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2009年5月 月次レポート(足立享祐 イギリス)

月次レポート(20095月分)

 

ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)派遣者

足立享祐(2009322日~921日)

 

 現地到着後、2ヶ月が経過した。研究上のメンターをお願いしているRavi Ahuja教授との面談後、毎週行われる南アジア史のゼミを聴講させていただくことになった。報告者のテーマに応じて南アジア部門の教員が複数参加し、院生の発表に対し、それぞれの専門からコメントを加えていくというスタイルからは、イギリスにおける南アジア研究者の厚みを感じさせると共に、研究活動のみならず学生への教育に力を入れていることが伺える。

 

 前回の月例報告で述べたように、特に今回の派遣期間中においては、研究テーマである19世紀のマラーティー語研究に関連する資料、特に辞書や文法書を中心に調査を進めている。

 

 SOASアーカイヴズの所蔵する貴重資料の一つが 1640年にゴア近郊のラショール(Rachol)で刊行された『カナラ語文法 Arte da lingoa Canarim composta pelo Padre Thomaz Esteuao da Companhia de IESVS & acrecentada pello Padre Diogo Riberto da mesma copanhia e nouemente reuista & emendada por outrtos quatro padres da mesma companhia』である{SOAS EB.64.17}。イギリス人イエズス会士・スティーヴンズ(Thomas Stephens: 1549-1616)は、ハクルートの『イギリス国民の主要航海 Haklut, R., The principal navigations, voyages, traffiques & discoveries of the English nation 』に登場し(1906年版 vol.6, pp.377-385)"喜望峰経由でインドに到達した最初のイギリス人"として描かれた人物である(例えばArber, E. An English garner, 1877. vol 1. p.130)

 

 スティーブンズは、1579年にゴアへと至り、1616年にPurana Christao1622年にDovtrina Christam em lingoa Bramana Canarimなど幾つかの教理書を残している。分けても彼の手稿を元にして印刷された本書は、インドにおいて印刷された最初期の文法書の一つとされている(Priyolkar, The Printing Press in India. Bombay, 1958p.18.)。 標題に"lingoa Canarim"とあるように、本書は"カナラの言語"を取り扱うものであるが、現在の標準カンナダ語(Kannaa/Canarese)とは異なり、彼が活動したゴア周辺の言語ないしは方言を反映しているとされる。

 

 本書が16世紀から17世紀における西部インドの言語資料として重要なのは云うまでもないが、更に注目すべきなのは、この時期に作成されたゴアのキリスト教宣教師の著作が、19世紀以降のゴアでのコーンクニー(コンカニ)語運動の中で、その論拠として取り上げられるようになったという点である。この頃までに、隣接するイギリス東インド会社ボンベイ管区においては、マラーティー語がデカンの語法に基づき、その地歩を固めつつあり、ゴアにおけるコンクニー語運動は、コンクニーを一つの「言語」とするか、あるいはマラーティー語の一つの「方言」と考えるかを巡る争いとして展開するが、本書はまさにその嚆矢となったのである。

 

 『カナラ語文法』は、1857年にポルトガル領ゴアの司政官(Secretario do Governo General do Estado da India)であったクーニャ・リヴァラ(Joaquim Heliodoro da Cunha Rivara)による『コンカニ語文法 Grammatica da lingua Concani, composta pelo Padre Thomaz Estevao, e accrescentada por outros padres da Companhia de Jesus, segunda impressao』の中で復刻された。本書には自身による『コンカニ語史小論 Ensaio historico da lingoa Concani』とアジア協会ボンベイ支部報に掲載されたペリーによる論文「インドの主要言語の地理的分布Perry, E. 'The geographical distirbution of the principal languages in India'」のポルトガル訳が含まれている。本書もまたSOASアーカイブズに所蔵されている。{EB85.869 /28765}

 

2009531

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