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2010年10月 月次レポート(中村隆之 フランス)

短期派遣EUROPA月次報告書10月

                            中村隆之(東京外国語大学リサーチフェロー/フランス社会科学高等研究院)

 2010年はフランスにおいてはアフリカ独立50周年の節目に当たります。ヨーロッパ列強の植民地であったアフリカ大陸の中央部とその以南に位置する地域の大部分が一斉に独立を果たしたのが1960年であったこと、そしてこの年にフランスがアフリカの植民地をほぼ手放したことはよく知られています。しかし、旧宗主国フランスとアフリカの新興独立諸国とのこの半世紀の関係については実はほとんど知られていないように思われます。10月、このアフリカ独立50周年を祝うために行われた数々のイベントは、フランスと独立後のアフリカとの関係を考えさせる、陰影に富んだ複雑なものでした。

 今月はケブランリー博物館で二週間にわたって開催された、アフリカ独立50周年を記念した講演会および映画上映会に参加しました。鑑賞したものは、50年代のパリを舞台にアフリカからの移民・学生の生活を移した記録映画「セーヌ川のアフリカ」、マリの学生運動と独裁政権批判を目的としたバンバラ語によるフィクション「ファイネ」、ヌーヴェル・ヴァーグの影響を受けた「前衛的手法」による、フランスにおけるアフリカ移民の現状と差別とを告発した傑作「ソレイユ・オー」、セネガルの小説家・映画監督として知られるサンベーヌ・ウスマンの佳作、フランスの旧植民地であるアフリカ諸国独立の模様を記録した映画等です。今回上映された作品は、映画祭等で一部紹介された可能性はありますが、日本では基本的に未公開であると思われます。したがってこれらの映画を鑑賞できたことは、フランスからの独立とは何だったか、という私にとって避けがたい問いを映像を通じて考えるための貴重な機会でした。

 私の研究課題は、海外県と呼ばれるフランスの旧植民地マルティニック、グアドループ、ギュイヤンヌ出身の作家たちが担うフランス語圏カリブ海文学の展開を辿ることにあります。その意味で、「アフリカ」を「起源」とするカリブ海出身の作家の文学を考える際に、「アフリカ」は大きな参照項であることは言うまでもありません。しかし、ここで私がとりわけ関心を払うのは、脱植民地化後の「文学」のあり方です。植民地出身の知識人が行う「文」による表現(詩、小説、思想など)は、多くの場合、出身地の政治・社会・歴史的状況と切り離せません。私の考えでは、カリブ海地域の「文学」において「独立」は大きな希望として捉えられる傾向にあります。しかし、独立後の「アフリカ」はその後きわめて深刻な事態を経験し続けています。カリブ海地域で夢見られる大文字の「独立」に対して、実際に独立したアフリカ諸国が直面する困難を同時に考えなくてはならないという思いを深くしています。

 このために、私は現在アフリカの脱植民地化運動について調査する必要があると考えています。昨年のマルティニック滞在の際に海外県における政治状況については社会運動を中心に調査しました(「フランス海外県ゼネストと『高度必需』の思想」『思想』2010年9月号所収)。この調査を通じて、セゼールによる海外県化の選択と、それに続く独立運動とその弾圧の歴史がある程度明らかになりました。同様に、アフリカの脱植民地化がどのように行われたのかを知ることも重要です。現在、私は、フランス海外県の脱植民地化とその後の状況は、アフリカの脱植民地化との比較において捉える必要があると考えています。

 フランスからの植民地解放運動について考察することは、とりもなおさず国民国家フランスの植民地政策について考察することです。たとえばフランスは「アフリカの友」であるという通念がありますが、このことはフランスの対アフリカ政策を見た場合には否定されるべきでしょう。フランスという国民国家が、海外県として維持するカリブ海地域と、独立を容認したアフリカに対してどのような政策をとってきたかを知ることは、私の研究課題の基盤にかかわる重要な問題圏であると認識しています。

 このような関心から、今月21日、22日に社会科学高等研究院アフリカ研究所の主催で行われたアフリカ独立をめぐる国際コロックに足を運びました。先々月から読んできた砂野幸稔氏の二、三の論考にはこの問題を考えるうえで大きな啓発を受けました。現在は『フランサフリック』の著者として知られるフランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャーヴ氏の著作を幾つか読んでいます。

 今月はこのほかにパリ滞在中の学友に誘われて哲学者アラン・バディウの授業を聴講したり、パリの都市拡張150周年の特別企画を見学したりしました。所属機関では受入研究者であるパトリック・ベイヴェール先生と面会し、近況を報告しました。また、日本研究所所長のギョーム・カレ先生の依頼により「日本の近現代史」の研究セミナーで来年2月に報告を行うことになりました。報告タイトルは« Réception et enjeux culturels de la créolité au Japon »(日本における〈クレオール〉の受容と文化的争点)です。

 11月末には立命館大学の秋季講座で報告を行う予定です。報告タイトルは「『高度必需』とは何か?――フランス海外県からポストコロニアル状況を考える」です。現在はこの報告原稿準備のために西川長夫『〈新〉植民地主義論』や花崎皋平『アイデンティティと共生の哲学』などを読み、民族主義について改めて考えているところです。

 

 

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