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2012年4月 月次レポート(蔦原亮 スペイン)

4月月次レポート 
蔦原亮
マドリード自治大学

 先月、論文の投稿を終え、今月は新たに点過去形と補語の共起関係に関わる制約についての調査を開始した。
 コピュラ動詞であるserの点過去形が個体レベルの補語をとることができない理由は点過去形の文法アスペクトが完了性であることに求めることができるとされることが多かったように思う。しかし、コーパスなどを参照していると、serの点過去形が個体レベルと解釈されてもおかしくないような述語をとることは少なからずあることがわかる。また、現在のスペイン語動詞形式の研究に於いて、文法アスペクトを形式同士の対立を引き起こす直接の要因でないとする主張の妥当性は広く認められており、報告者もそうした立場からこれまで議論を行ってきたので、点過去形と補語の共起関係を、文法アスペクトに頼らずに、かつ、より正確に規定することを目指した。
 コーパスから主にコピュラ、準コピュラ動詞の点過去形が現れているデータを収集し、観察を行ったが、これといった着想は得られなかった。そこで、点過去形と習慣を表す副詞の共起関係を並行して調べることにした。何故ここで習慣の副詞を問題にするかというと、Chierchiaらが言うように、習慣と個体レベル述語はいくつかの性質を共有しているためである。共通する性質としては、回数を表す副詞句(「一度」、「二度」)によって量化されない、様態を表す句をとらないといったものがある。多くの先行文献で、点過去形は習慣を表さないとされているが、コーパスでの観察によれば、点過去形はhabitualmente(習慣的に)、generalmente(一般的に)、normalmente(普通は)といった 習慣を表す副詞と共起する場合が少なからずあるようである。これまでは点過去形は個体レベル述語をとらないこと、習慣を表さないことは定説であったが、以上の観察から、これは少々強力過ぎる記述であることがわかった。形式意味論では、こうした個体レベル述語と習慣文を同一の、もしくは類似した原理によって説明することを目指す向きがあり、今月後半は、そうした研究者らの先行文献を読むことに、多くの時間を割いた。具体的にはCarlson, Chierchia, Bertinetto, Lenci, Boneh, Doron, Kratzerらの論文、著書である。
 予想していなかった形で、当初の目的から話がかなり膨らんだという感があるが、このテーマは点過去形についてだけではなく、最終的な博士論文の目的である、各スペイン語動詞形式の使用を排除する条件の設定にも深く関わってくると思われるので、腰を据えて取り組みたいと考えている。
 五月前半で、まだ読んでいない重要と思われる先行文献を読み、後半で、その時点まででえられた理論的な視点から再度収集したデータを分析し直したい。
 また、今月は自治大学で開かれたRaquel Gonzalezによる肯定と否定に関するセミナーに参加した。このテーマは多くの場合、理論言語学において扱われ、実際にこのセミナーも生成文法、形式意味論の道具立てを用いて議論を進めていたが、最後まで興味深く、話を聞くことができた。理論言語学に疎い報告者は、これまでこうした理論的なセミナー、講演での議論についていけないことがしばしばあったが、今回は問題なく最後まで講演者の意図を理解することができたように思う。日々の研究の合間に、地道にこうした理論的な言語学について学んでいたが、その成果が表れたようで、励みとなり、自信にもなった。

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