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2011年10月 月次レポート(中村隆之 フランス)

 短期派遣EUROPA月次報告書10月

中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)

先月はカリブ海フランス海外県グアドループ島およびマルティニック島への調査旅行を中心にご報告いたしました。この調査旅行を経て、今月から、新たな単行本のための原稿執筆に取り組みはじめました。この原稿は、グアドループおよびマルティニックの政治と文化との関係を歴史的に辿ることを主眼のひとつとしており、現在取り組んでいる研究の一環をなしています。来月刊行見込の『フランス語圏カリブ海文学小史』は総65頁(原稿用紙で130枚未満)ほどで長めの論文の分量でしたが、今回は500枚から600枚を予定しており、博士論文を再度書くという心積もりで臨んでおります。現在、関連資料を読解しつつ原稿を執筆するという作業を続けておりますが、今月はプロローグの執筆を終え、第一章の一部を書き進めました。第一章では、グアドループ、マルティニックの基本的考察として、フランス海外県に至る歴史的過程を概観する予定です。このため、今月は奴隷貿易が行われる以前の島々の状況、すなわち先住民社会についてジャン=ピエール・サントン編『カリブ海の歴史と文明』第1巻(2004年、フランス語)を主な参照資料として執筆を行いました。この後、奴隷制以降のカリブ海社会を資本主義との関係で論じる予定です。

先月の報告書では言及できませんが、9月下旬にカリブ海のネグリチュード詩人エメ・セゼールのインタビューを中心に編まれた訳書を共訳で上梓しました(エメ・セゼール『ニグロとして生きる』立花英裕・中村隆之訳、法政大学出版局)。本書はセゼールの晩年の回想録となります。聞き手を務めたフランソワーズ・ヴェルジェスはフランスにおけるポストコロニアル研究の中心的論客で、セゼールをアクチュアリティのなかで読み直そうとした野心的な論考が本書に付されています。さらに1956年に開かれた第1回黒人芸術家作家会議におけるセゼールの講演「文化と植民地支配」も併録されています。私が担当したのは主にセゼールのインタビュー部分になりますが、翻訳と校正作業を通じて、多くのことを学びなおしました。また、10月下旬に、折しも日本翻訳文化賞を受賞したパトリック・シャモワゾー『カリブ海偽典』(塚本昌則訳、紀伊國屋書店)の書評「来るべき世界の叙事詩」(33枚)が『思想』2011年11月号に掲載されました。本論では、小説の主題の一つを「支配された国で書く」(同著者の評論のタイトル)ことをめぐる問いに見出しつつ、その一端を紹介しようと試みました。

本研究との関係で今月参加した催しについてもご報告いたします。アルジェリア戦争終結が間近に迫った1961年10月17日、パリ市内でアルジェリア系住民によって行われたデモ行進が警察当局に弾圧され、多数の死者を出すという出来事がありました。今年の10月はその50周年として、この事件を想起するための盛大な催し、および、デモ行進が行われ、それらに参加しました。1959年12月、マルティニックで起きた都市暴動とその弾圧、1967年5月のグアドループでの弾圧など、ドゴール政権発足後の1958年から1968年の10年間、フランス国内で国家による武力行使がさまざまな形で行われきたことを、改めて思い知らされる催しでした。また、今年2月に逝去したエドゥアール・グリッサンを中心とした「全世界研究院」(Institut du Tout-Monde)の初回セミナーに参加し、同セミナーのコーディネーターであるパリ第8大学のフランソワ・ヌーデルマン氏の講義を聴講しました。今年度のセミナーの題目「エドゥアール・グリッサンの伝達と変貌」の意図することをめぐって講義は展開されました。28日にはパリ郊外ボビニーでセーヌ=サン=ドニ県主催で開催された「奴隷制から世界のクレオール化へ」という国際コロックに参加し、フランス政府による海外県住民の本土への移民政策をめぐるラウンドテーブル、奴隷制度の記憶をめぐるセッション、グリッサン思想をめぐる発表を聞くとともに、発表者と交流する機会をもち、有意義な時間を過ごしました。

 

 

 

 

 

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