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2011年11月 月次レポート(カン・ミンギョン ドイツ)

短期派遣EUROPA月次レポート(2011年11月)

カン・ミンギョン(ドイツ・国立ドイツ語研究所)

 今月は執筆中の原稿の書き直しと平行して,項構造分析に関する文献調査とデータ収集を行いました。今回は後者について報告させていただきたいと思います。
 動詞の項構造に関しては,結合価研究とも関連して,古くからすでに多くの研究が存在します。しかし個々の動詞が実際の言語使用において具体的にどのように用いられているかという観点から項構造パターンを分析・記述したものに関しては,まだ充分な成果が出されているとは言えないのが現状です。現在研究所の語彙部門で行われているプロジェクト「多義性と構文的バリエーション(Polysemie und konstruktionelle Varianz)」も,多かれ少なかれこのような問題認識がその背景にあるものと理解しています。私が先月から注目している「対格目的語(状態変化の主体)+方向の前置詞句」のパターン(たとえばdie Frucht in den Salat schneiden「果物をサラダの中へ切る(>切り入れる)」)もその一例です。この構文パターンは先行研究に記述が見られず,またそれを踏まえてエンゲルベルク先生との面談でも,データ分析を通じてこのような理論的研究で抜け落ちている部分を補うことの重要性を確認することができました。
 そこでまず,効率よくデータを収集するための方法を検討しました。英語なら動詞の意味グループごとの統語的特性(交替現象など)をまとめたハンドブックのような書籍がありますが(Levin 1993など),ドイツ語ではまだこれに相当するものがありません(いずれ研究所で出版する計画はあるようですが,このようなことからもドイツ語研究は英語研究にずいぶん後れをとっていると感じます)。E-Valbu(Das elektronische Valenzwörterbuch deutscher Verben: 研究所で作成されているオンライン結合価辞典)やタグつきコーパスなどの利用も検討しましたが,E-Valbuは元々収録語彙数が少なく,タグつきコーパスも規模が少ないうえに,「状態変化の対象+方向」といった意味的な部分の判断は機械的処理では不可能なため,結局類義語辞典などを利用して,動詞を手がかりにデータを収集することにしました。
 当面の課題はどのような動詞群でこの構文が形成可能かを調べることですが,今まで収集したデータによれば,形状の変化を表す動詞や料理動詞・料理関連のコンテクストで当該事例が多く観察されています。意味構造的には,基本的に1つの行為である対象の状態変化と位置変化が同時に行われる場合にこの構文による表現が可能のようですが,上例のdie Frucht in den Salat schneiden「果物をサラダの中へ切る(>切り入れる)」のように,使役的状態変化(切る)が先行してそれに位置変化(入れる)が付随的に生じる場合もあれば,das Hemd in den Koffer knautschen「シャツをトランクの中にしわくちゃにする(>しわくちゃにして入れる・入れてしわくちゃにする)」のように,どちらが先行しているか言い切れない場合もあります(ちなみにdas Glas in den Ausguss leeren「グラスを流し台に空ける」は位置変化が先行するパターンと言えるが,4格目的語(グラス)そのものの位置変化ではなく,その中身(水など)の位置変化という点で,厳密に言うと,上例とは区別される)。いずれにしてもドイツ語では,1つの行為・働きかけによりある対象の状態変化と位置変化がほぼ同時に行われる場合にこの構文による表現が可能なようですが,たとえばロシア語では*Zwiebeln in die Suppe braten「たまねぎをスープの中にいためる(>いためて入れる)」, *Schokolade in den Backform schmelzen「チョコレートを焼き型に溶かす(>溶かして入れる)」のような,2つの連続する行為を表わす場合にもこの構文が容認されるようです(「*」は非文法的な文であることを示す)。以上のようなことを踏まえ,今後さらにデータ分析と考察を続けていく予定です。

 最後に,今月に研究所の図書館で行われたイベントについてご紹介したいと思います。図書館では様々な国から来た研究者が日々それぞれの研究に励んでいますが,時々全員が集まってコーヒーを飲んだり,料理をしたりなど,図書館の皆さんや海外からの研究者同士がコミュニケーションがとりやすい環境も整っています(図書館の中にもミニキッチンがあり,図書館の入口近くにも数人で調理ができるキッチンがあります)。これまでも何度かこのようなイベントに参加してきましたが,今月は,料理だけでなく,みんなで絵を描く,という少し特別な企画がありました。それは4週間の予定で図書館に来ていた実習生(Praktikantin)の方からの提案で企画されたもので,彼女は元々コロンビア出身の芸術家というユニークな経歴をお持ちの方でした。事前に特にテーマを決めたわけでもなく,最初はどんな絵になるか想像もできませんでしたが,みんなでそれぞれの思いのまま少しずつ描いていくうちに,いろいろな気持ち・物語・メッセージが詰まった,素敵な作品が完成しました(写真)。タイトルはDie Kunst des Augenblicks(瞬間の芸術)です。今は図書館内に飾られています。

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