

| 氏名 | 立石 博高 (TATEISHI Hirotaka) |
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| 所属 職名 | 大学院総合国際学研究院 | |
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| 自己紹介 | 私が最初にスペインを訪れたのは1971年、フランコ将軍がまだ健在でした。町は確かにいまと違って治安がよく、夜中一人で歩いても安全でした。通りにはセレーノと呼ばれる外套を羽織った夜警のお爺さんがいて、夜間施錠されたマンションに入るときには、手をたたくとそこいらのバルから腰に下げたカギ束をガチャガチャさせながらやってきてドアを開けてくれました。 それは何を意味していたのでしょうか。初めてスペインを訪れて、さまざまな人々とスペイン語を話す楽しさだけに明け暮れていた大学3年生の私には、分かりませんでした。 その後も何度かスペインを訪れていますが、治安は次第に悪化していきました。そして、フランコ将軍が死んだ後、「昔は良かった」という言葉を聞くことも増えました。ですが、私はこれらの人々にすぐに同調するわけには行きませんでした。というのも、フランコ時代の治安の良さは、体制とは異なるさまざまな意見をもつ人々が「市民の生活安全を守る」という名目のもとに抑圧されていたことを知ったからです。そういうことを理解することができたのは、大学院に進み、つねに歴史を通して現実を見る、という姿勢を身につけたからだと思っています。 現実に自分が生きている社会は安全なのにこしたことはありません。しかし、その安全という名のもとに少数者が排除されていないか、つねに省察する必要があるのです。スペインのフランコ独裁は、カトリシズムのイデオロギーに異議を唱え市民的権利を唱える人々、そしてまた、スペイン語を母語としない人々の固有の言語・文化の抑圧のうえに成り立っていました。いま、日本では声高に「市民の安全を守ろう」と叫ばれています。それが、けっして少数者の抑圧につながることのないよう、警戒したいと思います。 そうして、次の言葉を皆さんに伝えたいと思います。 「会ったこともない人々の人権を守るためには、想像力が必要です。 想像力を持てるのは人間だけであり、生きている範囲を広いものにします。」(イーデス・ハンソン) ところで、上に掲載した写真は1971年にマドリードを訪れたときの私です。あれから30年以上が経過し、年平均で0.5キロ増加しています。それを想像して、いまの私に会いにきてください<笑い>。 |
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| 最終学歴 | ||
| 取得学位 | ||
| 現在の教育活動 | ||
| 最近5年間の研究 | ||
| 所属学会 | ||
| 受賞 | ||
| 主要研究業績 | 【著書】
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| 過去10年間に取得した科学研究費補助金・その他の競争的研究経費 | ||
last updated on 2012/3/5