活動報告

Activity Reports

センターの活動報告です

東京外国語大学国際日本研究センター 対照日本語部門主催 『外国語と日本語との対照言語学的研究』第24回研究会 (2018年3月3日)

日時:2018年3月3日(土)14:00 ~ 17:50
場所:研究講義棟 419 号室 語学研究所

発表:第二言語話者が参加する会話の研究  大津 友美氏(東京外国語大学:談話分析)
   チュクチ語における自他動詞の派生関係 
    呉人 徳司氏 (東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所:言語学、チュクチ語)
講演:日本アニメ英語翻訳のローカル化・グローバル化・「ハイパーローカル化」
    井上 逸兵氏(慶応義塾大学:社会言語学、英語学)

「第二言語話者が参加する会話の研究」大津友美先生

 大津先生は、通常、母語話者同士の分析に使われる会話分析(Conversation Analysis)の手法を第二言語話者が参加する会話の研究にいかに応用できるか、またその結果をどう日本語教育に生かせるかという2点を中心に話された。会話分析とは1950年代にH.Sacksを創始者とし、その後、E.A.Schegloff G.Jeffersonによって展開された社会学エスノメソドロジーを基盤とした会話の分析の手法の一つである。会話を秩序立ったものとして展開するために、会話参加者がしているやり取りを明らかにすることを目的としている。会話分析の特徴としては、当事者が自分たちの相互行為の展開をどう分析しているかを観察する"emic"な視点からの分析であること、またそれぞれの相互行為のその時々の状況に敏感に対応するという"context sensitive"という特徴がある。
 その後、Firth & Wagner(1997,1998)などから会話分析を取り入れた第二言語習得研究が盛んになり、現在では下記のとおり、研究の種類は多岐にわたる。

① 相互行為能力(interactional competence)に関わるもの
② 第二言語話者のカテゴリーに関わるもの(できることの記述、アイデンティティ協働構築など)
③ 第二言語話者が参加する相互行為に関わるもの(formal/non-formal institutional setting ,casual conversation)
④ 教材や教授法に関わるもの(森(2004)、岩田(2016)など参照)

相互行為能力の構成要素に関する考え方は研究者によって様々であるが、会話分析を用いて、それぞれの能力がどのように変化しているかを通時的に観察する縦断的な研究が広く行われている。たとえば、語りの聞き手としての反応が、「聞いている」「わかっている」ことを示すあいづちなどのサインから、相手の語りと似たような語りを返すといった変化などである。
 さらに、相互行為能力の評価として従来の口頭テストが実際の会話に相違点が見られる点や、専門分野での活動に参加する能力の評価が測られていない点など実際の相互行為能力の評価には検討が必要であることが主張されている。
 今後、会話分析の手法が第二言語習得に応用される可能性は限りなく、第二言語習得研究のパラダイムが変わりつつあることが実感できる貴重な発表であった。(谷口龍子)

