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2011年1月 月次レポート(松澤水戸 スイス)

短期派遣EUROPA月次レポート1月
松澤水戸
派遣先:ジュネーヴ大学(以下、UNIGE)文学部内、ELCF(École de langue et de civilisation françaises)
受け入れ責任者:Laurent Gajo教授(Directeur de l'ELCF)

1月
  ジュネーヴ滞在最後の月となりました。12月に比べ、暖かい日が多く、雪はこれまでにわずか2~3日しか降りませんでした。鳥のさえずりも聞こえてくるほどで、初春のようです。
  Gajo教授から学習者コーパス作成についての助言をいただきました。現在、問題単位のパラレルコーパスの状態になっている学習者のデータを、学習者の解答ごと、および、動詞時制で検索可能な形式でコーパス化することは博士論文の研究だけでなく、今後の研究にも役立つだろうとの意見をくださいました。
  また、Sthioul教授から研究全体について大きく分けて以下の3点の助言をいただきました。今後の研究計画に大きく影響すると思われます。

1. 長文の中から切り出されたような、もしくは、非常に人工的に作られたような1~3文章では、限られた文脈をどのように解釈・補足するかによって、複合過去形(以下、PC)と半過去形(以下、IMP)の両方が使用可能な問題がありうる。よって、長文の問題等を作成し、文脈をよりはっきりと限定するべきではないか。
→ Sthioul教授には前もって説明しませんでしたが、1~3文という短い文章だけによる穴埋め問題を行うことについては、本学指導教員の川口教授と議論を重ねていました。長文を用いることは、タスクの実施が非常に長時間になるため、実施自体が困難になるという懸念と、長文のどこかで文意を誤解した場合、それが他の部分、場合によっては問題全体に影響することで芋ずる式に「間違い」が増えることがありうると考えました。また、少ない文脈情報への対処として、タスクの各問題に日本語の意味を付加し、文脈を限定することも検討しましたが、先行研究では付加していなかったため、それに準じました。しかし、Sthioul先生のご指摘どおり、文脈情報が減れば、解釈の多様性が増すことは避けられません。もちろん、タスクで用いた文章は適当に作ったわけではなく、すべてGlieman, M.-F.(2006). Les exercices de grammaire A2, Hachette Educationの練習問題や例文から注意深く選別しました。しかし、例えば、Tous les soirs, elle (racontait) des histoires et nous (s'endormions) en imaginant que nous (étions) des princes courageux ou de belles princesses.という文章では、Tous les soirs「毎晩」という表現から、その教材では、過去の習慣をあらわすIMPを3つ使うことを「正解」としていますが、フランス語母語話者であるSthioul教授には、過去の出来事を列挙するPCを3つ使った表現も決して不自然ではないそうです。このように、フランス語母語話者の意見を聞くことに関して、川口教授、敦賀教授からその重要性についてご指摘いただいておりました。当然のことではありますが、初級学習者向けの教材よりフランス語母語話者のほうが言語表現の「許容範囲」が広いこと、そして、フランス語母語話者でさえも文脈情報が少なければPCとIMPの選択には複数の可能性があることがわかります。よって、極端に解釈すると、上級学習者であっても文脈情報が少なければ、時制の選択を「間違う」ことがあり、文脈情報がはっきり提示されているにもかかわらず、時制の選択を「間違う」学習者は2時制をしっかり習得できていないか、文脈情報を理解するための語彙知識が不足しているか、注意不足であるということになります。

2. 文脈の捉え方しだいで、意味は変わるものの2時制のどちらも使える場合、どちらか一方の時制の使用を「間違い」であると断じてよいのか。教科書や教師が「期待」する概念・用法以外の解答を学習者がする可能性があるのではないか。
→ この穴埋め問題の解答の分析では、2つの先行研究Kim(2002)とWhatley(2010)の「正解」と「間違い」の定義を大いに活用しましたが、「正解」と「間違い」という分類を見直すか、調査方法を変更する必要があると感じました。私が注目したいのは、「間違い」をみつけたり、正したりすることではなく、学習者がPCとIMPの使い分けにおいて混乱するのは、どのような「使用場面」なのか、ということなので、今後は「正解」と「間違い」ではない別の表現に改めようと思います。調査方法を変更する場合、Sthioul教授のご指摘どおり、よりはっきりと文脈を限定したタスクを用意しなければなりません、先行研究のように長文を用いることが考えられます。

3. フランス語母語話者に対しても同一タスクを行い、その解答をフランス語学習者の解答と比較することは有効ではないだろうか。
→ 日本人学習者がまだ習得していない表現や日本で用いられる初級学習者向けの教材には載っていないような表現であっても、フランス語母語話者ならば意味の微妙な違いをはっきりと認識して使用できることから、フランス語母語話者の解答の傾向は日本人学習者の解答の傾向と異なることが予想されます。どのような「使用場面」で異なるのか、また、同じなのか、ということには非常に興味があり、協力者を得られればぜひ実施します。

  Gajo教授、Racine教授、Sthioul教授に限らず、ELCFに所属してフランス語以外の言語の母語話者に対するフランス語教育に実際に携わっている方々から、PCとIMPの使い分けが学習困難点となる学習者は多いと聞きました。PCとIMPの使い分けに関する研究が日本人学習者以外にも役立つ可能性があることは私にとってこの研究のやりがいのひとつです。

先行研究
KIM, J.-O. (2002). «L'analyse des valeurs du passé composé et de l'imparfait par des apprenants coréens», Études de linguistique appliquée, no 126, avril-juin 2002, pp. 169-179.
WHATLEY, M. (2010). L'enseignement de la distinction passé composé/imparfait aux apprenants anglophones de FLE : un test de deux explications dans la salle de classe, Congrès Mondial de Linguistique Française - CMLF 2010, Paris, Institut de Linguistique Française.

 

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