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2010年7月 月次レポート(平田 周・フランス)

短期派遣EUROPA月次レポート(7月)
                                                  平田 周

 報告者は現在、パリ第八大学の哲学科に9月提出予定の修士論文(分量として80頁ほど)を準備しています。フランスのマルクス主義哲学者兼都市社会学者アンリ・ルフェーヴル(1901~1991)の「日常生活」、「都市」、「国家」の三つの主題の再検討を通して、これまで、それらの主題と別個の主題として切り離されて論じられてきた彼の「空間」の思想を明らかにすることを目的としています。報告者は、東京外国語大学修士課程(2006-2008)での哲学者兼都市計画家であるポール・ヴィリリオ(1932-)の研究を通じて、ルフェーヴルの研究に至りました。本人の意図とは別に「ポスト・モダン」の思想家と分類されるヴィリリオと、疎外論に依拠した人間主義的マルクス主義者と一般に評されるルフェーヴルの関係が、空間という主題を通して浮かび上がることに興味を抱きました。なぜなら、ここには一般的な思想史的な分類(モダニストやポスト・モダニスト)やイデオロギー(マルクス主義か否か)を超えて、それぞれの思想家が対峙した時代状況との関わりで共通して問いかけられているものがあるからです。もちろん、その問題はわれわれの現在の状況とも密接に関わっているものです。フランスに限っても、ルフェーヴルが都市を主題とした著作を書き始める1970年代を前後して、国家を介した都市政策が際立ち始め、そのあり方が問われるものとなっていきます。グローバリゼーション下の現代の都市開発の規模は、領土規模になり、身体の尺度を超えています。こうした文脈を踏まえて、誰もが身近なものとして把握できる「日常生活」と、そのような感覚的な次元では捉えることのできない「都市」や「国家」の理論とを結びつけたルフェーヴルの思想の内実を明らかにし、その思想がフランスの現代思想において占める位置を見定めることは、今日的な課題であると考えています。
 以上の動機を背景に、フランス語による修士論文の執筆に着手し、今月末までには40頁ほどを書き終えたところです。しかし、フランス語に関しては、より練り上げる必要があります。7月に入って哲学や哲学史の講義のレポートを提出し、論文提出のための必修単位を得たので、ようやく論文に専念することができる時間がもてました。それゆえ、この派遣の機会を最大限利用し、論文を進めていきたいと思います。
 ところで、この度の派遣において、報告者は、フランス思想を実地で学ぶだけでなく、現在取り組んでいる「空間」という主題を感覚の次元においても理解するために、パリを中心にフランス国内の主要都市(可能であれば近隣諸国の各主要都市)を調査しながら、その風景や雰囲気を感じ取りながら、都市の歴史の知識を深められるように努めたいと考えています。専門としている学問領域はあくまで哲学・思想ですが、都市や空間を主題とするため、建築史や都市史の領域にも意識的に目を配りたいと思います。そこで、今月末、論文執筆の合間を縫い、ヴィリリオとクロード・パランが、パリの南にある内陸の町ヌヴェールに建てたサン・ベルナデット・バンレー教会を、建築史を学ぶ学生と一緒に、訪れました。ヴィリリオとパランは、彼らが中心となって組織した「建築原理」(1963-1966)という集団で活動していた時期に、この教会を建てました。クロード・パランについては、『斜めにのびる建築』の邦訳(戸田穣訳、青土社、二〇〇八年)があり、今年2010年1月20日から5月2日にかけて、パリの建築遺産博物館でもクロード・パランをめぐる展示会が行われています。
 さて、この教会ですが、フレデリック・ミゲルーが1996年にヴェネチア・ビエンナーレのフランス館で展示し、「再発見」されるまでは、忘れられた建築でした。しかし、現在では、フランスの歴史遺産のリストにも加えられています。
 今でも週に一度礼拝が行われている教会は、保存状態は決していいとは言えませんが、十分に訪れる価値のあるものでした。コンクリートむき出しで、潜水艦のような物々しい印象を与える建物の外観とは対照的に、その内部空間は、外からはいりこむ太陽の光に応じてその様子を変えていきます。天井の高いゴシック建築が歴史的に多く建てられてきたフランスのなかで、この教会はその外観とは反対に、あるいはその潜水艦の形から類推できるように、人を包み込むような内部空間をもっています。加えて、身体と地面との関係を問い直すべく、ヴィリリオとパランの「斜めの機能」というコンセプトが実現された空間は、確かに通常の地面に対する身体感覚を変えてくれるものです。このような機能をもった教会が、単に「現代建築」としてではなく、この町の日常においてどのように実際に機能しているかについても思いをめぐらしました。
 建築や都市を含めた広義の「空間」を主題とした研究は、諸々の空間についての議論に終始するのではなく、実際に対象になっている空間を訪れてみることで、認識が広がることがあります。こうした経験の機会は、報告者の研究計画の意義を認めて頂き、研究を支援してくださる環境において、与えられています。それゆえ、自分の研究に関わるかぎりで多くのものを摂取して、研究成果として形にしていくことで、少しでもこの貴重な支援に報いることができればと思います。

        Hirata7-1.JPG  Hirata7-2.JPG
        サン・ベルナデット・バンレー教会 外観    サン・ベルナデット・バンレー教会 内部

 

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