「チュクチ語における動詞の自他の派生関係」呉人徳司先生

 チュクチ語は、アジア大陸の北東端(ロシア連邦)、チュコト半島およびその周辺で話されている言語である。チュクチ語研究の専門家である本学AA研の呉人徳司先生により、チュクチ語の動詞の自他の派生関係についての研究発表があった。
 まず「1.チュクチ語の類型論的な特徴」で、チュクチ語が能格型の言語であり、1語の中に多くの形態素を取り込むことができるという特徴が紹介された後、「2.動詞の分類」で動詞が取りうる名詞項の数から自動詞と他動詞の位置付けが確認された。
 次に「3.動詞の自他と名詞項」では、自動詞と他動詞の形態的対応関係を、(1)自動詞語幹から他動詞語幹の派生、(2)他動詞語幹から自動詞語幹の派生、(3)共通語根から自動詞・他動詞それぞれの語幹の派生という3種類の対応について、それぞれ豊富な実例を挙げながら詳しい説明がなされた。とりわけ(2)の他動詞語幹から自動詞語幹の派生にはさらに逆使役(anticausative)と逆受動(antipassive)という2つの方法があり、チュクチ語の特徴的な派生として興味深い解説があった。
 「4.動詞の使役と名詞項」では、チュクチ語で発達している形態的使役についての分析が紹介された。使役動詞を派生する際に用いられる接周辞に基づき、6つの使役動詞の派生パターンが論じられた。中でも形態的には逆受動だが機能的には使役の働きをするという興味深い派生パターンについては特に詳しい分析と紹介があった。最後に「5.名詞抱合と動詞の自他」でチュクチ語の形態法を特徴付ける重要な手法の1つである名詞抱合についての分析があった。
 呉人徳司氏の研究発表は内容が盛りだくさんであり、時間の関係で一部の現象の紹介を省略せざるをえないほどであった。質疑応答の時間も、日本語の使役とチュクチ語の使役の相違点について活発な議論が行われ、非常に充実した研究発表となった。(降幡正志)

「日本アニメ英語翻訳のローカル化・グローバル化・「ハイパーローカル化」」井上逸兵先生

 標題の「ローカル化」「グローバル化」「ハイパーグローバル化」は,アニメ等の日本コンテンツの英訳に見られる傾向の変化を捉えたものである。井上氏はこれを「となりのトトロ」などのアニメの英語(字幕)翻訳を具体的に示しながら論じた。
 「ローカル化」は主に1990年代の英訳に見られ,アメリカ文化への受入れられやすさに配慮した「受容翻訳」を指している。「となりのトトロ」の英訳(1993年版)では,サツキたちが引っ越してきたシーンで,父親の「引っ越してきましたー。よろしくお願いしまーす。」という挨拶が,"Looks like we're going to be neighbors! Pleasure to meet you!" と訳されているなどがその例である。他に,日本語では「じゃまだなあ」という陳述型の表現が,英語訳では "Move!" という行為指示型の表現になっている(ただし「行かねえ方がいいぞ」に "I wouldn't go" を当てるという逆の対応もある)例や,サツキが畑のきゅうりを食べる際の「いただきます」に,友だちのミチコのことを考えての "Michiko will be jealous!" という訳が当てられている例,さらに「おうちの方はいらっしゃいますか?」に対して,少年が言葉を発せずに農作業中の父親を指さして答えているが,英訳では "There!" と言葉を補っているなどの例も挙げ,このような対応は,ポライトネス理論の枠で捉えられると説く。
 ビジネス文書などには日本語から英語を介して中国語へ翻訳されるというような重訳(relay translation)がしばしば見られるが,このように英語を非母語話者にも分かりやすい仲介言語としても利用することを英語の「グローバル化」と見なすことができる。日本アニメの英訳にも2000年代に入ってグローバル化が見られた。1990年代と2000年代の翻訳データを比べると,受容翻訳のための語句の挿入,削除,置換えの減少と,他方では逐語的な訳(たとえば「いただきます」を "Looks delicious!" と英訳)の増加が観察でできるが,これは,日本語のわかるアニメ視聴者が増加していることと関係しているとのことである。さらにインターネットの普及を背景とする「ハイパーローカル化」は,アニメファンが勝手に字幕を付ける「ファンサブ」などに典型的に見られ,"sensei" や "oyabun" など,日本語の表現をそのままアルファベットで表記した単語が英文に散りばめられる現象や,「夢を見ていた」が "You were seeing a dream" という日本語の直訳のように英訳される例が挙げられる。英語としては不自然な日本語風の表現を敢えて使うことで,個々の翻訳者が日本通であることを誇示するなどの動機があるとのことである。
 井上氏は,具体的な事例を示しながら,このような翻訳傾向の変化を例にして,言語が経済やテクノロジー,また社会構造や文化と深く関わっていることを示した。(成田節)


大津友美氏


呉人徳司


井上逸兵

ポスター (PDFファイル)

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