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2011年11月 月次レポート(中村隆之 フランス)

短期派遣EUROPA月次報告書11月

中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)


今月は先月に引き続き準備中の著書のための資料読解と執筆を中心におこないました。先月に引き続き、第一章の執筆にあたり、フランス領カリブ海の基礎的考察として、カリブ海の先住民社会から奴隷制度の導入に至る歴史的展開を辿ろうと試みました。しかしながらこの作業は予想以上に困難を伴い、複数の文献を読み比べながら思案する日々を過ごすことになりました。その困難とは、カリブ海の先住民をめぐる「定説」が、なかなか確立しがたいことにあります。先住民についての最初の記述はコロンブスの航海日誌および航海の報告書に見出せますが、その記述自体はヨーロッパ人の解釈のバイアスが強くかかっていることは今日広く知られるところです。その一方で、ヨーロッパ人との接触以前、先住民社会は文字資料を残さなかったことから、結局、先住民社会を知るためには、ヨーロッパ人の記述やその他の痕跡に頼らざるを得ません。カリブ海には「アラワク族」と「カリブ族」とヨーロッパ人に名づけられた二つの民族集団がおり、一方は平和的、もう一方は好戦的であるとされます。とくに「カリブ族」は「人肉を食べる種族」と言われ(これはコロンブスの記録に見出せます)、「カンニバル」の語源となったことで知られます。しかし、長らく信じられてきた(科学的言説のうちで繰り返されてきた)この対立的な表象は、ピーター・ヒューム『征服の修辞学』(1986年)によって鋭く問い直されました。文学者ヒュームの綿密かつ大胆なテクスト分析が、歴史学や人類学の分野でどの程度の反響を得たのかは寡聞にして知りませんが、「高貴な野蛮人」と「食人種」という対立的表象は、今日、歴史学や人類学の分野でも疑問視されています。しかしながら、歴史学や人類学で示される実証研究と、ヒュームのおこなった批判的読解が諸学を横断して綜合されているとは言い難く、実証研究が今日解明してきた「事実」のうちにも、ヒュームの視点に立てば、まだ問い直すべき事柄が含まれているように思われます。

このような作業を続ける一方で、今月はエドゥアール・グリッサンによるマルティニックの歴史と社会を論じた著作の翻訳をおこない、その精読作業を通じて、グリッサンの1970年代の思想を学びなおしました。

また、今月から社会科学高等研究院のセミナー「エメ・セゼールのアクチュアリティ」が開講し、初回に出席しました。担当教員は社会学者のエリック・ファサンと反人種差別運動の活動家として知られる研究者ルイ=ジョルジュ・タンです。ファサンはこのセミナーの開講の目的について、(1)文学と政治的なものとの関係(2)文学と社会的なものとの関係(3)社会科学と政治的なものとの関係をそれぞれ問い直す、ということにあると説明しました。今の研究課題がこうした問いのなかに、とりわけ(1)と(2)にあるために、この趣旨には多いに賛同しました。ファサンは、文学研究が固有名の研究に向かい、社会科学が歴史を重視するという、基本的な方向性を確認しつつ、セゼールを通して(さらにファノン、グリッサンを介して)、文学における歴史的条件を知ることの重要性を強調しました。一方、タンは、参加者の活発な問いかけに答えつつ、セゼールの政治的活動と文学的活動をそれぞれ時系列に辿り、セゼールのマルティニックおよびフランスにおける受容の差異について解説しました。

ところで、マルティニック出身の精神科医・革命家のフランツ・ファノンは1961年12月6日に36歳で白血病で亡くなりました。このため、今年はファノンの50周忌の催しがパリ各地で開催されています。私はフランツ・ファノン財団によるフランツ・ファノンの研究デーと、Web日刊紙「メディアパール」主催によるファノンをめぐる議論の夕べに参加しました。後者には、前述したルイ=ジョルジュ・タンのほか、『黒人の条件』の著者として知られる気鋭の社会学者パップ・ンディアイ、哲学者フランソワ・ヌーデルマンなどが参加し、ファノンの今日の読解をめぐり、それぞれの立場から異なる論点が提出され、活発な議論が展開されました。また、アルジェリア現代文学の重要作家ラシッド・ブージェドラについて、とくに歴史(記憶)と文学という主題をめぐる博士論文を書き上げた方の公開審査を聴講し、多いに刺激を受けました。

以上簡単ながら今月の報告といたします。

 

 


 

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