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2011年9月 月次レポート(中村隆之 フランス)

短期派遣EUROPA月次報告書9月

             中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)

 

 9月5日から19日にかけてカリブ海フランス海外県マルティニック島およびグアドループ島へ調査旅行に出かけました。今回の調査では2つの島にそれぞれ約1週間滞在しましたが、メインとなったのは今回初めての訪問となるグアドループでした。
 グアドループは群島をなしています。中心となる島は、バス=テール(「低い土地」の意)とグランド=テール(「大きな土地」の意)の2つの地形がなっており、蝶の形をしています。この島と、近隣のマリ=ガラント島、サント諸島、デジラード島をふくめた島々がグアドループと呼ばれます。経済的中心地はグランド=テールの町ポワン=タ=ピトルです。一方、行政都市はバス=テールの同名の町です。今回の滞在では、車の運転ができないことから交通手段の制限があり、全体を見て回ることはできませんでしたが、さまざまな人びとと交流する機会をもちました。 
 ところで、今回の滞在では、本研究との関連から、グアドループの政治文化について知りたいと考えていました。グアドループでは2009年1月に島の物価高に対して、200ユーロの賃上げを掲げた大規模なストライキが起こり、フランス本土でも大きな社会的出来事として取りあげられました。ストライキと連動したデモ行進には、最高潮に達した際には島の人口の約1割にあたる4万人を超える人びとが参加したとされます。ストライキは44日間続きました。さらにこのストライキは他の海外県にも飛び火して、マルティニックやインド洋のレユニオンでも同種の運動が起こったわけです。
 ゼネストの震源地となったグアドループでは、以前から労働組合運動と、独立の政治要求が結びついているという印象をもっていました。とくに、ポワン=タ=ピトル市で1967年5月に起きた都市暴動とその弾圧は、「67年5月」事件と呼ばれ、この弾圧を契機にグアドループ独立運動が高まってゆくという流れがあるといわれます。そうしたことを実地で確かめたいと考えていました。
 グアドループで出迎えてくれたジェラール・デルヴェール氏は、バス=テール市文化センターの所長であり、職業上、大変顔の広い方です。デルヴェール氏にこうした研究上の関心について話したところ、氏を仲介して、幸運にも島の最大の労組であるグアドループ労働者総同盟(UGTG)の書記長エリ・ドモタ氏への面会を取りつけました。ドモタ氏は、グアドループのゼネストを率いた過剰搾取反対連合(LKP)の代表として、2009年に大変有名になった人物です。ゼネストの経緯と現在の課題などについて取材を行いました。この関連で、「67年5月」事件の目撃者・当事者として、4ヶ月投獄された経験をもつエクトル・デグラ氏に面会し、事件の詳細を伺いました。また、当時高校生としてこの事件に立ち会ったジャン=クロード・クルバン氏にも後日事件について聞き取りを行いました。
 文学面では、同じくデルヴェール氏の仲介のもと、女性作家シモーヌ・シュヴァルツ=バルト氏にお会いしました。この作家は1970年代に『奇跡のテリュメに雨と風』をはじめとする傑作を残した後、作品の発表は少なくなり、1990年代以降には目立った出版がなくなっている、いわば沈黙の作家です。会話をとおして、その人柄や考えに触れることができ、大きな糧となりました。また、デルヴェール氏と数日をともにする過程でグアドループ文化について多くのことを学ぶことができました。
 資料面では、グアドループの出版社で刊行されている「67年5月」関連の文献をはじめとする現地以外では入手しがたい資料を収集することができました。
 一方、マルティニックでは現地の新聞記者で翻訳者のロドルフ・エティエンヌ氏と数日をともにし、マルティニックの現状について文学・政治・社会といったさまざまな側面から教えてもらいました。エティエンヌ氏の仲介で、フランツ・ファノンの親戚であるミカエラ・ロジャス・ファノン氏に面会し、ファノンについての意見交換を行いました。今年はファノンの死後50周忌にあたることから、氏はファノンのための専門ブログを開設し、情報を発信しています。
 マルティニックではフォール=ド=フランスのエメ・セゼールの墓、ディアマンのエドゥアール・グリッサンの墓にも行きました。生前のセゼールは知りませんが、グリッサンには何度かお会いしたことがありました。墓の横には鉢植えの「旅人の木」が置いてあります。この木をグリッサン宅で見たとき、作家本人が、自分で植えたこの木の由来について話してくれたことがまざまざと思い起こされました。9月21日には、83歳となるはずだったグリッサンの誕生日を祝う催しに参加しました。パリのラテンアメリカ会館で開催され、グリッサンの生前最後の詩の写しをいただきました。
 以上、今月はマルティニック・グアドループの調査旅行を中心に報告いたしました。現地で入手した資料、聞き取り調査などの成果をもとに研究を前進させたいと思います。

     ポワン=タ=ピトル市「67年5月」事件の壁画.JPG      グアドループ、ムール市の海岸.JPG 

     ポワン=タ=ピトル市「67年5月」事件の壁画          グアドループ、ムール市の海岸

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