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2012年6月 月次レポート(フィオレッティ・アンドレア イタリア)

月例レポート(2012年6月、博士後期課程 フィオレッティ・アンドレア)

 6月9日〜14日、ローマ・ラ・サピエンツァ大学東洋学科で学部と修士課程の日本語・日本文学の筆記と口答試験が開催され、博士課程の大学院生たちと一緒に、試験の準備や実施に協力した。東洋学科の教授と大学院生と知り合えただけでなく、ローマ大学の教育カリキュラムや日本語研究の現状を把握でき、興味深かった。
 6月26日〜27日には、先月報告したとおり、ローマ大学博士課程(アフリカとアジアの文明・文化・社会コース)のセミナー「第二期専門講座」がおこなわれた。ローマ大学大学院のセミナーは毎年二回あり、イタリア国内のさまざまな大学から集まる教授や大学院生の前で自分の研究と博士論文の進展を紹介できる貴重な機会である。
 例年と異なり今年は、発表者全員が共有すべき課題が設定された。テーマは「日本、中国、台湾、韓国などの東洋諸国におけるナショナル・アイデンティティー」となった。共通テーマが導入されたのには理由がある。参加する大学院生は東洋のさまざまな地域や文化を専攻している。当然ながら研究内容は非常に細分化されている。そのため、参加者同士で問題関心を共有するのが難しく、せっかくのセミナーの機会を十分に活かしきれないことがあった。
 そのような事情を踏まえ、私も自分の直接の研究課題を離れ、「翻訳とナショナル・アイデンティティー」をテーマに発表した。研究関心の一つである翻訳理論を切り口にセミナーの共通課題にアプローチした。発表では、特に丸山真男、加藤周一の『翻訳と日本の近代』(岩波新書、1998年)と柳父章の『翻訳語成立事情』(岩波新書、1982年)を参照した。イタリア語に翻訳されていない二つの資料を紹介しつつ、明治以降の日本のアイデンティティー形成に翻訳が果たした役割を考察した。
 セミナーでは、私以外にも、ローマ大学や他のイタリアの大学に所属する大学院生、専門家が発表した。そのなかで興味深い発表が二つあった。
 26日に日本国在イタリア公使の星山隆氏が日本と中国の国際関係の現状、特に日本の政治や社会から見た中国の最近の経済成長について発表した。ローマ大学東洋学部で中心的に扱われている人文科学ではなく、社会、政治、経済的な観点からの議論であったが、今我々が直面している先の見えない時代を考えるうえで、実務の場で現代世界が抱える問題に取り組む外交官の考察を聞くのは、イタリアの東洋研究者にとっても重要で刺激となるものであった。
 27日は、ローマ大学文学・哲学科比較文学コースのフランカ・シノーポリ(Franca Sinopoli)先生が「比較文学の方法論の問題」をテーマに発表した。シノーポリ先生は比較文学研究の現状を説明し、このアプローチを採用しようとする研究者が参照すべき文献情報と方法論上の注意点を与えた。今期のセミナーは、このシノーポリ先生の発表で終了した。
 今回私が参加した専門講座は、教授と大学院生たちが積極的に交流し、研究方法を確認するための有益な機会である。その一方で、このようなセミナーが年二回しかおこなわれないのは残念に思えた。大学院生の個々の研究を底上げするには、より頻繁にセミナーが開催されるべきであろう。しかし、ローマ大学に限らず現在のイタリアの大学を取り巻く財政状況では、こうした教育の機会を増やすことは困難であるという。

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