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2011年1月 月次レポート(中村隆之 フランス)

短期派遣EUROPA月次報告書1月
                                  中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)

今月は先月に引き続き研究に必要な資料の読解を中心に行いました。先月、ジャック・コルザニ『フランス領アンティーユ・ギュイヤンヌ文学』(全6巻)(La littérature des Antilles-Guyane françaises, vol.6, Editions Désormeaux, 1978)を通読しましたが、今月は、ここで示されている見取図と、この後に続く文学史研究および概説書(ロジェ・トムソン『肌の侵犯』全2巻、マリーズ・コンデ『アンティーユ小説』全2冊、パトリック・シャモワゾー/ラファエル・コンフィアン『クレオール文芸』)をもとに、本研究課題「フランスにおけるカリブ海文学の展開 1930年代-1980年代」に沿ったカリブ海文学史の執筆の準備を始めました。そこで、これまで収集してきた資料のうち、いくつかの文学作品を読む作業に取り掛かりました。

まず読み始めたのはオーギュスタン・マクーバ『エイア、わが兄弟!』(Eïa,Man-maille là!, 1981)およびダニエル・ブックマン『奴隷船』(Les négriers, 1978)です。いずれも戯曲であり、1960年代以降にマルティニック・グアドループで高まるアンガジュマン文学の流れに属する作品です。マクーバの作品は、1959年のクリスマスの時期にマルティニックの都市部で三日間にわたって続いた暴動を題材にしています。この「1959年12月事件」はマルティニックでは民族意識の契機として位置づけられることの多い重要な出来事です。しかし、これを表現するマクーバの作品は残念ながら時代の制約をきわめて強く受けていると言わざるを得ません。『エイア、わが兄弟!』はマルクス主義美学に基づきマルティニック民衆の民族意識の覚醒と革命への待望を表現しようとしたのだと考えられますが、革命のプログラムに現実を従属させようとする作者の意志が透けて見え、今日では文学作品としてよりも歴史資料として読む価値があるといえます。ブックマンの戯曲もまた、現実の出来事を取り上げています。「1959年12月事件」に加わったのは学生や失業中の若者であるといわれており、フランス政府は潜在的な叛乱分子であるアンティーユの若者たちの失業対策として、海外県移民局(BUMIDOM)を作ります。BUMIDOMが担ったのはアンティーユの若者たちをフランスへ「移民」させることです。若者たちにフランス行きの片道切符を与えることで多くの若者たちをフランス本土へ移住させることに成功します。これにはフランス本土が経済成長を遂げて移民労働を必要としていたという背景があります。ブックマンはこのBUMIDOM政策を新たな「奴隷貿易」だと捉え、これを題材にした戯曲を書きました。それが『奴隷船』です。マクーバ作品と同じ傾向がありますが、フランス政府のBUMIDOM政策をフランス本土で働けるチャンスだと思っていたこの時代の多くのマルティニック人・グアドループ人に対して、これが「罠」であるという認識を提示したという点で(フランス本土行きを奴隷船のアナロジーで捉えた点で)、ブックマン作品はマクーバ作品よりも興味深く思われます。

このほかに、マリーズ・コンデの評論『女たちの言葉』(La parole des femmes, L'Harmattan, 1993)および『黒人奴隷の文明』(Civilisation des bossales, L'Harmattan, 1978)、ルネ・マランの小説『バトゥアラ』(Batouala, Albin Michel, 1921)、パトリック・シャモワゾー『カリブ海偽典』(塚本昌則訳、紀伊国屋書店、2010年)を読みました。ルネ・マランについては先月の報告書でこの作家をめぐる国際コロックの模様をお伝えしましたが、この作家の代表作『バトゥアラ』をこれまで読む機会を逸してきたため、国際コロック出席を機会に読みました。この小説は作家本人の序文がアフリカにおける植民地秩序の告発として有名であるため、小説もまたそうした趣があるのかと思っていましたが、きわめて洗練された、高度なフランス語の文体で、アフリカの部族社会の風景と生活、それを取り囲む植民地の環境が描かれており、物語よりも風景描写の方が印象に残る作品でした。マリーズ・コンデの評論のうち、『女たちの言葉』はアンティーユの作家をとおして女性たちの視点を浮かび上がらせる試みであり、『黒人奴隷の文明』はマルティニック・グアドループの口承文芸(民話)を取り上げた小著です。コンデは小説家として知られていますが、研究者としても高い能力を発揮し、上述の評論はどちらも読み応えがありました。シャモワゾーの『カリブ海偽典』は日本語訳で1000頁近い小説ですが、近年のシャモワゾーの代表作であるのみならず、アンティーユ文学史上の一大傑作であることは疑いえません。

資料収集の面では、ジャック・コルザニの文学史およびマリーズ・コンデの『女たちの言葉』を手がかりに主に女性作家の作品を収集しました。ミシェル・ラクロジルの小説三作『サポティーユと粘土のカナリア』(Sapotille et le serin d'argile,Gallimard, 1960) 、『カジュ』(Cajou, Gallimard,1961)、『また明日、ジェブエルマ』(Demain, Jeb-Herma, Gallimard,1967)、シュザンヌ・ラカスカード『クレール=ソランジュ アフリカの魂』(Claire-Solange,âme africaine, Eugène Figuière Editeur, 1924)、ジャンヌ・イヴラール『プリューヌ・ド・シテールの果実』(Les Prunes de cythère, Minuit, 1975)といった現在絶版の作品を図書館と古書店を通じて入手しました。

先月から国際大学都市に住む友人たちと開始したエドゥアール・グリッサンの詩的散文集『意識の太陽』の輪読は週一回のペースで続けており、よい勉強の場となっています。授業では、今月から開講したフランス文学者アントワーヌ・コンパニョンのコレージュ・ド・フランスでの講義「1966年 驚くべき年」を聴講し始めました。この講義の模様に関しては後日報告いたします。また、知識を広げるため、哲学者ジョルジュ・アガンベンのパリ第8大学での講義、人文地理学者オーギュスタン・ベルクのフランス社会科学高等院での講義にも参加しました。来月は中旬にフランス語による講義が控えており、講義終了まではそのための準備に追われると思われます。これについては来月ご報告いたします。

 

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