要訣・朝鮮語
語  基


 朝鮮語の用言の活用を説明するのに、日本では「語基」という概念が広く用いられている。実はこの語基というもの、本国の韓国や共和国にはない概念で、いうなれば日本産の文法理論である。しかしながら、私たち日本語話者にとっては、この語基、なかなか便利な代物である。その理論的なしくみと効率的な活用法を、ここで見てみたい。

 1.朝鮮語を見る前にまず日本語から 

 例えば、日本語の用言のうち、動詞「よむ」を考えてみよう。私たちがこの動詞を使う場合、常に「よむ」という形で用いているのではないということが、すぐに分かるだろう。
 上の例のように、「よむ」という動詞は、「よま」、「よみ」、「よめ」などいくつかの形があり、状況に応じてそれらが使い分けられる。ちなみに、形容詞や形容動詞といった他の用言も事情はまったく同じだ。学校文法では、これらを「活用形」と呼び、その種類は「未然形・連用形・終止形・連体形・仮定形・命令形」という6種類があった(もう遠い昔のことで忘れたという人は、国語辞典の巻末の活用表でもめくってみていただきたい)。そして、これらの形は自分勝手に使い分けることができず、一定の決まりに従って使い分けるようになっている。例えば、後ろに「ない」が付くときは必ず「よま」の形を使って「よまない」としなければならず、「よみない」や「よんない」などの形にすることができない。
 ここで、日本語の用言の活用についてもう一度整理すると、次のようになる。
  1. いくつかの形があり、状況に応じて使い分ける
  2. 後ろに何が付くかによって、どの形を用いるかあらかじめ決まっている
 実は朝鮮語の用言の活用も、原理はこれとまったく同じである。だから、我々がふだん使っている日本語をきちんと知っていれば、一見難しそうな朝鮮語の用言活用も、案外やさしいのである。
 日本語を知っているということが朝鮮語の学習に大いに役立つという話を、よく耳にするだろう。語順が同じだとか、助詞のたぐいがあるとか、似ている点は多々あるが、用言の活用のシステムといった、かなり込み入った文法的な事がらまで、朝鮮語と日本語はよく似ているのである。

 2. 日本語の活用形と朝鮮語の語基 

 学校文法で「未然形・連用形…」と呼んでいた日本語の活用形、これを朝鮮語文法の世界では「語基」と呼ぶ。そして、日本語の活用形は6種類だが、朝鮮語の語基はその半分、3種類しかない。単純に考えて、日本語より50%やさしいといえる。この3種類の語基はそれぞれ「第I語基」、「第II語基」、「第III語基」と呼ばれる。3つあるから単純に「いち、に、さん」と番号で呼んでいるわけである。ある意味、合理的だ(日本語の「未然形」はなぜ「未然形」という名前なのか、などと考えだすと、夜も眠れない??)。
 さて、具体的な語基の話に入る前に、もう一度しっかり確認しておくことがある。それは用言の形についてである。用言(動詞・形容詞のたぐい)の語形は、その本体部分である語幹と、その語幹の後ろにくっつく付属部分である語尾とからなっている。日本語の用言でいえば、例えば「たべる」は「たべ」が語幹であり「る」が語尾である。
 朝鮮語の場合は、基本形(原形)が必ず「-다」で終わっているが、この「-다」を取り除いた残りの部分が語幹である。例えば「見る」という意味の単語「보다」は、「보-」が語幹、「-다」が語尾であり、「食べる」という意味の単語「먹다」は「먹-」が語幹、「-다」が語尾なわけである。そして「보-」のように語幹が母音で終わっているものを母音語幹、「먹-」のように語幹が子音で終わっているものを子音語幹という。


 3. 語基の作り方 ―― 母音語幹・子音語幹の場合 

 朝鮮語の語基が3種類であることは上に述べたとおりだが、この3つの語基は基本形から規則的に作ることができる。基本形さえ見れば、その用言の活用形は自動的に作ることができるのである。
  母音語幹 子音語幹 後続要素
第I語基 보- 주- 받-먹- -다,-겠-
第II語基 받으- 먹으- -면,-시-
第III語基 보아- 주어- 받아- 먹어- -요,-ㅆ-
  • 第I語基は基本形から「-다」を取り除いた残りの部分。
  • 第II語基は母音語幹は第Ⅰ語基と同じ形、子音語幹は第I語基+「으」。
  • 第III語基は語幹の最後の母音が「ㅏ」か「ㅗ」ならば第I語基+「아」、それ以外なら第I語基+「어」
 
 それぞれの語基にどんな語尾が付くかは、あらかじめ決まっている。例えば基本形を作る語尾「-다」は必ず第Ⅰ語基に付き、「…すれば」という意味の語尾「-면」は必ず第Ⅱ語基に付き、「해요体」を作る語尾「-요」は必ず第Ⅲ語基に付くといった具合である。これらのことは、ふつう「I-다」、「II-면」、「III-요」のように表す。
 ここで再び日本語をちょっと思い出していただきたい。否定の「ない」は必ず未然形に付き、「ます」は必ず連用形に付き、仮定の「ば」は必ず仮定形に付くというように、日本語の場合も語尾がどの形に付くかあらかじめ決まっている。つまるところ、語尾のつき方は朝鮮語と日本語とではそのシステムが全く同じなのである。

