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2012年8月 月次レポート(廣田郷士 フランス)

月次レポート(8月)

廣田郷士(博士前期課程)

 8月のパリはバカンス期に入り、街は人波がまばらとなりました。月の前半は記録的な猛暑が続きました。今月は大きな学術的な催しものなどもなく、静かに研究を進められた月でした。
 今月は、先月に引き続き修士論文第1章にあたる、50〜60年代のパリでのグリッサンの位置づけについての部分を、引き続き検討・執筆しました。それをふまえさらに、同第2章、第3章で扱う、『詩的意図』におけるグリッサンによるフランス文学批評を具体的に検討中です。そのためのテクスト読解の作業を、再度進めておりました。
 『詩的意図』全体に通低する問題として、一なるもの/多様なるものという相矛盾する対立項を、いかに一つのものの中で和解させていくのか、ということが挙げられます。この「一なるもの」という言葉の裏でグリッサンが前提においているのが、西欧の世界進出による世界の一体化です。「西欧とは一個の企てである」(Le Dicours antillais, p.14)と述べる通り、コロンブスによる新世界の発見以後、世界は西欧という企てによって初めて唯一大文字の「Le Monde」になるのです。しかしグリッサンは「...個体としての、ないしは一個のものとしての世界という観念は、このよく知られた特異なるものの明白さから拡がり、この特異なるものの純粋な拡張として〈全て〉を覆ったのである」(Intention Poétique, p.20)と述べるように、西欧という企てを、「特異なるもの」と捉え、それが実現させた世界を「押しつけ/洗礼としての世界」「全体主義的世界」(同上)と批判します。この西欧という企ては、世界をめぐるビジョンのみならず、「自己」をイダンティックな「一者」に還元し、他者を透明な差異へと還元するといった、自己/他者の関係の問題へも接続するとグリッサンは同書で論じます。グリッサンが同書における批評の対象の出発点をランボーに置いているのも、まさにランボーが自己の認識をギリギリのところまで追求し続けたからでした。
 「世界」の問題を詩の対象として取り上げた3人の詩人として、グリッサンはセガレン、ペルス、クローデルの名を挙げています。3者の詩学においてグリッサンは、多様性の美学、流浪の詩学、そしてキリスト教的世界観とのせめぎ合いを読み取っており、また多くの研究者がグリッサンにとってのこの3人の重要性を挙げていますが、むしろ『詩的意図』を読む限り、その後のグリッサンの詩的展開において重要なのはセゼール、レリス、カルペンティエルによる影響の方なのではないかと考えています。「世界に生まれ出ることで、世界とそれを生きる人間に修正が加えられる」(同上、p.29)「世界に生まれ出ることとは、世界を関係として認識する(そして生きる)ことなのである」(同上、p.20)と書かれてあるとおり、すでに同書では90年の『〈関係〉の詩学』に通じる論をグリッサンは展開しています。セゼールの詩をまさに生れ出る者の「意識の叫び」と論じ、レリスに発見者/観察者としての西欧的民族学の視線の脱構築を見出し、さらにカルペンティエルの作品に新世界と旧世界の和解を読み取った『詩的意図』におけるグリッサンの批評は、世界が西欧の企ての帰結としての「一なるもの」から、「関係」へとほつれていくような臨界点を、文学において読み取ったものであると考えられます。この点を中心に、修士論文2章、3章では、前者3人と後者3人との間での、グリッサンの断絶的な読解を中心に論じる予定であります。

 また今月の報告では、滞在中に知ることのできたカリブ海出身者の文学の研究動向について簡単に報告したいと思います。
 やはり、セゼール、ペルス、ファノンについての研究は圧倒的な蓄積があるようです。特にファノンについては近年盛り上がりを見せているようで、5月報告で紹介したマチウ・ルノー氏の研究書の他にも、マルチニックの批評家として名を馳せているアンドレ・リュクレスの『フランツ・ファノンとアンティーユ』、パリの脱植民地主義協会及びフランツ・ファノン財団による研究小冊子など、様々なファノン関連本が立て続けに出ております。また共産党系の研究機関「マルクス空間」より刊行された冊子『避けがたきフランツ・ファノン』第2号では、昨年マルチニックで開かれたファノン国際集会での記録が掲載されております。
 グリッサン関連で言えば、上記の作家に比べれば遥かに研究書の数で言えばまだまだ少ないように思えます。既に過去の報告書で紹介しましたように、2011年にサミア・カッサブ・シャルフィ、アラン・メニルらの研究書、またサヴォワ大の研究叢書が出ておりますが、さらに今年はグリッサンの没後1年にあたり、『アフリキュルチュール』、『プレザンス・アフリケーヌ』の最新号はグリッサン特集号になっております。今後もフランス、イタリアなどの雑誌でグリッサン特集号が刊行予定という情報もあります。
 フランスでの研究滞在も残すところ僅かとなりましたが、9月後半には、セゼール、ペルス、グリッサンをめぐるここ数年では無いような大規模のコロックを聴講予定です。滞在の最終月を飾る大きな研究の機会となりそうです。

 

Hirota8-1.jpg 『避けがたきフランツファノン』1号及び2号

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