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2012年9月 月次レポート(江畑冬生 ドイツ、トルコ)

短期派遣EUROPA 月次レポート(9月)
江畑 冬生(日本学術振興会特別研究員PD)

分野名: チュルク諸語研究
テーマ: サハ語の派生形態論

[研究]
 9月17日までフランクフルト市に滞在した。8月までに何度か行われたチュルク諸語研究会については,8月末にNadiya Galieva氏(カザン連邦大学博士課程)がロシアへ帰国したこともあり,9月には行われなかった。代わりに報告者は,ゲーテ大学にて,受入研究者Andreas Waibel氏との意見交換や,日本では入手困難な文献資料の入手などを行った。この期間には,トルコで行われる国際学会の発表資料も作成した。
 9月17日にトルコ・アンカラへ移動した。アンカラでは,第16回国際チュルク諸語会議に参加した(9月18日~9月20日)。この国際会議は世界のチュルク語研究者が集まるものである。報告者はこの国際会議で2件の口頭発表を行った他,報告者と同じくサハ語を研究するKàroly László氏の知己を得るなどの収穫があった。国際会議参加の後,9月23日に無事帰国した。
 以下では,報告者による口頭発表を含むいくつかの発表の内容を紹介することで報告としたい。

Tooru Hayasi and Sumru Özsoy. "Şu or bu/o: Turkish nominal demonstratives with concrete referents."
 トルコ語指示詞の3つの系列について,母語話者が共同で作業を行う場面を録画した資料に基いた調査結果が示された。buおよびoは主に名詞句として用いられるのに対し,şuはしばしば連体的に用いられる。またşuは常にジェスチャーを伴うのに対し,oは相対的にジェスチャーを伴う場面が少ない。統計的資料に基づき,buおよびoは距離が関わり,şuは聞き手への注意喚起が行われることを結論づけた。

Lars Johanson. "So close and yet so distant: On Turkic core structures, genealogical and typological grouping of varieties, and mutual intelligibility."
 チュルク諸語は中核的言語特徴を共有する系統グループである。チュルク諸語内の変種同士の相違の度合いを調べるのにいくつかの方法が提案されているが,不確かなものである。チュルク諸語に共通の言語特徴は,チュルク諸語以外にもあてはまることが多い。アスペクト・モダリティ・エヴィデンシャリティこそが,チュルク諸語独自の特徴と言える。言語接触により他の言語の文法構造の影響を受けたチュルク語であっても,これらの文法範疇はチュルク的である。むしろ周囲の非チュルク語に影響を与えているケースもある。

Fuyuki Ebata and Arzhaana Syuryun. "Derivation from plural stems in Tyvan and Sakha."
 通言語的に屈折プロセスは派生の外側で起こるのが通例であり,チュルク諸語においてもそうである。ところが,チュルク諸語のうちトゥバ語およびサハ語では,屈折接辞の1つである複数接辞に派生接辞が後続する現象がある。複数接辞に後続しうる派生接辞は,トゥバ語に2つ,サハ語に4つある。このような「非典型的」派生は,屈折と派生の区別が離散的ではないこと,脱範疇化は段階的であることの2点から説明されうる。

Fuyuki Ebata. "Valency retention in Sakha (Yakut) derivational nominalization."
 派生による名詞化と屈折による名詞化の間には,振る舞いの違いがあることがしばしば指摘される。サハ語には3種類の名詞化の方策が認められる。そのうちの1つである統語的派生は,動詞の項構造を保つという特徴を有するにも関わらずあくまで派生である点で通言語的に特異である。この特徴は通言語的に主張されるLexical integrity仮説に反するものである。動詞から派生した行為名詞は,諸言語でしばしば名詞と動詞の中間的振る舞いをすることが指摘されるが,サハ語の統語的派生は行為名詞だけでなく行為者名詞および可能名詞もある点が興味深い。

[連絡状況]
 受入研究者のWaibel氏(ゲーテ大学)も第16回国際チュルク諸語会議に参加し,休憩時間や夕食を取る間などに,いくつかの発表に関連した有益なコメントを得ることができた。呉人徳司准教授(日本における受入研究者)には,帰国後に滞在の報告を行った。

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