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2012年2月 月次レポート(中村隆之 フランス)

短期派遣EUROPA月次報告書2月

中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)

今月も引き続き本の執筆に取り組む日々を過ごした。先月の報告書でお知らせしたプロローグと第1章は人文書院のwebに掲載された。連載のタイトルは「カリブ−世界論」である。http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/carib/src/Carib00.html

先月の報告書にあるとおり、第1章は、フランス領カリブ海の島々マルティニックとグアドループの海外県問題の背景をめぐり、コロンブスによる「新大陸発見」以前の先住民世界から、ヨーロッパ人の入植、カリブ海への奴隷制の導入とその廃止にいたるまでの歴史的経緯をたどっている。とくにこの章では、奴隷制の導入とその廃止の経緯が、フランスの共和主義的理念に基づいているとは必ずしもいえないことを強調しようとした。1794年の一度目の奴隷制廃止の場合は、植民地サン=ドマング喪失の危機が直接的原因にあったことを浜忠雄のハイチ革命史研究が明らかにしている。1848年の最終的な奴隷制廃止についても、奴隷制そのものが経済的に不効率であるとする、アダム・スミス以来の経済自由主義や、砂糖生産の世界的拡大に伴う砂糖価格の低下などを背景に、自由貿易を求める流れがあった。人道主義的な奴隷制廃止論は、こうした経済的局面と連動しながら徐々に高まり、第2共和政の成立をもって急進的な共和主義者の手によって廃止にいたった、というのが、17世紀から19世紀中盤までのフランス領カリブの「歴史」であると報告者は理解している。

今月はこの続きとして、第2章の執筆に取り組んでいる。第1章の主要なテーマが資本主義と奴隷制にあるとすると、この章の大きなテーマは同化にある。同化には二種類ある。制度的同化と文化的同化だ。制度的同化は、植民地と本土との政治的・経済的・社会的格差をなくすことであり、これは政治的要求として求められる。奴隷制廃止は、その意味で、同化の最初の決定的な一歩である。以後、フランス領カリブでは、有色の人びとが政治に参入するようになる。その究極的な要求は制度的同化、すなわちフランスの「県」となることなのである。しかしながら、制度的同化は、文化的同化を伴う。なぜなら19世紀以降に普及する初等教育をとおして、カリブ海の人びとはフランス式教育を受けるからだ。本土でおこなわれる教育が等しく植民地で適用されるのだ。その結果「われらの祖先ガリア人は金髪と青い目をもち......」という文章ではじまる教科書が授業で用いられるのである。このような文化的同化を拒否し、自分たちが「ニグロ」であるという意識をもつことから自分たちを再規定しようとした人物が詩人エメ・セゼールだ。しかし、セゼールはやがて政治家として制度的同化を推進し「完成」させる人物でもある。このふたつの方向性を意識しつつ、第2章ではセゼールの歩みを中心に記述している。

このようなわけで今月は第2章執筆に取り組んでいる。また、刊行が遅れていた『フランス語圏カリブ海文学小史』(風響社)が今月出版された。本プログラムの成果の一部である本章の刊行がプログラムの期間内に間に合ったことがひとまず嬉しい。報告者の滞在は残すところ来月のみである。残りの月日を有意義に過ごせるよう引き続き努力したい。

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