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2011年1月 月次レポート(平田 周・フランス)

短期派遣EUROPA月次レポート(1月)
                                                                      平田 周

Democratie, dans quel etat.jpg  今月は、二つの作業を終わらせることを主な目的として研究に従事しました。第一の作業は、一昨年の9月から始まった  Démocratie dans quel état ? と題された論集の翻訳作業です。著作は、ジョルジョ・アガンベン、ジャン=リュック・ナンシー、アラン・バディウ、ジャック・ランシエールら現代の哲学者たちが、出版元であるファブリック社の編集者が彼らに投げかけた民主主義の現状についての問いかけに、応答するというものです。日本で研究会を一緒に行っていた先輩方と共に、翻訳を行いました。私が担当した翻訳は、一昨年の9月から昨年の1月に亡くなるまで、フランスでの研究指導を引き受けてくださった、ダニエル・ベンサイードの論文です。いくつかの英語の論文の翻訳の経験はあるものの、自分の専門である仏語での翻訳の経験がなく、また常日頃指導教官である西谷教授から、翻訳を通じて思想の言葉を日本語に置き換える作業の重要性を教えられてきた報告者にとって、今回の翻訳作業は貴重な機会でした。共訳者の方々にも、訳文を何度も検討し、改訳を提案して頂き、自分一人ではとてもできなかった訳文を仕上げることができたと思います。また、翻訳を通して、少しでもベンサイードの思想を日本に紹介し、小さなものであれ日本とフランスの思想の架け橋にならんとする、当初の報告者の意図は、どれだけかなったかは定かではありませんが、翻訳を通して、亡くなったベンサイードへの追悼をわずかばかりでも表明できたのではないかと考えております。
  慌ただしい入稿作業を終え、邦訳は、『民主主義は、いま――不可能な問いへの8つの思想的介入』という邦題で、2月に以文社から出版される予定です。
 第二の作業は、今年の9月にポルトガルのポルトで開かれる予定の国際学会の参加のための発表要旨の作成です。この発表の機会は、現在のフランスでの指導教官であるアラン・ブロッサ教授が、報告者を含め彼の指導学生に提案してくれたものです。学会の中心テーマは、「現代性の問い――国境、移動、創造」というもので、参加希望者は、このテーマに関するオーガナイザーの趣意書を踏まえて、英語と仏の発表要旨をまとめ、それを提出しなければなりません。
 この学会に先だって、1月13日には、「非合法移民の物語」と題された研究会が開かれました。そこで多くの発表者の人々が共通して扱ったのは、(戦争による)政治・経済・環境の危機によって、土地を離れざるを得なくなった「移民」の「移動」と、そうした「難民」の前に立ちはだかる「国境」の存在です。果てしない砂漠を横断し、茫漠とした海を、頼りない小さな船にぎゅうぎゅう詰めにされながら、渡った先で、多くの「難民」は、入国を許可されるまでの「待機ゾーン」と呼ばれる「キャンプ」に留められます。「フラット化する世界」(トーマス・フリードマン)とまで言われるまでに、人・物・情報の移動が障害物なしに加速化していくグローバリゼーションが喧伝される一方で、こうした「移民」と「国境」の問題は、そこに政治的問題が存在していることを指し示しています。
 実際、こうした議論の背景には、2007年にニコラ・サルコジ大統領が設置した「移民・ナショナルアイデンティティ省 ministère de l'Imigration et de l'Identité nationale」と、それを巡るフランスにおける人文・社会学の批判があります。とりわけ、この批判の担い手となっているのは、人類学者です。例えば、人類学者のミシェル・アジエ Michel Agierは、人文学や社会学の領域において、アイデンティティの概念が、いくつかの事柄を説明する際に有効であるということを認めたとしても、この概念は、根本的には定義不可能なものであると主張し、特定のアイデンティティを固定化し、カテゴライズする政治のあり方を痛烈に批判しています。
 フランスにおける、広い意味での、非フランス国籍者の滞在の問題は、とりわけその人が非ヨーロッパ系であれば、日常生活レベルでも無関係ではありません。ブロッサ教授が提起したこのような「現代性の問い」に対して、報告者は、ルフェーヴルの思想を位置づけるために研究しているポール・ヴィリリオとジル・ドゥルーズの考察に依拠して、発表しようと計画しています。現在、英語・仏語双方のレジュメを提出し、学会の審査委員による結果の通知を待っています。

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