1. 格とはどういうものか? |
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(1) ヨーロッパ諸言語の格名詞の「格」は一般に、文中において名詞が他の単語と結ぶ関係を表す文法範疇であるといわれる。例えば「私がハングルのホームページを作る」という文では、「私が」は「作る」に対して動作をするものであることを表し、「ハングルの」は「ホームページ」に対して属性を表し、「ホームページを」は「作る」に対して動作の及ぶ対象であることを表す、という具合である。何やら回りくどい説明ではあるが、もっとぶっちゃけて言ってしまえば、格とは文中での「名詞の形」といえる。
これを見るとどの形も「dom」という部分が共通しており、その後ろにさまざまな語尾がついているのが一目で見てとれる。ただ、ややこしいことに、どの単語でもこれと同じ語尾がつくわけではない。名詞が男性か女性か中性か、あるいは単語の末音が何かなどによって、つく語尾のパターンはいくつかのバリエーションがある。「-が」はどんな単語についても常に「-が」である日本語とは大違いで、このあたりがヨーロッパ諸言語の複雑なところだ。しかしながら、ヨーロッパ諸言語は格の数が決まっているので、その決まった数の形さえ覚えてしまえば名詞の変化はおしまいである。
格 単 数 複 数 主 格 dom doma 生 格 doma domov 与 格 domu domam 対 格 dom doma 造 格 domom domami 前置格 dome domakh
(2) 朝鮮語の格さて、では朝鮮語の格はどうか。朝鮮語の格は格語尾によって表される。格語尾は日本語の格助詞に当たるもので、名詞の後ろにくっつく接辞である。単語の形そのものが変化するヨーロッパ諸言語とは異なり、朝鮮語や日本語の場合は名詞本体の後ろに、接着剤でくっつけるようにして、接辞をくっつけるのである。朝鮮語・日本語のような言語が「膠着語」と呼ばれるゆえんはここにある。
2. 朝鮮語の格語尾の数 |
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この4つを比べて見ても、いちばん少ないのは許雄(1995)の5格、いちばん多いのは菅野(1988)の15格で、両者の間には10もの開きがある。金敏洙(1970)の体系は非常にすっきりしていて、1つの格に対して1つの形が与えられている(ただし -'i と -ga などのように異形態は認めている)。格が名詞の文法範疇である以上、それは形の体系であるので、ヨーロッパ諸言語の格の体系と照らし合わせてみても、このように1つの格に対して1つの形が与えられるというのが望ましくはある。ところが、朝鮮語の語尾には実にさまざまなものがあり、それらをどう処理するかということが常に問題となる。菅野(1988)ではさまざまな形を異形態と処理して、できるだけ1格1形態に収めようとしている。例えば与格は -'ei-gei を基本形とした上で、-han-tei を話し言葉の異形態、-ggei を尊敬の異形態、-'ei-gei-da/-'ei-gei-da-ga などを一部の意味における異形態と処理した。また、許雄(1995)では1つの格に対し複数の形を認めている。
金敏洙(1970)
主格 -ga/-'i 属格 -'yi 対格 -ryr/-'yr 具格 -ro/-'y-ro 与格 -('ei)gei 位格 -'ei 奪格 -('ei)se 共格 -'oa/-goa 呼格 -'ia/-'a 述格 -'i- 許雄(1995)
主格 -ga/-'i
-('ei)se, -'i-ra-se/-'i-ra-sa
-ggei-se, -ggei-'ob-se/-ggei-'o-se対格 -ryr/-'yr/-r 位置格 -'ei, -('ei)se, -'ei-ro
-'ei-gei, -'ei-gei-se, -'ei-gei-ro
-han-tei, -han-tei-se, -han-tei-ro
-ggei, -ggei-se, -ggei-ro方便格 -'y-ro, -'y-ro-se, -'y-ro-sse 比格 -goa/-'oa, -ha-go
-bo-da/-bo-dam
-ma-niaq, -'i-raq, -'i-na, -'ei-se, -ma-dda-na金敏洙(1970) 「國語'yi 格'ei dai-ha-'ie(国語の格について)」『gug-'e gug-mun-hag(国語国文学)』49, 50合併号
菅野(1988)
語幹格 (ゼロ語尾) 主格 -ga/-'i, -ran/-'i-ran, (-ggei-se) 対格 -ryr/-'yr, (-r) 属格 -'yi 向格 -'ei, (-'ei-da/-'ei-da-ga) 与格 -'ei-gei, -han-tei, -ggei
(-'ei-gei-da/-'ei-gei-da-ga)
(han-tei-da/-han-tei-da-ga), (-de-re)処格 -'ei-se, (-ro-bu-te/-'y-ro-bu-te),
(-'ei-se-bu-te, -se-bu-te), (-se)奪格 -'ei-gei-se/-'ei-gei-se-bu-te,
-han-tei-se/-han-tei-se-bu-te具格 -ro/-'y-ro, (-ro-se/-'y-ro-se),
(-ro-sse/-'y-ro-sse),
(-ro-da/-'y-ro-da;-ro-da-ga/-'y-ro-da-ga)共格 -'oa/-goa, -ha-go, (-raq/-'i-raq) 起点格 -bu-te, (-ro-bu-te/-'y-ro-bu-te) 到達格 -gga-ji 呼格 -'ie/-'i-'ie, -'ia/-'a, -'i-si-'ie 様態格 -ce-rem 比較格 -bo-da 言語文化研究所(1961)
主格 -ga/-'i 属格 -'yi 対格 -ryr/-'yr 与=位格 -'ei, -'ei-gei, -'ei-se 造格 -ro/-'y-ro 具格 -'oa/-goa 呼格 -'ia/-'a, -'ie/-'i-'ie 絶対格 (ゼロ語尾)
許雄(1995) 『20sei-gi 'u-ri-mar-'yi hieq-tai-ron(20世紀国語の形態論)』saim mun-hoa-sa
菅野裕臣(1988) 「文法概説」『コスモス朝和辞典』白水社 所収
言語文化研究所(1961) 『jo-sen-'e mun-beb 1(朝鮮語文法1)』
3. 格の意味とその分析 |
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(1) 格の意味をどう整理するか格の意味とは何かという問いは、実はそんなに易しい問題ではない。例えば「学校に」と言ったとき、「に」はどんな意味かという問いに対して、明確に答えることは難しい。「学校にある」と言うときの「に」は存在場所の意味であろうし、「学校に行く」のときは到達点であろうし、「学校に興味がある」と言ったら態度の向けられる対象という意味であろう。したがって、ある1つの格にはさまざまな意味が含まれているということができる。
(2) 意味分析の方法論分析の方法論の観点から見ると、既存の研究では、ある格の意味を分析するのに論者が用例を創作して論じることが多かった。このような研究方法の最大の弱点は、意に添う用例だけが創作され、意にそぐわない用例が(意図的にせよ意図的でないにせよ)現れにくいという点である。1つの格の意味を分析するとなれば、その格の持つ全ての意味に対して分析を加えてこそ、しかるべき結論が導き出せるのだから、ある種の意味に対する分析が欠落した議論は、格の意味の研究としては非常に不充分なものといわなければならない。
(3) 統辞論的視点からの意味分析統辞論的視点から格を分析する場合に重要となることは、格がどんな単語とともに用いられているかということである。より厳密にいうと、格がいなかる単語と関係を結んでいるか(場合によっては、いかにして他の単語と関係を結んでいないか)ということである。
4. 朝鮮語の格研究の論著 |
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