トップ  »  新着情報  »  2010年12月 月次レポート(平田 周・フランス)

2010年12月 月次レポート(平田 周・フランス)

短期派遣EUROPA月次レポート(12月)
                                                                平田 周

  パリでの留学生活も2年目となり、パリの冬を再び迎えておりますが、今年は昨年と比べて雪が多く、例年日本よりも低い気温はさらに低く感じられます。しかし、日本の実家が木造で毎年冬になると寒い思いをしたのに対して、大学都市の多くの館は、セントラル・ヒーティングを備え、部屋にいるときは日本よりも暖かく、快適に過ごしています。
  こうした生活環境のためか、2年目の冬にして引きこもりがちな傾向を呈していますが、12月10日に、ジャン=ルイ・デオット教授の指導の下、アンリ・ルフェーヴルについての博士論文を提出した、シルヴァン・サングラ Sylvain Sangla氏の口頭試問が行われたので、出席しました。論文のタイトルは、『アンリ・ルフェーヴルにおける政治と空間 POLITIQUE ET ESPACE CHEZ HENRI LEFEBVRE 』です。これまで、いつくかの博士論文の口頭試問を見てきましたが、自分と同じ研究対象についての論文審査は、初めてのことなので、審査のやり取りのみならず、審査員の選択など様々な点を学びたいと思いました。以下では、審査のなかで印象に残った点を報告したいと思います。
  パリ第八大学での博士論文の審査は、少なくとも4人の審査員から構成され、そのうちの半分をパリ第八大学の教員から、そして残りの半分を外部から選ぶことが認められています。デオット教授の他に、審査に加わったのは、ギー・ビュルゲル Guy Burgel教授(元パリ第十大学都市地理学研究室の主任を2006年まで務め、現在建築アカデミーの会員)、アラン・ベルトAlain Bertho教授(パリ第八大学人類学部教授、フランスや世界の都市の暴動の調査を行っている)、フランク・フィシュバッハ Franck Fischbach教授(ニース・ソフィア・アンチポリス大学哲学科教授、シェリングとヘーゲルらドイツ観念論の研究から出発して、独自の社会思想を打ち立てている)の3人です。
  個人的には、ルフェーヴルの思想における疎外概念との関連で、フィッシュバッハ教授のコメントに興味を抱いていました。というのも、彼は、カール・マルクスの1844年の『経済・哲学草稿』の仏訳・解題し、「疎外」の概念を現代の批判理論として取り上げているからです。他方で、審査員の専門領域が通常の試問よりも複数にまたがっているのを目の当たりにして、ルフェーヴルを研究するにあたって求められる特殊性を新たに実感しました。
  2009年に出版されたルフェーヴル研究の多くは、伝記的なスタイルで書かれたものでした。つまり、時系列にそって、ルフェーヴルの全体像を示すものです。こうしたアプローチにしたがって書かれたルフェーヴル研究をいくつか読んで、報告者は、時間の進展とともに思想の発展が記述されているように一見思えながらも、ルフェーヴル思想の個々の主題の内実が十分に明らかにされていないような印象を抱きました。サングラ氏が口頭試問の始めに論文のレジュメで触れたのも、こうした対象へのアプローチの問題でした。それは大まかに二つに分けることができます。つまり、時系列的方法と主題的方法の二つです。サングラ氏は、ルフェーヴルが都市について書いた主題を時系列的にまとめる方法を選んだと述べました。このアプローチは、報告者が、ルフェーヴルにおける「日常生活」、「都市」、「国家」という三つの主題に焦点をあてて研究するのとは対照的であるように感じました。しかし、いかなる方法を選択しても、その思想家の主題の特殊性をしっかりと説明することが最終的に重要なのではないかと思います。
  サングラ氏とフィッシュバッハ教授のやり取りにおいても、この点が問題になっていたように思います。フィッシュバッハ教授は、時系列的なアプローチの選択ではなくて、ルフェーヴルの思想の継起において、しっかりと道筋をつけることが問題であると述べました。教授は、例えば、サングラ氏の論文において、ルフェーヴルの疎外概念を扱うときに、その概念が、フォイエルバッハやヘーゲル、マルクスらのそれとどのように違うのかを示すことで、その特殊性を明らかにしなければならないのではないかと、コメントしていました。試問の時には、まだ彼の博士論文を読んでおらず、試問のなかでのやり取りを聞きながらその内容を推測することしかできないので、どちらの主張が正しいのかは、判断できませんでしたが、発言自体は正しいものです。
  論文審査終了後、サングラ氏に、彼の博士論文を送ってくれるように頼みました。話を伺うと、2010年1月12日に亡くなったダニエル・ベンサイード教授の指導をもともと受けていたことがわかりました。ベンサイード教授が、彼にルフェーヴルの修士論文を書く学生がいるということを話してくれていたので、報告者のことをすぐにわかってくれました。フランスの大学での留学の最初の引き受け手になって頂いたベンサイード教授に、他にも面倒を見て頂いていたのだということを遅れて知りました。
  サングラ氏に論文を送って頂き読んでみると、時系列的でも、主題的でもなく、類型的な形でまとめられているという印象を持ちました。ルフェーヴルの都市の著作だけでなく、シチュアシオニスト、デヴィット・ハーヴェイ、マニュエル・カステル、ジャン=ピエール・ガルニエといったルフェーヴルが影響を与えた都市理論家についても頁が割かれており、報告者の研究の主題の中心ではありませんが、研究しなければならなかった点について、多くを教えてくれるものです。報告者もサングラ氏に負けず劣らない論文が書けるように研究に精進したいと思います。

 

 

このページの先頭へ