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2011年4月 月次レポート(中村隆之 フランス)

短期派遣EUROPA月次報告書4月
                               中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)

 今月から『フランス語圏カリブ海文学小史』の執筆に取りかかりました。原稿用紙100枚前後を予定分量としています。この執筆は、2009年度のマルティニック島滞在、とりわけ2010年度の短期派遣EUROPAの支援を受けたこの度のパリ滞在での調査を反映させた成果の一部として位置づけられます。1920年代から1980年代までのカリブ海文学の歴史的流れと重要な作家および作品の概略を跡づけることを目的としています。
 日本におけるフランス語圏カリブ海文学の研究はまだ日が浅く、基本的な研究もまだ共有されていないのが現状であるといえます。これは当分野がフランスでこれまで活発な研究分野ではなかったことと大いに関わります。カリブ海文学のみならずアフリカ文学のなかでも主要な位置を占める大詩人エメ・セゼールなどの一部の例外をのぞけば、個々の作家研究もフランスの著名な作家研究と比べた場合まだまだ盛んではないといえます。日本におけるフランス語圏カリブ海文学研究はそのような事情を反映するところがあります。日本ではクレオール文学受容以降、少数ながらもこの分野を開拓する若手研究者を輩出していますが、研究者は個々の作家研究で手一杯なところがあり、全体を俯瞰する視点を持った包括的研究はまだ現れていません。
 現在準備している論文はこの包括的研究のためのいわば基礎作りです。しかし、この作業は容易ではありません。持てるかぎりの力を尽くすつもりですが、それでもなお不十分なところを残したり、作家、作品の位置づけを誤ったりすることも大いに考えられます。一度に多くの作品を取り上げることで作品の個々の読みが粗くなることも否めません。このような困難を予想しつつこの作業に取り組むのは、これがフランス語圏カリブ海文学の本格的な研究への一歩をなすと確信するからです。そして、この作業は長らく絶版で入手の困難な作品の多数に直接触れることができる現在の環境なしにはありえません。
 幸い環境に恵まれているおかげで、執筆は捗っています。今月までに全体の3分の1強を書き終えることができました。来月中に原稿を完成させるつもりです。
 今月は、執筆との関係で、パリ市内および近郊を調査しました。一つは大学都市近郊です。大学都市にはマルティニック出身のエメ・セゼール、セネガル出身のレオポルド・セダール・サンゴールといった黒人学生が住んでいました。とくにサンゴールはセネガル独立後の初代大統領になった人物であるため、彼の住んでいた建物は特定することができます。また、この近くに、当時のマルティニック出身の黒人学生たちが発行していた『正当防衛』という雑誌の事務所となっている住所を見つけ、見学しました。また、パリ郊外のクラマールにも足を運びました。ここには、1930年前後の黒人知識人たちの出入りするサロンが開かれていたアパルトマンがあるからです。さらに、プレザンス・アフリケーヌ社の50年代の事務所だった住所にも訪れました。これらの場所は、記念碑や記念プレートがあるわけではないため、そうした事実を知らなければ見過ごしてしまいます。これらの場所を訪れることで、当時の黒人知識人たちの生活したパリ、文化拠点としてのパリを具体的に想像することが調査の目的でした。執筆中はコンピュータに向かうことが多くなります。気分転換もかねて今後も調査を続けるつもりです。

Nakamura4-1.jpgパリ郊外の町クラマールのアパルトマン

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