめ」と心の中で思って、許していただきたい。

 1.イントネーション,アクセント,ピッチ

 音の上がり下がりには2つの種類がある。1つは「雨」と「飴」のように、高低で単語の意味の変わるもので、これはアクセントと呼ばれる。もう1つは「はやく食べる」、「はやく食べる?」、「はやく食べる!」のように、文全体の上がり下がりにかかわるものがあり、これがイントネーションである。
 朝鮮の標準語にはアクセントがない。もっと正確に言えば、アクセントがないのではなくて、アクセントの違いで単語の意味が変わることがない。例えば、「国」という意味の単語「나라」は、「나」を低く「라」を高く発音しようが、「나」を高く「라」を低く発音しようが、あるいは「나」も「라」も高く発音しようが、その意味が変わることはない。だから原理的に言えば、音の高低を無視して、適当に高低をつけて発音しても、何ら支障はないことになる。
 しかし、だからといって、どんな場合でも自然な朝鮮語に聞こえるというわけではない。やはり、自然な音の上がり下がりというものがあるのである。これをピッチと呼ぶことがあるが、ここでは朝鮮語のピッチやイントネーションについていくつか紹介しようと思う。


 2.切れ目尻上がりの法則 

 1つの文が長くなると、途中で切れ目が入る。例えば「今日金大中大統領は青瓦台で記者たちを集めて会見を持ちました」という文があるとすると、「今日/金大中大統領は/青瓦台で記者たちを集めて/会見を持ちました」というように、「/」で切れ目が入る。もちろんこれには個人差があり、1語1語慎重に言う人なら「青瓦台で/記者たちを集めて」のように切るだろうし、早口の人なら「青瓦台で記者たちを集めて会見を持ちました」は一息で言うかもしれない。
 朝鮮語では、このような切れ目で、最後の部分が尻上がりで発音される。一息で発音される部分はとりあえずずっと低く発音し、切れ目のところでクイッと上げて発音するのである。これは文中のイントネーションの一種である。例えば、
のような文では、切れ目ごとに上がり調子になり、下のようなイントネーションになる。
 この例では、「김대중 대통령은 キデジュン テートンニョンウン」が一息で発音され最後の「은」の部分が尻上がりになり、「기자들을 모아 キジャドゥル モア」が一息で発音され最後の「아」の部分が尻上がりになるといった具合である。もちろん「오늘」から「대통령은」までを一息で言う人は「오늘」の部分は上がり調子にならない。
 ただし、ここで重要な注意点が1つある。「尻上がり」といっても、「오늘? 대통령은?」のように疑問文のような上がり調子で発音してはいけない。厳密にいうと「上がって下がる」のである。上のハングルにつけたイントネーション符号も上がって下がるように描いてある。このイントネーションは朝鮮語(ソウル方言)の特徴的なものなので、韓国人の話しているのを聞けばすぐ分かるはずだ。また、日本にいる留学生の中にはソウル弁が抜けずに、日本語をこのイントネーションでしゃべる人がいる。
 ところが、韓国のニュース番組を聞いていると、アナウンサーがこれとは違ったイントネーションでしゃべっているのが分かる。彼らは「切れ目尻上がり」の他に、切れ目の1つ前を高く発音し切れ目を低く発音する「ブービー上がり」とでもいうべきイントネーションでもしゃべる。この2つをどう使い分けているのかはっきりしたことは分からないが、私の観察した限りでは、大きく切れるところではブービー上がりで言い、小さく切れるところでは切れ目尻上がりで言っているようだ。
 洋画の吹き替えのときもこれに似たイントネーションで言うし、学者はこのイントネーションにさらに疑問文のような上がり調子を加えて言う場合がある。「ブービー上がり」のイントネーションは、何となく格好をつけたイントネーションのようである。

 3.単語の出だしの高低 

 朝鮮語の音の高低で今一つ特徴的なのは、単語の出だしの発音である。単語の頭がㅅを除く平音であるときは低く始まり、激音(ㅎを含む)・濃音・ㅅであるときは高く始まる。朝鮮語のピッチの大きな特徴である。この現象は世代によって異なりがあるようで、若い世代に特に顕著である。老年層の発音を聞いていると、激音やㅅでも高く始まらない発音を聞くことがある。しかし、彼らの発音でも語頭の激音・濃音・ㅅは強勢(ストレス)があるように聞こえ、平音とはやや異なった音色である。私の推測するところ、老いた世代で見られる語頭の激音・濃音・ㅅの強勢が、若い世代では高い調子に発音され、強弱が高低にとって代わられたのではないかと思われる(もちろん確証はまったくないが)。この単語の出だしの高低と切れ目尻上がりの法則を組み合わせると、ふつうに聞かれる朝鮮語の音の高低は下のような感じになるだろう(かなり大ざっぱである)。
 しかしながら、朝鮮語の音の高低は分からないことだらけである。みんなそれぞれ観察してみると面白いかもしれない。「自然な音の高低」というのは簡単そうで難しい。だが、これを制覇したら、朝鮮語の学習は格段に面白くなること請け合いである。韓国人と会話して、日本語話者だということを悟られず、韓国人に「化ける」ことができたら、さぞかし気分がいいではないか!

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