  従来型の説明との違い  

 従来型の活用の説明では、第II語基の「으」や第III語基の「아/어」を、用言の語幹の一部とは見ないで、語尾類の一部と見ている。

  주어
語幹語尾   語幹語尾
받으   받아
語幹語尾   語幹語尾
【語基による説明】
 
  어서
語幹語尾   語幹語尾
으면   아서
語幹語尾   語幹語尾
【従来型の説明】

 この見方の違いは、次のような違いにも現れる。
  1. 語基の説明では語幹は3種類(第I~III語基)あるとするが、従来型では語幹は常に一定の形と見る。  
  2. 語基の説明では語尾類は常に一定の形と見るが、従来型では「-면/-으면」のように、物によって2種類と見る。
 語基の説明と従来型の説明の両者は、1つの現象を別の方向から捉えているにすぎないのだから、どちらで説明しても得られる結論は同じである。しかしながら、どうせなら簡潔・体系的・合理的に説明のなされているほうが、学習する側からすれば喜ばれる。そのような意味で、語基はお薦めである。

 4. 語基の作り方 ―― ㄹ語幹・으語幹の場合 

  1.ㄹ語幹  

 語幹が「-ㄹ」で終わっている用言は、語幹が子音で終わってはいるが、子音語幹とは異なった活用をするので、これを「ㄹ(리을;リウル)語幹」と呼んで区別している。
  ㄹ 語 幹 後続要素
第I語基 살-/사- 울-/우- -고,-는
第II語基 -면,-세요
第III語基 살아- 울어- -요,-ㅆ-
  • 第I語基と第II語基は同じ形(母音語幹と同様)
  • 第I語基と第II語基は語幹末の終声ㄹが残る形脱落する形の2種類がある
  • 第III語基の作り方は原則どおり(語幹最後の母音が「ㅏ」か「ㅗ」ならば「아」を、それ以外なら「어」を付ける)

 注意点が2点ある。
 (1)第I語基と第II語基が同じ形であること。言いかえれば、子音語幹のように第II語基で「-으-」が付かない。これはひじょうによく間違う箇所なので要注意である。例えば、「살다」に仮定を表す「-면」を付けるときに、「먹으면」のような子音語幹の場合から類推して「×살으면」のようにしてしまう人が後を絶たない。
 (2)第I語基・第II語基では語幹の最後の終声「ㄹ」がそのまま残る形と脱落する形の2つがあるということ。終声「ㄹ」の残る形か、落ちる形かは、後ろに付く語尾類の最初の音で決まる。すなわち、
となる。神田外語大学の浜之上幸先生は「ㄹ語幹はスポン(ㅅ、ㅂ、ㄴ)と落ちる」と覚えよとおっしゃっている。なかなか分かりやすい早覚えである。

  2.으語幹  

 으語幹とは、母音語幹のうち語幹が母音「ㅡ」で終わるものをいう。これもふつうの母音語幹と活用の仕方が違うので、別にとりたててこう呼んでいる。

  으 語 幹 後続要素
第I語基 바쁘- 치르- 쓰- -다,-겠-
第II語基 -면,-시-
第III語基 바빠- 치러- 써- -요,-ㅆ-
  • 母音語幹なので、第I語基と第II語基は同じ形
  • 第III語基は語幹末の母音「ㅡ」を除いてから「ㅏ」か「ㅓ」を付ける

 으語幹は第III語基の作り方が特殊である。手順は以下のとおりである(바쁘다を例に説明する)。
  1. 語幹末の母音「ㅡ」を取り除く … 바쁘 → 바ㅃ
  2. 「ㅡ」を取り除いた形で、最後の母音を見る … 바ㅃ だから最後の母音は「바」の「ㅏ」
  3. その母音が「ㅏ、ㅗ」ならば「ㅏ」を、それ以外ならば「ㅓ」を付ける … 바ㅃ → 바빠
 少々変則的に形を作っているが、「母音が ㅏ、ㅗ ならば ㅏ を付け、それ以外ならば ㅓ を付ける」という大原則は変わっていない。
 ところで、表のいちばん右の「쓰-」のような場合、母音「ㅡ」を取り除いたら残りは「ㅆ」となり、語幹には母音が1つもなくなってしまう。こういうときには後ろに「ㅏ」をくっつけるべきか「ㅓ」をくっつけるべきか判断に迷いそうだが、「ㅏ か ㅗ であればㅏをくっつけ、それ以外ならば ㅓ をくっつける」の原則を思い起こせばなんてことはない。「母音が1つもない」ということは、母音が ㅏ でも ㅗ でもないので「それ以外」ということになり、後ろには「ㅓ」がくっつくことになるのである。要するに、語幹が1文字の場合は無条件に「ㅓ」がくっつくのである。
 以上、子音語幹、母音語幹、ㄹ語幹、으語幹の4つが正格活用の用言である。


