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2011年3月 月次レポート(カン・ミンギョン ドイツ)

短期派遣EUROPA月次レポート(2011年3月)

                                        カン・ミンギョン(ドイツ・国立ドイツ語研究所)                    

 このたび海外派遣プログラム(短期派遣EUROPA)の支援を受け,2011年3月10日から2012年1月20日までの約10カ月間,ドイツのマンハイムにある国立ドイツ語研究所(Institut für Deutsche Sprache: IDS)にて研究滞在をさせていただくことになりました。このような貴重な機会を下さった海外派遣プログラムの関係者の皆様にこの場を借りて深くお礼を申し上げたいと思います。
 マンハイムに到着して私が初めて耳にしたニュースが「東日本大震災」でした。最初はかなりの心理的動揺がありましたが,電話とインターネットが使えるようになり,韓国の家族や日本の友人・知人たちと連絡が取れるにつれ,ようやく少し冷静になれました。とはいえ次から次へと報道される深刻な問題に,複雑な心境で落ち着かない日々がしばらく続いていたように思います。今回の地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申しあげますとともに,被災された皆様に一日でも早く平穏な日常が戻りますよう心よりお祈りいたしております。
 そんななかでも,マンハイムは以前にも短期で2回ほど訪れたことがあり馴染みがあったことと,研究所にも数名知り合いがいたおかげで,スムーズに新しい生活をスタートさせることができました。宿舎であるマンハイム大学のゲストハウスは,生活に必要な設備や外国人研究者のためのサポート体制がよく整っており,とても快適な環境です(当初は2カ月間の契約でしたが,ありがたいことに契約の延長と新規契約が認められ,来年1月の派遣終了時までゲストハウスに住めることになりました)。派遣先であるIDSは,現代ドイツ語研究の中心的な役割を果たしている大学外研究機関の一つで,研究組織としては文法部門・語彙部門・語用論部門の3つに分かれています。それとは別に中央研究部門というのがあり,コーパス言語学などはこちらに属しているようです。私は,語彙部門のリーダーであるStefan Engelberg教授に研究指導をお願いしていますが,他にも文法部門のHardarik Blühdorn教授,Giesela Zifonun教授,Jacqueline Kubczak氏,コーパス言語学のRainer Perkuhn氏などからも研究上のアドバイスを頂ける恵まれた環境にいます。また,図書館の中に机を一つ与えられているので,自分のノートパソコンを持ち込み,自由に作業をすることができます。研究に必要な書籍や雑誌などはほとんどすべて揃っており,これらを自由に利用できるのは何ともありがたいことです。図書館には同じく研究滞在中もしくは博士論文を執筆中の若手研究者が数名いて,時々お互いの研究について話し合うのも良い刺激になっています。
 今月に行った研究活動としては,まず,3月15日から17日の3日間にかけて行われたIDSのJahrestagung(年次大会)に参加しました。この年次大会は,毎年国内外から約500人もの参加者が集まると言われる大きい学会で,今回のテーマはDeutsch im Vergleich: Grammatische Kontraste und Konvergenzen(比較におけるドイツ語:文法的対照と収斂)でした。個々の研究発表は,音声から文法(形態・意味・統語),コーパス言語学まで分野は様々でしたが,メインテーマからも伺えるように,いずれの発表でも他の言語(ヨーロッパ諸語)との対照を通してドイツ語の特徴を明らかにしようという試みがなされていました。私にとって特に興味深かったのは,ドイツ語とトルコ語における,名詞句に係る副詞的修飾語と動詞(あるいは文)に係る副詞的修飾語の現れ方の相違を類型論的観点から論じた発表でした。ドイツ語ではたとえばEr trank den Kaffe kalt./ Er trank den Kaffe hastig.のように両者における修飾語の形式(形容詞のみならず分詞・前置詞句などの他の形式も含めて)に関して比較的制限が少ないのに対し,トルコ語では名詞句に係るか動詞に係るかによってその形式が区別される傾向が強いということ,またその違いを移動動詞の語彙化の類型で言われるsatellite-framed language vs. verb-framed languageと関連づけて述べたものでした(たとえばドイツ語ではSie hüpfte ins Haus hinein.のように移動の経路が不変化詞で表されるのに対し(移動の様態は動詞),トルコ語では日本語と同様「ぴょんぴょん跳ねながら入った」といった具合に経路が動詞で表される(様態は副詞句など))。移動動詞を扱ったものとして,フランス語の<移動動詞+en V-ant(移動様態/音放出を表す「前置詞+現在分詞」)>構文とそれに対応するドイツ語構文<移動様態動詞/音放出動詞(+方向語句)+方向不変化詞>(Der Zug donnerte in den Tunnel hinein.)を取り上げた発表もあり,私が扱っている状態変化動詞との関連で参考になりました。そういえば日本ではドイツ語と(日本語・英語以外の)他の言語との対照研究に触れる機会はあまりないが,こちらでは断片的とはいえドイツ語と他のヨーロッパ言語との関係性が見えやすい環境であるということは,言語全般に対する視野を広げる意味でも貴重であると感じています。ただ,ドイツ語での発表と議論を長時間聞くにはかなりの集中が必要で,ある程度リラックスしてこのような学会に参加できるようになるためには,言語学的知識のみならず,語学そのもののトレーニングもまだまだ必要であることを痛感した3日間でした。
 次に,私の研究については,新しいテーマに取り組む前に,これまで行ってきた研究を振り返る作業から始めることにしました。博士論文を書き上げたあとの私の研究はどちらかといえば研究対象を広げるための試みが多かった気がしますが,今までやってきたことをさらに精緻化してきちんとした形にしたうえで次へ進みたいという思いが最近出てきたからです。自分の書いたものを客観的に読むのは簡単ではありませんが,その間少し時間が経ったことと環境が変わったことで,これまでとは少し違う感覚で自分の研究を見直すことができている気がします。具体的には,小論文にまとめられそうな部分を抜き出してみたり,未解決の問題点やもっと掘り下げてみたい部分を整理したりといった作業になりました。4月からは,そのなかから一つのテーマを選んで,じっくり取り組みたいと考えています。その他には,文献調査と,昨年末に日本で投稿していた論文のゲラが届いたのでその校正作業を行いました。

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