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2012年4月 月次レポート(最上直紀 オーストリア)

短期派遣EUROPA月次報告書(2012年四月)

最上直紀

 報告者は東京外国語大学が提供する短期派遣EUROPAの制度によりまして、ドイツ語のブラッシュアップおよびギュンター・アンダースの技術論の研究のため、オーストリア共和国ウィーン大学に派遣されました。

(オーストリアでの留学および生活事情に関しまして)
 四月のウィーンはまさに季節の変わり目のようでして、月の始めには雪の降る日もありましたが、すぐに暖かくなり、上着の必要がないような日和もふえてまいりました。
 私は当地の不動産管理業者を通じてWohngemeinschaft(学生同士のルームシェア)という住居形式をとることになりました。私の場合、イラン人の留学生ふたりとトルコ人の留学生ひとりとの共同生活ということになりまして、自身を含め必ずしもみな正しいドイツ語が話せるというわけではないのですが(私としては、むしろそのほうが気楽に話せるように感じます)、日常生活においてはもちろん、また彼らの友人が訪ねてくることもしばしばありますので、会話をする機会を頻繁にもつことができます。やはり頼みごとや頼まれごと、ちょっとした諍いの解決といった実践的なコミュニケーションがどうしても必要になりますし、たがいのお国事情や専門分野について議論することもできておりますので、たいへんよい環境にめぐりあったと感謝しております。特に音楽について質問できる作曲家の友人を得られたのが行幸でした。
 もちろん諸事情やめぐりあわせもあるとは思いますが、何を基準にして留学先での住まいを選ぶべきかにつきまして、こうした側面もあるということをお伝えしたいと考えました。

(派遣先大学との連絡に関しまして)
 四月の十六日からドイツ語のコースが始まりまして、週三回朝一番の授業に出ております。人数は本来十数名いるようなのですが、毎回来る人々は五、六人といったところです。
 こちらのドイツ語の授業はどのようなものかと思っておりましたが、毎回ざっくりと「否定の表現」、「再帰動詞」、「アイロニー」といったテーマはあるようなのですが、それよりもとにかく喋ることが基本とされているように感じます。みなよく喋り、そんなに喋れないものは一言うまいことを言ってみなを笑わせます。わたくしのドイツ語の先生は、慣用句のような口語表現を好んで教えてくださっているようでして、これがなかなか楽しいものです。また、さまざまな外国人留学生とのやりとりを楽しんでいるようにみうけられまして、これに応えてこちらは日本の風習を距離をとって反省し、説明するということにもなります。
 この先生は発音をウィーン訛りで通すように、オーストリアのドイツ語を意識的に教えてくださっているのではないかという印象もあります。授業が講義調になりますと、はしばしでフロイトの名が出てくるのも面白いところです。またこの先生は、学生だった時分にはデモに行って警官に取り押さえられたりしたこともあったそうですが、時折「私のお母さんの世代では...」という話をなさってくれるので、比較して、私にとってはムージルが『特性のない男』で描いた以降のウィーンの数世代分の生活史を聞くような気がいたします。
 外語では、増谷先生からはオーストリア現代史、山口先生からは世紀転換期のアヴァンギャルド芸術についての授業を受け、またシャハト先生の授業では"Mosaik"という、中世を舞台としてウィーンの貴族主義を風刺した旧東ドイツの漫画をとりあげていただき、さらには中山先生からは当地の生活事情について具体的にお話をうかがう機会もありました。また個人的にもいくらか勉強してまいりましたので、留学生として現に生活することから学び取れることの幅をずいぶん拡げていただいたと思います。
 ウィーン大学の受け入れ教員でありますリースマン先生とのやり取りに関しましては以下をご参照ください。

(派遣者の研究に関しまして)
 四月は、ギュンター・アンダースの『時代遅れの人間』(Die Antiquiertheit des Menschen)第一巻に収められた諸論文を検討し、これまでのわたくしの研究テーマであったハイデガーの哲学と対決させることに大半を費やされました。結論だけを申し述べますと、ハイデガーが存在者や日常的世界の外部を仄めかすような現象を「存在」や「本来性」の領域としてポジティブなものにしてしまうのに対してアンダースは批判をなし、それが彼の根本的なテーゼである「プロメテウス的落差」や「矛盾の哲学」といった研究上の姿勢を規定しており、また核技術やマスメディアといった個別事例を取り扱う上での切り口となっていることが確認できたと思っております。これに関しまして、詳しくドイツ語で報告書を書き、当地のリースマン先生に目を通していただきまして、私の研究の基本的な方向性の確認としてご理解をいただきました。現在諸他の作業のほか、この報告書の邦訳をしております。
 また、目下Dieter Mersch氏のMedientheorien zur Einführungという本を読んでおります。メディアの問題は私の指導教員であります西谷修先生の研究テーマのひとつでもあり、先生が「メディア・ウォール」という表現で概念化した「露わにすると同時に隠しもする」というメディアの特性が、この本を通せば、プラトンの書字批判からハイデガーの存在の歴史にいたる哲学史の文脈に位置づけることができますし(第二章)、またメディアの概念そのものが今日のメディア理論ではどのような射程を持ったものとして理解されているのかが学び取れます(第一章)。この本の中でアンダースはベンヤミンやアドルノなどとならぶ「マルクス主義のメディア批判」という文脈で取り上げられていますが、マクルーハンを代表とするカナダ学派との対照をみますと、彼らが行ったマスメディア批判の対象は個別事例(アンダースの場合とくにテレビ)に限られており、いまだメディアという事象がもつ拡がりを総体的に捉えきれていないということで、論難されているといってよいかと存じます(第三章)。このためアンダースのメディア理論を取り上げるのであれば、テレビという個別事例がもつメディアとしての特性をどのように捉えるべきかに留意せねばならないのだと思います。
 五月は、速やかにアンダースの『時代遅れの人間』第二巻を読み終え、基本的な研究方針に変更を加える必要がなさそうであれば、システマティックに彼の著作や先行研究を収集していくことが課題となるかと存じます。

(雑記)
 上記、本来の派遣目的と並行して、当地での見聞を通じ、彫像にみられる都市空間の演出、墓地にみられる集合的記憶の演出についてなど、いろいろと考察したことはございますが、割愛いたします。

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