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2010年8月 月次レポート(中村隆之・フランス)

短期派遣EUROPA月次報告書8月

                     中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)

2010年8月から12ヶ月、短期派遣EUROPAのご支援を受け、パリに研究滞在をする予定です。現在、フランス社会科学高等研究院(EHESS)に客員研究員として所属しております。第一回目の月次報告書として、今回は自己紹介を兼ね、私の研究についてご報告したいと思います。

私は「フランス語圏文学」のなかでカリブ海地域の文学を研究しております。フランス語圏のカリブ海地域とは、ハイチ、マルティニック、グアドループ、ギュイヤンヌ(「仏領ギアナ」と書くのが慣例ですが、フランス語による読みに即してこう表記します)を指します。これらはすべてフランスの植民地でした。1804年に独立した――今年1月の大地震によって突如世界から注目された――ハイチをのぞけば、三つの地域は現在フランス共和国の一部で、海外県です。私が関心を寄せているのは、フランスとの関係がとりわけ深い、アンティーユ(フランスではマルティニックとグアドループを指して特にそう呼びます)とギュイヤンヌの文学です。

フランスの海外領土であるアンティーユとギュイヤンヌと本土フランスとの関係は、ちょうど〈中心〉と〈周縁〉の関係にあります。文学においても同じことが言えます。しかし、〈周縁〉は〈中心〉を揺るがすような文学や思想を生み出してきました。エメ・セゼール(1913-2008)がその代表格です。今日、マルティニック島の輩出したこの黒人詩人の代表作「帰郷ノート」と「植民地主義論」は、フランスの大学受験資格(バカロレア)の指定図書です。もちろんこれを〈中心〉による〈周縁〉の回収と捉えることもできますが、〈中心〉が多極化する兆候と受け取ることもできないではありません。要するに、私が述べたいのは、今日フランス文学とは、本土のフランス文学だけを指すものではない、ということです。「フランス語圏文学」という今では定着した言い方は――その表現の陰影をひとまず措けば――この意味で多様な、多極化したフランス文学を指し示すものだと言えるでしょう。

私の研究課題は「フランスにおけるカリブ海文学の展開 1930年代―1980年代」です。私はこれまでにアンティーユの作家エドゥアール・グリッサン、フランツ・ファノンについて個別に研究をしてきましたが、カリブ海文学の展開を俯瞰するような視点を養う努力を怠ってきた感があります。今回のパリ滞在では、資料収集やカリブ海文学を専門とするフランスの研究者との交流を通じて、研究課題を遂行できるよう、研鑽を積み重ねて参りたいと思います。

研究の進捗状況に関しましては、今月は「ディアスポラ、ネグリチュード、ナショナリズム フランス語圏カリブ海地域のディアスポラ知識人と文学」(仮題)という論考を準備しておりました。『ブラック・ディアスポラ』(明石書店)という本の一章として寄稿する予定のものです。このために、市内の図書館や書店に赴いて資料収集を行うとともに、論考の執筆作業を行いました。この論考は、1930年代から50年代にかけてのカリブ海文学の展開を、黒人意識を表わす「ネグリチュード」と「ナショナリズム」をキーワードに跡付けるものです。紙面の制約のため、エッセンスのみの紹介になりますが、私の研究課題の基礎をなす仕事として日々執筆に励んでおります。この仕事に際し、パリで収集する資料に大変助けられております。

来月以降、パリでの研究と生活の環境につきましてご報告いたします。

最後になりましたが、短期派遣EUROPAのご支援に感謝申し上げます。今回の滞在を有意義に活用し、研究を前進させたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


 

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