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2011年1月 月次レポート(説田英香 ドイツ)

1月レポート(説田英香)
 

 12月に引き続き、寒波による大雪が心配されていたドイツですが、フライブルクでは大雪という大雪はみられず、快適な環境のもとで研究活動に取り組んでいます。今回のレポートでは、博士論文の進捗状況と、先月に引き続き、博士論文の内容にも関連する「多文化文学」について報告します。

  1月は12月に引き続き、博士論文の序論(稿案)執筆に向けて、主に文献調査を行いました。博士論文では1980年代のドイツ連邦共和国における移民を、戦後ドイツ史として扱う予定でおり、今月は、80年代における移民政策を戦後ドイツの全体史に位置づける(関連づける)ため、まずは以下の先行研究に取り組みました。80年代とその前史にあたる70年代の移民政策史に関しては、 Ulrich Herbert, Geschichte der Ausländerpolitik in Deutschland : Saisonarbeiter, Zwangsarbeiter, Gastarbeiter, Flüchtlinge (Bonn : Bundeszentrale für politische Bildung, 2003) そして、ドイツ現代史に関しては、戦後のドイツ社会史の流れをまとめることを目的に、Herbert, Ulrich (Hrsg.) Wandlungsprozesse in Westdeutschland : Belastung, Integration, Liberalisierung 1945 - 1980 (Göttingen : Wallstein, 2002) を中心に読みました。

 12月末から1月の頭にかけて約2週間の冬期休暇が入り、その期間を利用して、先月から調べていた「多文化文学」の一つに数えられるIch bin Zeugin des Ehrenmords an meiner Schwester (『私は妹に対する名誉殺人の証人である』)を実際に読んでみました。この著書は、Nourig Apfeldにより、自伝として2010年に出版されました。本の題名からも伺えるように、主題は「名誉殺人」です。本報告ではこの著書を紹介することを目的としている訳ではなく、著書をきっかけに、ドイツ社会における移民、その中でもとりわけ「ムスリム移民」、また、トルコに出自を持つ移民グループに関する議論、そしてそこにおける彼らの位置付け、扱われ方について、博士論文にひきつけて報告したいと思います。
  まず、簡単に物語の内容を紹介します。舞台は旧西ドイツ(以下、ドイツ)で、時代は著者が難民申請家族としてシリアから来独する1970年代末から、当「名誉殺人」に関する裁判が終了する、2008年までが扱われています(当殺人は1993年8月)。この著書で扱われる事件は、著者の父親と従兄弟による妹の殺害であり、唯一の証人である著者が様々な葛藤と社会的障害のもとで、彼らの行為を法的に訴えるまでの過程が中心に描かれています。事件の背景として、家庭内の問題、「移民」の子供/家族としてのドイツ社会での生活の様子、また、ドイツの生活の過程で次第に「伝統的」な思考へと傾倒していく両親、そのなかでもとりわけ従兄弟に感化され変容していく父親の様子が描かれます。また、事件の訴えをやっと決意した著者がその後経験した、ドイツ側の不十分な支援措置に関しても描かれています。
  「名誉殺人」は2000年頃から 、移民、その中でもとりわけイスラーム文化圏からの移民を多く抱えるヨーロッパ諸国でセンセーショナルに扱われてきたもので、今日でもイスラームにおける女性の権利、そして人権の文脈において「強制結婚」「スカーフ問題」と関連付けて議論され、報道されています。また、メディアのみならず、「名誉殺人」や「強制結婚」は「統合問題」の政策課題として掲げられています。こうした議論のされ方や問題の扱われ方により、ドイツ社会全体では、「ムスリム」+「移民」+「女性」=暴力の「被害者」、そして「ムスリム」+「移民」+「男性」=暴力の「加害者」というステレオタイプの固定化がみられています。しかし、その反面「名誉殺人」や「強制結婚」に関してはその定義も曖昧な上、実際にどれほどそれらに該当する事件が起こっているのか、証明することができません。しかし、少ないながらもこれまでに行われてきた調査と分析の結果、2004年にビーレフェルト大学がドイツで行った調査では、被験者の10人に1人が強制的に結婚させられたといえる状況であることが結果として報告されています。また、国連による報告では毎年、中国、インド、パキスタン、南アメリカ、アフリカをはじめとする諸国で約5000件、トルコでは1000件の「名誉殺人」が起こっていると推定されています。また、主にイスラーム研究者や移民研究者により、「名誉殺人」や「強制結婚」の問題がイスラームに単純に還元することはできず、該当者の社会的・経済的状況が複雑に影響していることが明らかにされています。現在、ドイツの移民研究の分野では、「名誉殺人」や「強制結婚」に関する量的そして質的改善が課題として求められています。

  これまで主に社会学分野における移民研究は、宗教的・文化的要素に還元されがちであり、メディアや政治の傍ら、上記のようなステレオタイプ化の一部に寄与してきた側面があります。この分析方法の批判的視点から、報告者は1960年代における外国人労働者、そして1970年代以降の移民をめぐる問題を主に経済的、社会的側面を中心に考察してきました。しかし、博士論文で扱う予定でいる80年代では、短期外国人労働者家族の「定住化」と共に、その中にドイツ社会に置ける「ムスリム移民」が「発見」されてきます。こうした実態から、イスラームをめぐる要素は80年代の移民を考察するにあたって、無視できない対象となりました。博士論文では、イスラームを中心に扱う予定ではありませんが、80年代のドイツ社会における受け止められ方の傾向に着目して、その扱われ方/取り上げられ方をこの先、調べてみる予定でいます。

参考文献:

- Apfeld, Nourig, Ich bin Zeugin des Ehrenmords an meiner Schwester (Rowohlt Verlag, 2010).
- Schneiders, Thorsten Gerald (Hrsg.), Islamfeindlichkeit : wenn die Grenzen der Kritik verschwimmen (Wiesbaden : VS Verlag für Sozialwissenschaften, 2010).
- Schneiders, Thorsten Gerald (Hrsg.) Islamverherrlichung : wenn die Kritik zum Tabu wird (Wiesbaden : VS, Verl. für Sozialwiss., 2010).

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