表象としての映画「青空がぼくの家」回答

担当教員:青山 亨.東京外国語大学外国語学部インドネシア語専攻(総合文化講座)
研究室:633.オフィスアワー:月曜日10:30-14:30.電話:042-330-5300.メール:taoyama@tufs.ac.jp

2004年11月4日・11日にリレー講義「表象としての映画」の2コマを担当し、インドネシア映画「青空がぼくの家」の解説と鑑賞をおこないました。講義では映画を見ながらワークシートを書いてもらいましたが、これは、映画を漫然と見るのではなく分析的に見てもらおうという配慮からです。ただ、初めて見た外国語の映画についていきなり場面の分析をするのは荷が勝ちすぎたかもしれません。しかし、このような場面分析を積み重ねることが映画作品をより深く理解する一歩だと考えています。下に掲載したのは、講義の時に提出してもらったレスポンス・ペーパーの質問・コメントの一部に対する回答です。なお、質問・コメントの文章は受講生から寄せられたよく似た複数の質問・コメントから要約しました [2004-11-25]。

回答

Q. 1

インドネシアにおける映画の位置づけはどのようなものですか?

A. 1

インドネシアでも大多数の映画は娯楽本位の作品です。香港映画の影響を受けたカンフー武侠ものなどに人気があります。海外にも紹介されるレベルの高い作品は少数派といってよいでしょう。

Q. 2

この映画の監督自身はどのような家庭の出身でどういう教育を受けたのでしょうか?

A. 2

監督スラムット・ラハルジョの経歴については配布資料に載せた以上のことはわかりません。1949年西ジャワのスラン生まれ。1961年小学校卒業、1964年中学校卒業、1967年高校卒業と学校教育は日本と変わりませんが、これはインドネシアではかなり裕福な家庭の出身であることをうかがわせます。国立インドネシア演劇学校で演出を学び、初めは演劇の世界で活躍していました。映画監督としての最初の作品は1979年の「Rembulan dan Matahari」です。次のサイトに簡単な略歴がのっています:
http://www.imdb.com/name/nm0706670/
http://www.indonesiaselebriti.com/bio/Slamet/>

Q. 3

アンドリの家の召使がアンドリに忠告をしたりするなど、主人側と身分を越えて親しい様子に驚きました。

A. 3

配布資料では「召使」と訳しましたが、インドネシア語では「pembantu」(「助ける人」)と言います。昔なら「女中」、今なら「メイド」と言った方がよいかもしれません。インドネシアの中流以上の家庭では、料理をするメイド、洗濯・掃除をするメイド、運転手(男性)の最低3人は使用人がいることが普通です。アンドリの家は会社の社長ということもあり、女性の使用人は3人、運転手も2人という構成になっています。メイドと言ってもけっして虐げられた生活をしているわけではありません。あまり待遇がひどければやめればいいのですから。とはいっても公的な場面でメイドと主人の格差は歴然としています。食事をする場所はまったく別ですし、主人が冷房の効いた部屋で寝ていても、メイドは冷房のない暑苦しい狭い部屋で寝るのが普通です。しかし、子どもがメイドになつくのはごく普通のことです。映画の中ではアンドリが使用人の部屋でいっしょに雑談していますが、これは彼がまだ子どもだからです。

Q. 4

なぜグンポルはやせているのにグンポル(「デブ」)というあだ名なのか不思議です。

A. 4

インドネシアでは、互いに本名ではなくあだ名で呼ぶのが普通です。元大統領のアブドゥル・ラフマン・ワヒドも普段はグス・ドゥルと呼ばれていました。グンポルという名前がついた理由はわかりませんが、実態とは逆の名前をつけることは珍しくありません(昔は魔よけの意味があったと言います)。想像ですが、やせているからかえって太って欲しいという希望をこめて親がそう呼んだのではないでしょうか。

Q. 5

インドネシアの小学校は何時から何時まですか?

A. 5

インドネシアは熱帯ですから朝早く涼しい7時ごろから授業を始め、昼過ぎには下校するのが普通です。学校はアンドリが通っていたような一般の学校の他に、イスラーム系の学校もありますが、いずれも男女共学が普通です。こちらに最近のインドネシア学校事情に関する興味深いレポートがあります:<http://www.wako.ac.jp/souken/touzai01/tz0117.html

Q. 6

なぜアンドリがグンポルの手助けをしようと思ったのか動機がよくわかりませんでした。

A. 6

確かにこの映画の前半、アンドリとグンポルが親しくなるまでを描く部分の展開は速すぎるように感じます。グンポルが学校で泥棒と間違われてもすぐに誤解が解けて翌日には学校で古新聞の回収を手伝ってもらっているところや、古紙の回収を手伝ったアンドリがたちまちグンポルと仲良くなるところは、もうちょっとその過程を説明するシーンがあってもよかったと思います。全体の時間がすでに100分を超えているために、これ以上シーンを増やすことができなかったのかもしれません。ただし、伏線となるシーンが無いわけではなく、グンポルが捕まる直前のシーンでアンドリの先生が、学校に行けない子どもがたくさんいると発言しているのは、グンポルに対して先生たちが同情的な態度をとる理由となっていますし、アンドリが母親を亡くし父親や姉とも親密とは言えない場面を描くことによって、誰か親身になって語り合える誰かを求めていることが説明されているとは言えるでしょう。

Q. 7

貧富の差がはげしいの驚きました。

A. 7

ジャカルタのような大都会では貧富の差はまるで天国と地獄のようです。ちなみにインドネシアでは労働者の最低賃金は州ごとに法律で決まっています。ジャカルタが一番高く、地方ほど安くなりますが、大体、月額3000円から4000円と言ったところでしょう。もっともこれは正規に雇用された人の場合で、ベチャ引きのような出来高しだいのインフォーマル・セクターで働く人にはあてはまりません。