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2011年5月 月次レポート(中村隆之 フランス)

短期派遣EUROPA月次報告書5月
                       中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)

今月も引き続き『フランス語圏カリブ海文学小史』(仮題)の執筆を継続しました。本論は四章構成であり、第一章は1920年代から40年代までを扱った「ネグリチュードの誕生」、第二章は1940年代から50年代にかけての時代を「脱植民地化の時代」として取り上げ、第三章は「独立と文学」と題して1950年代から60年代までを、第四章は「クレオール文学の企図」として1970年代から80年代までをそれぞれ取り上げます。今月までに三章および四章の一部までを書き上げました。予定としては今月中に書き終える予定でしたが、幾つかの所用が重なった関係で執筆計画に遅れが生じました。今月はこのほかにアフリカ文学研究会会誌『MWNGE』への寄稿原稿として「『プレザンス・アフリケーヌ』の記録映画――彫像の「死」が問うもの――」を執筆しました。昨年からケ・ブランリー美術館をはじめとしてパリの「アフリカ美術」を鑑賞する機会を積極的に作りました。なかでも興味深かったのは昨年9月にパリ造幣局での「彫像もまた死す」という1950年代の「アフリカ美術」を主題とした記録映画をめぐる企画展でした。この企画展は「彫像もまた死す」において撮影された彫像を可能なかぎり集めた展示です。彫像もさることながらこの映画の問い、すなわち「アフリカ美術」を西洋の「美術館」ないし「博物館」に収蔵することの意味は何かという問いが、きわめて重要であるように思われます。原稿はこの問いをめぐって書かれました。
ところで、現在フランスでは5月10日が奴隷貿易・奴隷制度およびその廃止をめぐる国民記念日とされており、その関係でこの日の前後には奴隷貿易・奴隷制度およびその廃止をめぐる催しが行われます。6日にはカリブ系トランペット奏者ジャック・クルシルの朗読と音楽を聴く機会に恵まれました。音楽家であると同時に大学人でもあり、言語学者としての業績、エドゥアール・グリッサンのよき理解者として幾つかのグリッサン論も書いている人物です。マルティニック島のエドゥアール・グリッサンの自宅で一度会いましたが、グリッサン同様立派な体躯(見たところ190cmほどありそうです)で、気さくで大変広い心を持った人のように見受けました。そのクルシルの6日のコンサートでは、グリッサンの詩をコラージュした曲「大いなるカオス」、およびフランツ・ファノンの『黒い皮膚・白い仮面』のテキストをコラージュした曲「1952年フランツ・ファノン」が演奏されました。この「トランペットの詩人」はカリブ海の音楽と文学を結びつけるその意欲的な試みで人々を引きつけます。5月10日にはマルティニック出身のゴンクール賞作家であり自他ともに認めるグリッサンの「弟子」あるいは「後継者」であるパトリック・シャモワゾーの奴隷制度をめぐる講演を聞きました。詳細は省きますが「曖昧な記憶」と「意識的な記憶」という区分を用いて「集合的記憶」の問いを語っていたのが印象的でした。19日にはパリ第8大学でグアドループの女性作家マリーズ・コンデをめぐる研究ワークショップがあり一部参加しました。
今月下旬には調査旅行に出かけ、南仏のボルドーおよびエクサンプロヴァンスへ赴きました。ボルドーでは現在この町に在住のカリブ海研究者の友人と面会して研究上の意見を交わしたり、アキテーヌ博物館を訪ねたりしました。この博物館で、かつて奴隷貿易で反映した港町であるボルドーの歴史の一端をよりよく知ることができました。エクサンプロヴァンスでは、フランス語圏の文学・文化をめぐる国際会議に参加しました。この国際会議は、約一週間行われる大規模な催しで、世界各地からフランス語圏の研究者が一同に集います。カリブ海文学の研究者の集うセッションも多々あり、そのうちの幾つかに出席しました。とりわけカリブ海の女性文学と「エコ詩学」をめぐるセッションに参加し、討議を交わすことで、英語圏在住のカリブ海文学の専門家(ヴァレリー・ロワショ、アニー=ドミニク・クルティウス)と親交を結べたことは、今回の旅行の成果の一つでした。日本からいらしていた立花英裕教授をはじめとする研究者の先生方ともこの間親しくさせていただき、サン=ジョン・ペルスの専門家である韓国人研究者、カナダでカリブ海・アフリカ文学を講じる研究者とも交流を持てたことも同じく貴重な経験となりました。グリッサンをめぐるセッションでは、研究書でしか知らなかった著者たちを実際に知ることができました。学問としては制度化されていないことが多いフランス語圏文学の場合、研究者は世界各地に点在しています。このため、こういう国際会議の場は、普段、孤立した場所で研究を続けるフランス語圏文学の研究者が集う場として機能しているという印象をもちました。
最後になりましたが、今月、小倉充夫・駒井洋編『ブラック・ディアスポラ』(明石書店、2011年)が出版されました。短期派遣EUROPAの支援を受けて行われた研究成果の一部である、論文「ネグリチュード、民族主義、汎カリブ海性 フランス語圏カリブ海地域のディアスポラ知識人群像 1930年代-1970年代」が活字となりました。感謝の意を込めてここにご報告いたします。
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       エクサンプロヴァンスの町並み          「ブラック・ディアスポラ」

 

 

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