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2011年10月 月次レポート(カン・ミンギョン ドイツ)

短期派遣EUROPA月次レポート(2011年10月)

カン・ミンギョン(ドイツ・国立ドイツ語研究所)

 日ごとに秋が深まる中,今月も落ち着いた快適な環境のもと研究に取り組むことができました。今回は2つのことについてご報告したいと思います。まず1つ目は,語彙部門のプロジェクト会議で発表の機会を頂いたことです。このプロジェクトは,動詞の項構造に関する実証的な分析を主要課題としているもので,私の研究テーマとも密接に関連しているので,そういう意味でも大変良い機会となりました。現在抱えている問題についてメンバーのみなさんの意見を聞くというスタンスで,発表では先月から取り組んでいる他自再動詞(使役的用法に対応する非使役的用法として自動詞と再帰動詞の両方が用いられる動詞;これまでの研究ではごく一部の例外的なものとして扱われていた動詞群ですが,今回の調査で,辞書記述の範囲を超えてかなり多くの動詞で両方の用法が確認されました(今のところ約30動詞))を中心にお話させていただきました。考察のポイントは,これらの動詞の自動詞・再帰用法に,他自動詞の自動詞用法・他再動詞の再帰用法とそれぞれ平行した意味特性の傾向が認められるかどうかですが,先行研究の検討およびデータ分析の結果,やはりそう単純にはいかないということが明らかになりました。もっとも他自・他再の意味的相違も一義的に規定できるものではなさそうなので,「程度の問題(eine Frage des Grades)」であることは確かですが,ここで重要なのは,同じ意味に対し複数の表現形式が存在しうること,逆に言えば異なる表現形式に同じ意味が認められうるということです。その事実を踏まえたうえで,それでも形式と意味の対応関係に(抽象的なレベルでの意味特性でなく,表面的なレベルでの特徴であっても)一定の「傾向」が抽出できるとすれば,例外も含めてその実態を記述するのも有意義であろうという話にまとまりました。なお,他自再動詞には,意味内容からして動作主性の低い動詞が多く含まれているのも特徴の1つとして捉えています。たとえばausleiern(使いつぶす・使いつぶされる), verschleißen(すり減らす・すり減る)のような動詞の場合は,他再動詞のabnutzen(使い古す)タイプ(abfahren, ablaufen, abtragenなど)の再帰用法と意味的に関連付けられる一方,自然現象的状態変化を表わすという点では自動詞用法との関連も考えられるので,そういう意味では非使役的表現として自動詞表現と再帰表現の両方が用いられるのも特に不思議ではないということになります。他自再動詞の典型例とされるabklühen(冷やす・冷える)の場合も,変化主体として結びつく主な名詞がLuft(空気), Verhältnis(関係), Emotion(感情), Konjunktur(景気), Wirtschaft(経済)などであることを考えると,使役的用法の主語は典型的な動作主より原因の解釈が妥当な場合があります。今後,このような点も視野に入れてデータ分析を精緻化させ,論文の一部として取り込む予定でいます。

 次に2つ目としては,状態変化動詞による,「状態変化の対象+方向規定語句」の項構造パターンについてです。たとえばDie Socken habe ich in die Handtasche geknüllt. (Berliner Zeitung, 03.04.2004)(私は靴下をハンドバックの中に丸めた(>丸めて入れた)),Hefe in die handwarm erwärmte Milch bröckeln, (...) (Hannoversche Allgemeine, 23.11.2009)(イーストを人肌ぐらいに温めた牛乳に細かく砕く(>細かく砕いて入れる))のようなもので,この構文パターンは,ある対象の「状態変化と位置変化」を1文で同時に表わしうるという点で興味深いと言えます。様態動詞(Manner-Verben)が方向規定語句と結びつきやすいことはよく知られていますが(たとえば,Er ist aus dem Saal getanzt.(踊りながらホールを出ていった)のような移動様態動詞,Blätter knistern über den Beton.(葉っぱがコンクリートの上を音を立てながら転がる)のような音声放出動詞など),結果動詞(Resultat-Verben)の場合,動詞そのものに結果が含まれているため,もう1つの結果(位置変化)表現につながる方向規定語句とは結びつきにくいという特徴があります(den Staub vom Mantel abklopfen(コートからほこりを叩き落す),den Mantel abklopfen(コートをたたいて(ほこりを払って)きれいにする)のように,「物の移動による場所の状態変化」を表わし,位置交替(locative alternation)を示す動詞はあるが,この動詞群は「状態変化の主体+方向規定語句」の結合パターンは形成しない)。しかし,上例のような結合パターンの存在は,状態変化動詞も一定の条件(たとえば,意味的に「移動」と関連付けられやすいなど)が整えば「状態変化+位置変化」表現を形成できることを示唆しています。あるいは,Der Beton bröckelt ins Becken. (Rhein-Zeitung, 31.03.2006)(コンクリートが洗面台にぼろぼろ落ちてくる)のような例で考えると,上挙の動詞には様態の意味要素が含まれているという見方もできるかもしれません。いずれにしろ,それぞれの類義語であるknautschen(しわくちゃにする), bröseln(小さくちぎる)においても同様のパターンが確認されているので,もう少し(形状の状態変化を表す動詞を中心に)関連動詞を収集して,同様の結合パターンが形成可能か調べてみようと考えています。

  このように次から次へと新たな問題提起が出てきていますが,派遣もそろそろ終盤の時期になりましたので,残りの時間は,研究対象を広げるよりも,これまでやってきたことを整理して具体的な成果につなげることを目標に頑張りたいと思います。


 

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