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2012年6月 月次レポート(廣田郷士 フランス)

短期派遣EUROPA月次レポート(6月)

廣田郷士(博士前期課程)

 6月に入り、パリは1年で最も過ごしやすい季節となりました。多少曇りがちな時期もありましたが、研究には集中しやすい日が続きました。
 今月で、「全-世界学院」の今年度のセミナーが終了いたしました。最終日のセミナーは、ロムアルド・フォンクーア(Romuald Fonkoua)氏(ストラスブール大学教授)による発表でした。フォンクーア教授による講演は、グリッサンの「小説」から「歴史」への問題系の展開をめぐるものでした。グリッサンの最初の小説は58年の『レザルド川』に遡りますが、特に64年の『第4世紀』から2003年の『オルメロッド』に至るまで、グリッサンがどのようにRoman(小説)の概念の中にHistoire(歴史/物語)の概念を組み込んでいったのか、またそこで語る言葉と主体をどのように出来させていったのか、カリブ海出身のグリッサンというある種コロニアルな作家の持つ使命について発表されていました。ローカルな歴史状況から出発し、さらにグローバル化した大文字の「世界」へと展開されるグリッサンの詩学については、報告者が現在準備中の修士論文において、特にグリッサンの『詩的意図』を中心に論じようと考えていた部分ですが、今回のフォンクーア教授の発表からは(扱うジャンルは違えど)大きな示唆を受けました。もっとも、今回の発表は、2002年に発表されたフォンクーア教授によるグリッサン研究『20世紀世界の律動をめぐる試論』(Essai sur la mesure du monde au XXe siècle, Honoré Champion Editeur, 2002)で既に展開された論の域を出るものではあまりなかったように思われます。同書においてフォンクーア教授は、カリブ海の語り得ない歴史を語る言語と主体の造形、さらに世界と歴史をめぐるグリッサンのコンセプションを思想的アプローチから体系的に論じた研究で、報告者も依拠すべき先行研究として既に参照しておりましたが、今月はこの発表に合わせて同書も改めて集中的に再読しました。
 最終日のセミナーでは合わせて、2005年にチュニジアのカルタゴを訪問したグリッサンを捉えたドキュメンタリー『カルタゴ』の上映もありました。カルタゴというと場所は、グリッサンの詩作品の中でもしばしば言及される場所です。カルタゴという失われた歴史に、グリッサンのイマジネーションが投影する世界論、それを比較的平易な言葉で語るグリッサンの語りぶりには不思議な重みがあり、セミナーの最後にふさわしい独特の雰囲気を作り出していました。なお今年度のセミナーはひとまず終了しましたが、9月にはセゼール、ペルス、グリッサンをめぐる3日間に渡る大規模なコロックが「全-世界学院」の主催で予定されております。
 「全-世界学院」のセミナーが一段落したこともあり、今月はまた先述のフォンクーア教授の著作に加え、集中的に研究書の読解を進めることができました。比較的グリッサン研究で参照される先行研究には既に当たっていることもあり、今月はチュニス大教授のサミア・カッサブ-シャルフィ氏(Samia Kassab-Charfi)の『「そして事物には一方と他方の顔が」グリッサン『インド』『黒い白』における世界史の詩的脱構築』( « Et l'une et l'autre face des choses » La déconstruction poétique de l'Histoire dans les Indes et Le Sel noir d'Edouard Glissant, Honoré Champion, 2011)や、2010年に行われたコロックをまとめたサヴォワ大学の研究叢書『ル・クレジオ、グリッサン、セガレン:冒険の脱構築としての探究』(Le Clézio, Glissant, Segalen : la quête comme déconstruction de l'aventure, Université de Savoie, 2011)など、フランス滞在という貴重な機会を生かし、最新の研究動向に目を通す作業を進めました。ただ、これは報告者より年長のあるグリッサン研究の方から聞いたことでもありますが、個人的な印象からしてもやはり近年のグリッサン研究に決定的な新しさは見当たらず、煮詰まりの感があるように思われます。決定的に重要な先述のフォンクーア氏の研究以後、グリッサン単体での研究に目を見張るような重要な著作は少ないようです。むしろ、上記のサヴォワ大学叢書の成果のように、グリッサンと他の作家を接続させた読解に、今後の研究としての展望が大きいのかも知れません。
 今月はかなり集中して研究を進めましたが、気分転換と研究の一環とを兼ねて、パリ近郊のイヴリー・シュル・セーヌ市へ、アンティーユ諸島出身のグループKassav'の野外無料コンサートを聴きに行きました。Kassav'は特に80年代のカリブ音楽を代表するZoukブームの先駆けとなったグループです。カリブ海発信の音楽が商業的にも、また若者の間でも広まったのがZoukというジャンルで、このコンサートでもカリブ海出身者と思われる若者達が、Kassav'の奏でるクレオール語の音楽に体を踊らせていました。フランツ・ファノンがカリブ海の音楽であるビギンを好んだ逸話は有名ですが、カリブ文学の主題となってきたアイデンティティの問題について、音楽からの観点の重要性についても考えさせられた機会でした。

 

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Kassav'のコンサート。会場では海外県出身者がラム酒の販売をしていた。

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