 5. 接尾辞も語基活用する 

 接尾辞とは語幹と語尾の間に入り込む要素で、日本語の助動詞に当たるものである。語幹のしっぽにくっつくので「接尾辞」というわけだ。日本語の助動詞は、例えば受身の「れる」の場合、動詞のように「れ(未然形)、れ(連用形)、れる(終止形)、れる(連体形)、れれ(仮定形)、れろ(命令形)」と活用するが、朝鮮語の接尾辞もやはり用言それ自体と同じように語基活用をする。それぞれの語基の作り方は上にあげた原則どおりに作ればよいので何ら問題はなかろう。

  接 尾 辞
第I語基 -시- -겠- -ㅆ-
第II語基 -겠으- -ㅆ으-
第III語基 -셔- -겠어- -ㅆ어-
 尊敬の接尾辞「-시-」の第Ⅲ語基は「-셔-」となっているが、これは「시」に「어」がついた形「-시어-」が縮まった形である。「-시-」の第Ⅲ語基はふつう縮まった形で用いられる。
 意思=推量の接尾辞「-겠-」最後が子音で終わっているので子音語幹と同じ活用をする。すなわち、第II語基で「으」が付く形となる。
 過去の接尾辞「-ㅆ-」は子音(終声)だけしかないが、「子音で終わっている」ので、やはり子音語幹と同じ活用をする。したがって、第II語基で後ろに「으」が付く。また、第Ⅲ語基で後ろに「어」がつくのは、「母音がない=母音がㅏでもㅗでもない」から「それ以外」という、第III語基の形を作る決まりに従っている。

 このように、語基はその作り方の原則さえしっかり頭に入ってさえいれば、どんな用言でも自由自在に活用させることができるのである。朝鮮語の用言の語形変化は複雑だとよく言われるが、語基を用いれば実に単純な形で整理・体系化することができる。


 6. 語基の強みは変格用言にあり 

 朝鮮語の用言にはいくつかの変格用言があるが、この活用を語基で覚えると非常に楽である。まずは下の表を見てもらいたい。

  뜨겁 + 으면 → 뜨거우면(???)  


  그렇 + 어서 → 그래서(???)
 
【従来型の活用の説明】
          
  ㅂ変格 ㅎ変格 後続要素
第I語基 뜨겁- 그렇- -다,-겠-
第II語基 뜨거우- 그러- -면,-시-
第III語基 뜨거워- 그래- -요,-ㅆ-
【語基による活用の説明】

 上の表は「ㅂ(비읍;ピウ)変格用言」と「ㅎ(히읗;ヒウッ)変格用言」の活用である。左側が従来型の変格活用の説明、右側が語基を用いた変格活用の説明である。従来型の説明では、「뜨겁+으면」のように語幹と語尾を「足し算」して、なぜ「뜨거우면」となるのかが分明でない。しかも「-으면」だけでなく、「-으니까、-은、-을、-으면서」や「-았-/-었-、-아도/-어도」など、1つ1つの語尾に関して、このわけの分からない語形の「変身」を、いちいち覚えなければならない。それまで順調にこなしてきた朝鮮語の学習なのに、ここで脱落してしまったという人が、おそらく多いのではないだろうか。ㅎ変格に至っては、終声ㅎがなくなり、かつ「ㅐ」という母音が現れるという現象を、「足し算」で説明しようにも説明のしようがないように思える。

 語基を用いれば、これら変格活用は簡潔に整理することができる。まず、うれしいことは、正格用言であろうが変格用言であろうが、第I語基、第II語基、第III語基という3つの語基それ自体には何ら変わりがないことである。違うのは、それぞれの語基の形を作る方法が、正格用言の場合とちょっとだけ異なるだけだ。例えば、ㅂ変格を例にとれば、以下のようにして形を作る。
 そして、忘れてならないのが、語尾類の在りようだ。従来型の説明に従えば、例えば「-면」という語尾は、状況に応じて「-으면」にしなければならないのはもちろんのこと、変格用言に至っては「-우면」、「(終声除去)+면」、「(終声入替)+면」など、その場その場で形を変えて覚えていかねばならない煩雑さがある。それに対して、語基による説明は至って簡単である。「-면」は正格用言だろうが変格用言だろうが、いかなる場合にも「(第II語基+)면」である。ただ1種類だけ覚えればよい。

 おまけ 

 私が最初に朝鮮語を学んだときは、ほとんど独学だったため、「語基」なるものの存在など知るよしもなかった。従って、語尾を片っ端から覚えていくしか方法がなかったのだが、このやり方では変格活用ですぐに引っかかってしまう。自分で何とか合理的な覚え方を模索してみたのだが、どうにもうまくいかずに、半ば投げやりになっていた矢先に「語基」の存在を知った。これは、本当に「目からウロコが落ちる」思いだった。こんなに簡潔に、しかも合理的に活用が整理できるものに、どうしてもっと早く出会わなかったのかと後悔するほどであった。語基――これさえあれば、朝鮮語の用言活用は恐いものなしだ。

「要訣」の目次へ
朝鮮語講座のメニューへ
ホームページのトップへ