ムーランの詩
中国の勇敢な少女を題材に作ったディズニーのアニメ映画「ムーラン」は、漢詩がモデルとなっている。11世紀に北宋で編纂された『楽府詩集』という漢詩集に収められている「木蘭辞」がその原型だ。「ムーラン」とは「木蘭」の中国語読みである。無名氏の作(つまり読み人知らず)になる五言古詩である。
木蘭辭
喞喞復喞喞 喞喞また喞喞(喞喞=嘆く様子を表す擬声語)
木蘭當戸織 木蘭、戸に当りて織る
不聞機杼聲 聞かず機杼の声(機杼=はた織りのひ)
唯聞女歎息 唯だ聞く女の歎息
問女何所思 女に問ふ何の思ふ所ぞ
問女何所憶 女に問ふ何の憶(おも)ふ所ぞ
女亦無所思 女また思ふ所無し
女亦無所憶 女また憶ふ所無し
昨夜見軍帖 昨夜、軍帖を見るに(軍帖=召集状)
可汗大點兵 可汗、大いに兵を点ず(可汗=えびすの王、点兵=徴兵する)
軍書十二巻 軍書、十二巻
巻巻有爺名 巻巻に爺名有り(爺=父)
阿爺無大兒 阿爺、大児無く
木蘭無長兄 木蘭、長兄無し
願爲市鞍馬 願はくは為に鞍馬を市(か)ひ
從此替爺征 此に従ひて爺征に替へん
東市買駿馬 東市に駿馬を買ひ
西市買鞍[革薦] 西市に鞍[革薦]を買ふ(鞍[革薦]=くら)
南市買轡頭 南市に轡頭を買ひ(轡頭=くつわ)
北市買長鞭 北市に長鞭を買ふ
旦辭爺孃去 旦(あした)に爺嬢を辞して去り(爺嬢=父母)
暮宿黄河邊 暮に黄河の辺に宿す
不聞爺孃喚女聲 聞かず爺嬢女を喚(よ)ぶの声
但聞黄河流水鳴濺濺 但だ聞く黄河の流水の濺濺と鳴くを
且辭黄河去 且つに黄河を辞して去り
暮至黒山頭 暮に黒山の頭に至る
不聞爺孃喚女聲 聞かず爺嬢女を喚(よ)ぶの声
但聞燕山胡騎鳴啾啾 但だ聞く燕山の胡騎の啾啾と鳴くを
萬里赴戎機 万里、戎機に赴き(戎機=戦場)
關山度苦飛 関山、度(わた)りて苦飛す
朔氣傳金[木斥] 朔気、金[木斥]を伝へ(朔気=北方の冷気、金[木斥]=銅鑼と拍子木)
寒光照鐵衣 寒光、鉄衣を照らす
將軍百戰死 将軍、百戦にして死に
壯士十年歸 壮士、十年にして帰る
歸來見天子 帰り来たりて天子に見(まみ)ゆるに
天子坐明堂 天子、明堂に坐す
策勳十二轉 策して十二転に勲じ(十二転=十二階級特進)
賞賜百千彊 賞して百千彊を賜ふ(百千彊=百千もの金)
可汗問所欲 可汗、欲する所を問ふに
木蘭不用尚書郎 木蘭、尚書郎を用いず(尚書郎=高位官職の名)
願馳千里足 願はくは千里の足を馳せ
送兒還故郷 児を送りて故郷に還(かへ)らしめよ
爺孃聞女來 爺嬢、女の来たるを聞き
出郭相扶將 郭を出で相ひ扶(たす)け将(ゆ)く
阿姉聞妹來 阿姉、妹の来たるを聞き
當戸理紅粧 戸に当たりて紅粧を理(ととの)ふ
小弟聞姉來 小弟、姉の来たるを聞き
磨刀霍霍向猪羊 刀を磨き霍霍として猪羊に向ふ(霍霍=叫ぶさま)
開我東閣門 我が東閣の門を開き
坐我西閣牀 我が西閣の牀に坐す(牀=寝台)
脱我戰時袍 我が戦時の袍を脱ぎ
著我舊時裳 我が旧時の裳を著(き)る
當窓理雲鬢 窓に当りて雲鬢を理へ
對鏡帖花黄 鏡に対して花黄を帖る(花黄=化粧品の名)
出門看火伴 門に出でて火伴を看るに(火伴=戦友)
火伴皆驚忙 火伴、皆驚忙す
同行十二年 同行十二年
不知木欄是女郎 知らず木欄これ女郎なるを
雄兎脚撲朔 雄兎、脚撲朔(撲朔=足がつっかかるさま)
雌兎眼迷離 雌兎、眼迷離(迷離=うつろなさま)
兩兎傍地走 両兎、地に傍(そ)ひて走り
安能辨我是雄雌 安んぞ能く我がこれ雄雌なるを弁ぜん
[訳] 「ああ、何ということかしら」木蘭は戸のそばではたを織る。はた織りの音は聞こえず、ただ娘の嘆き声が聞こえるだけ。「いったい何をそんなに考えているのかね」と娘に問うたところ、娘は「何も考えていません。昨夜、徴兵名簿を見たのだけれど、王様はたいそう兵を徴発されておりました。名簿は12巻にもなり、どの巻にも父の名前がありました。父には大きな息子がなく、私・木蘭は長兄がありません。それで、くらと馬を買って従軍して父の代わりに行きとうございます」
東の市場で駿馬を買い、西の市場でくらを買い、南の市場でくつわを買い、北の市場でむちを買った。朝に父母に別れを告げて去り、暮れに黄河のほとりで野宿した。父母が娘を呼ぶ声は聞こえず、ただ黄河のしぶきをあげる流れが聞こえるだけ。朝に黄河を去って、暮れに黒山のふもとに着いた。父母が娘を呼ぶ声は聞こえず、ただ燕山のえびすの馬が悲しく鳴くのが聞こえるだけ。万里のはての戦場に赴き、関所の山を苦しく越えた。北方の冷気に銅鑼と拍子木の音が響き、寒寒とした月光がよろいを照らし出す。将軍は百戦のすえに死に、雄雄しい娘は十年ののちに帰ってきた。
帰ってきて皇帝に謁見すると、皇帝は明堂に座り、十二階級特進の勲を与え、何千もの金を下賜した。王様が欲しいものはないかと問うたところ、木蘭は位の高い役職を欲しがらず、「千里を走る足を馳せて、私めを故郷に帰してください」と願った。父母は娘が帰ってきたと聞いて、街を出て互いに寄り添って出迎えた。姉は妹が帰ってきたと聞いて、戸のそばで化粧を直した。小さい弟は姉が帰ってきたと聞いて、包丁を磨いてきゃあきゃあ騒ぎながら豚・羊に向かった。自分の家の東の建物の門を開き、自分の家の西の建物の寝台に座り、自分の戦時の服を脱ぎ、自分の昔着ていた服を着た。窓に近づき髪を直し、鏡に向かって化粧をした。門を出て戦友に会うと、戦友はみな仰天した。12年間いっしょにいたが、木蘭が女だとは知らなかったのである。
おすの兎は脚が前に進まず、めすの兎は眼がちらちらする。両方の兎が地面を走るのだから、どうして自分がおすなのかめすなのか区別することができようか。
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