

| 氏名 | 山田 文比古 (YAMADA Fumihiko) |
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| 所属 職名 | 世界言語社会教育センター/教授 | |
| 生年月 | 1954年7月 | |
| HP | ||
| yamada.fumihiko@tufs.ac.jp | ||
| 専門 | 日本外交論 現代外交論 フランス政治外交論 欧州統合論 |
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| 自己紹介 | 外交官を30年近く務めた後、2008年に外務省と本学との人事交流により実務教員として赴任。2012年に外務省を退職し本学教員に転職した。 外交官としては、フランス・ブラジル・ベルギーの日本大使館で勤務した。最後の勤務地フランスでは、公使として広報文化外交を担当。ブラジルでは政治情勢の調査・分析、ベルギーでは冷戦後の新たな同盟の姿を模索していたNATOや、旧ユーゴ民族紛争について情報収集にあたった。 国内勤務では、官僚機構の中で外交政策の企画・立案のため政官関係機関との政策調整に携わり、毎晩深夜まで霞が関の外務省で働いた。EC(今のEU)との貿易交渉やASEANとの会議などで現地と日本を往復し、1991年の湾岸戦争の際には、日本として多国籍軍にどう関わるかで緊迫した日々を送った。2000~02年には西欧第一課長としてフランス、ドイツなど西欧諸国との外交関係の処理に携わった(写真はその時のもの。小泉首相(左端)とドイツのシュレーダー首相(右端)との首脳会談。左列の奥が本人)。 外務省入省後、研修生として、オランド大統領やシラク元大統領などを輩出した、フランスの官僚養成学校、ENA(国立行政学院)に留学した。大使館での本務の傍らフランス国立東洋言語文化学院(INALCO)で教鞭を取ったり、フランス国際関係研究所(IFRI)で客員研究員として国際関係論の研究に従事したりしたこともある。IFRIでの研究は、『フランスの外交力』という拙著の上梓につながった。 国内での仕事の中で、最も忘れがたいのが、沖縄での勤務。1997~2000年に沖縄県庁に出向し、沖縄県と日本政府との連絡調整の一端を担った。この時、日米安保体制が沖縄の犠牲の上に成り立っているという現実に直面したことで、現場から外交を考えるという姿勢の大切さを痛感した。また、G8サミットの沖縄誘致を担当し、2000年7月に行われた沖縄サミットでは、沖縄県側の事務局長としてその準備に携わった。 余談だが、若いころは、首相・外相などが外国要人と会談する際のフランス語通訳を務めたことがあり、中曽根首相とミッテラン仏大統領との首脳会談、昭和天皇の外国国賓とのご会見などを通訳して冷や汗をかいた。 こうした外交官(外務官僚)としての現場での経験を踏まえ、国際人を目指す本学の学生の皆さんに、生きた国際社会の現状を伝えたいと念じている。そしてその中で、日本と日本人は何をすべきかを一緒に考えたい。 |
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| 最終学歴 | 1978年6月 ストラスブール大学IEP(政治学院)中退 1980年3月 京都大学法学部卒業 1983年3月 ENA(フランス国立行政学院)外国人特別課程卒業 |
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| 取得学位 | 京都大学法学士(京都大学)1980年 | |
| 現在の教育活動 | ||
| 最近5年間の研究 | 日本外交論 沖縄の米軍基地問題につき論考・解説を発表(下記研究業績参照)。 フランス政治外交論 現代フランスの政治情勢・外交関係につき研究発表(下記研究業績参照)、大学生向けの教科書執筆(同)。 |
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| 所属学会 | 日仏政治学会 日本国際政治学会 日本EU学会 日本比較政治学会 |
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| 受賞 | ||
| 主要研究業績 | 【論文】
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| 過去10年間に取得した科学研究費補助金・その他の競争的研究経費 | ||
last updated on 2012/5/13