ユリシーズとは何ぞや?
「ユリシーズ」とは、アイルランド生まれの作家ジェイムズ・ジョイスが、1922年に発表した長編小説です。全18挿話からなり、700ページを超える、文字通りの「長編小説」となっています。「ユリシーズ」というタイトルからも分かる通り、ホメロスの「オデュッセイア」を下敷きにしていて、18挿話がそれぞれ、ホメロスの「オデュッセイア」18章と(厳密ではないものの)対応関係にあります。登場人物も対応関係にあり、主人公の三人、スティーブン・デッダラス、リアポルド・ブルーム、モリー・ブルームが、それぞれ、テレマコス、オデュッセウス、ペネロペイアとなっています。
では肝心の「ユリシーズ」のストーリーを紹介しましょう。
朝、リアポルド・ブルームが家を出て、夜おそく家に帰る。
掻い摘んで話すとこれだけです。「省略し過ぎだ!」と思うかもしれませんが、これだけです。これといった事件は起こりません。「ユリシーズ」に普通の小説のような、「抱腹絶倒、波乱に満ちたストーリー、大どんでん返し」を期待すると、手痛いしっぺ返しをくらうことになります。「ユリシーズ」は、ストーリーよりも、ジョイスが生み出す自由奔放かつリアリスティックな英語を「読み解いていく」ことに主眼があるわけで、「ストーリーを楽しむ」といった従来の小説とは全く異なります。「従来の小説とは全く異なる」と言いましたが、これは文体についても言えることで、登場人物の内的独白(心の中で呟く事)と地の分、会話を分けて書くことはせず、その三つが渾然一体となっています。これを「通常の語彙」ではなく、様々な語彙を組み合わせた、言わば「ジョイス語」を用いて書き出すので、一般に「ジョイスは難解だ」とされています。確かに難解、まあ易しい英文ではないかもしれませんが、じっくりと時間をかけて注意深く、二度三度読めば、分かるようには書かれています。ジョージ・メレディスのような、気取った難解さではありません。それまでの小説を「超」えようとした実践の結果、ああなったというべきでしょう。ですから、一度読んで「分からない」と思っても、放擲しないことが肝心です。翻訳した私も、初めて「ユリシーズ」に出会ったときは、単なる「基地外小説だ」と思っていましたが、二度三度と再読するうちに、すっかりジョイス肯定派になりました。「繰り返し読む」ということに注意してください。
では「ユリシーズ」の文章とはどういうものなのか、具体例を見てみましょう。まずは私が最も感動した場面、リアリスティックな英語とはこういうものなのだ、と思った一行です。
ブルームの足音が消え入ると、ディヴィ・バーンはカウンター越しに話し掛けた。
なんのことはない一文だと思うでしょうが、私はこれに感動しました。前後の説明をしますと、舞台は昼食時のパブで、ブルームはトイレに行き、ディヴィ・バーンというマスターが常連客に話し掛けるところです。ブルームがトイレに行ってから話し始める・・・本人が居ては話せない話題、つまりこれからブルームのことを話し始めるわけです。こういうことは誰でも経験があるでしょう。しかし、なぜ
ブルームの姿が見えなくなると、ディヴィ・バーンはカウンター越しに話し掛けた
ではないのでしょうか。なぜなら、姿が見えなくなったからといって、音が聞こえていないとは限らないからです。ドアの向こうに行けば姿は見えなくなりますが、声だけは聞こえている、ということは往々にしてあります。これからブルームのことを話すのに、肝心の話題が本人に漏れてしまってはマズイわけです。だからこそ、「足音が消え入ると」となっているわけなのです。そのことをたった一行で書いてしまう、これがジョイスの恐ろしいところです。ご理解いただけたでしょうか。「ユリシーズ」は、全編こうしたリアリスティックな筆致によって、細部まで構築されているのです。そういった視点で読んでみて下さい。
私が翻訳したのは「第七挿話 アイオロス」(第八挿話は翻訳中)ですが、出来れば第七挿話を読む前に、1〜6挿話をチェックしておいて下さい。勿論いきなり第七挿話を読み始めてもかまわないのですが、やはりそれまでに何があったのか、ということを頭に入れておかないと、「読み」に支障をきたす恐れがあります。逆に、それまでを読んでいれば、納得できる事柄が多い、とも言えますが。確かに、ここで訳者である私が、それまでの経過を逐一述べていくことは可能なのですが、自分の頭で読み解いていくことが「ユリシーズ」の最大の喜びなのですから、なぜこの人はこういう行動をしているのか、と言った記述は避けます。自分の頭で考えてください。前に「ストーリーはない」と言いましたが、これは少し語弊がありました。細かなエピソードの積み重ねで成り立っているのが「ユリシーズ」のストーリーなのです。そういった細かいエピソードを探し出し、読み解き、自分の中に「ユリシーズ」世界を重層的に作り上げる、これが「ユリシーズ」の基本的な読み方でしょう。ですから注は一切つけません。ご理解ください。
では最後に「ユリシーズ」を読むにあたっての参考文献を紹介しましょう・・・と行きたい所ですが、はっきりいって、「ユリシーズ」にロクな参考文献はありません。あきらめましょう。信じるものは己の「読み」だけです。しかしそれでも良いと思える本を紹介しましょう。
1:「ジェイムズ・ジョイスの謎を解く」 柳瀬尚紀著 岩波新書
一冊目にはこれが適当でしょう。名著です。
2:「翻訳はいかにすべきか」 柳瀬尚紀著 岩波新書
ユリシーズの事だけが書いてあるわけではありませんが、非常に参考になります。一読して損はありません。
3:「兄の万人」 スタニスロース・ジョイス みすず書房
ジョイスの弟、スタニが書いたジョイス伝のようなものです。未完となっていますが、示唆に富む書物です。
4:「ユリシーズを読む 丸谷才一誤訳の研究」 出版社、著者は度忘れ
唯一の「ユリシーズ」全訳について、的確に突っ込みを入れた本です。日本語がかっこよくありませんが、そこは我慢。
5:「ユリシーズのダブリンを歩く」 タイトルはこんな感じ、著者、出版社は度忘れ
ユリシーズ18挿話の解説本です。しかし誤訳の多い「集英社版」に依拠しているので、全面的に信頼はできません。そのことに注意して読むなら良いでしょう。
ユリシーズの翻訳は・・・
6:「ユリシーズ」 柳瀬尚紀訳 河出書房新社(1〜3、4〜6、12挿話のみ翻訳、以下未訳)
柳瀬尚紀訳によるユリシーズです。18挿話中、7挿話しか訳されていないのが残念ですが、信頼できる翻訳はこれしかありません。
7:「ユリシーズ」 丸谷才一、他訳 集英社
「ユリシーズ」唯一の全訳本ですが、様々なところで指摘されている通り、非常に誤訳・悪訳が多く、信頼できません。これを読んで、「ユリシーズ」はつまらないと思わないで下さい。私の訳の方がまだましです。
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