活動報告

Activity Reports

センターの活動報告です

東京外国語大学国際日本研究センター 対照日本語部門主催 『外国語と日本語との対照言語学的研究』第23回研究会 (2017年12月9日)

日時:2017年12月9日(土)14:00 ~ 17:50
場所:研究講義棟226講義室

発表「話しことばにおける自動詞と他動詞の使用ー親子談話の分析ー」
鈴木 陽子氏(東京外国語大学:言語学)

発表「モンゴル諸語における非定形動詞の定形用法の発達:日本語との若干の対照」
山越 康裕氏(東京外国語大学:モンゴル諸語)

講演「日本語社会はなぜ発話の非流ちょう性に寛容なのか」
定延 利之氏(京都大学:言語学、コミュニケーション論)

鈴木陽子氏 「話しことばにおける自動詞と他動詞の使用―親子談話の分析―」

本発表では、6つの自他動詞ペア(「あく-あける」「しまる-しめる」「はいる-いれる」「でる-だす」「のる-のせる」「おちる-おとす」)がどのように獲得されるのかを言語コーパスCHILDESを用いて検証している。これらの動詞の自他の使い分けは、日本語学習者にとっては習得が難しいが、本発表では、母語話者の言語獲得の過程を、主に自然発話データを用いて構文文法論(Construction Grammar)の観点から論じている。

 第一の実験では、自動詞と他動詞が使用される構文的な環境をについて論じている。その結果、自動詞はテイル形、ル形、タ形での使用が多く、他動詞は意志ある文脈で用いられる傾向が見られる点が明らかになった。また、子供の使用する構文と養育者が使用する構文が一致する傾向があることを示すとともに、自動詞と他動詞の獲得時期はほぼ同じであることを明らかにした。

 第二の実験では、子どもはインプットされた情報に基づいて、自動詞と他動詞の形式や意味をどのようにして区別して正しく習得しているかを論じた。具体的には、格助詞、有生性、構文などの要素に注目しながらクラスタ分析を行うことで、テイル形とタ形が表す発話意図と、テ形が表す発話意図が異なる点を明らかにした。

 第三の調査では、自動詞と他動詞に見られる様々な誤用を扱った。自動詞と他動詞では、両方向に誤用が確認されたが、自動詞を他動詞として使用する誤用の方が多い点が明らかになった。

 調査の結果、子供は頻繁にインプットされる構文を用いて動詞の使用を開始し、その後、徐々に使用できる構文の種類を増やしたり、様々な名詞と組み合わせて、動詞を使用するようになる点が明らかになった。また、自動詞と他動詞の使用は統語における特性の違いを表すだけでなく、異なる談話的な機能と結びついている点が明らかになった。このような談話機能の違いも、動詞の自他の区別に貢献していると考えられるであろう。(大谷直輝)

山越康裕氏「モンゴル諸語における非定形動詞の定形用法の発達:日本語との若干の対照」

 現代のモンゴル諸語では、主節における非定形動詞の文末用法が広く分布するという。本来は主節の述語として定形動詞を使用するべきところが、分詞や条件副動詞といった非定形の動詞が実際には用いられるのである。この点につき、山越氏は自身のフィールドワークの成果や種々のデータ、また中期モンゴル語の文献資料を駆使し、地理的にも歴史的にも幅広く、かつ豊富な文例を用いた実証的な研究に基づき発表を行なった。

 13世紀に著されたとされる『元朝秘史』(中期モンゴル語)を観察すると、ほとんどの場合に主節の述語として定形動詞が用いられているが、現代においては、北東部モンゴル諸語(ダグール語、ブリヤート語、ハムニガン・モンゴル語、オイラト語など)では分詞の文末用法が認められ、南西部のシロンゴル・モンゴル諸語(モングル語、マングェル語、シラ・ユグル語、ボウナン語など)では願望や依頼などのモダリティを表す条件副動詞が主節の述語として用いられる。

 中期モンゴル語では定形動詞が主節の述語として用いられたが、時代を経て現代では非定形動詞が主節の述語として多用され、しかもその用法の差が地理的にかなり明瞭な分布を示している。

 こうした非定形動詞の定形用法には、日本語の「言いさし」や終止・連体形の合一にともなう文末モダリティ形式の発達といった通時的変化と類似する側面も見られるため、あわせて日本語との対照についても論じた。発表後の質疑応答では、とりわけ日本語との対照における類似や相違についての議論が活発に行なわれた。(三宅登之)

定延利之氏「日本語社会はなぜ発話の非流ちょう性に寛容なのか」

 音声言語の非流ちょう性の実態について、定延先生ご自身の仮説にもとづく2種類の調査とその結果についてお話をうかがった。

まず、音声言語は文字言語よりも人間の言語として、より基礎的な地位を占めているにもかかわらず、実際の研究が文字言語中心であることを指摘し、その理由として音声言語が本来的に非流ちょう(disfluent)だからではないかと説明された。音声言語は本来、対面式コミュニケーションのことばであり、相手の反応を見ながら即時的に発せられることばは、どうしても非流ちょうになりがちである。従来、途切れやよどみがないことを流ちょうとする伝統的な考えから母語話者の発話は流ちょうであるとしていたが、最近では母語話者の発話も基本的には非流ちょうと考えられ、母語話者のよどみも流ちょうと捉えるようになった。非流ちょう性は次の5つのタイプに分けられる。

タイプ1:記憶不全による呼応のくずれ
重複(例:暴れる馬から落馬する)
欠如(例: 彼のいいところはやさしいです)

タイプ2:記憶不全によるループ(例:やっぱり選手層がやっぱり厚いからやっぱり)

タイプ3:小規模化によるコマ切れ(例:品川で、新幹線に、乗り換えて、・・)

タイプ4:ことばが出てこず発話が停滞
夾雑物挿入(例:え~と(ブルキナファソ)
代用(例:ブルなんとかファソ)
延伸(例:ブルー)
とぎれ(例:ブル、)

タイプ5:言い間違い(例:ナンボジアカンミン)

今回はタイプ4の延伸に着目した報告がされた。言語の形態的類型から見た場合、日本語のような膠着性を持つ言語は、言語処理のプロセスにおいて、"buffer"というインプットした情報を一度貯めて待つというプロセスを経るために、文法的境界ではないところで延伸が生じやすくなるという「膠着性仮説」(Sadanobu and Kang 2016)が立てられる。

調査1では膠着性の高い言語(日本語、韓国語、タミル語、トルコ語、ハンガリー語、シンハラ語)の対面式録音ブースでの実験によりその仮説が実証された。

調査2は、話者間の差の問題について「(自分はそういう話し方はしないが)そういう話し方をする話者はいる」という形で解消するための知覚実験である。調査1の調査言語にフランス語と中国語を加え、計8つの言語それぞれで4つのパターンの電話対話の片方だけの音声を作成した。それぞれのパターンには4つの要素(A:フィラーと戻し付きの跳躍的上昇、B:フィラーと言い間違い、C:フィラーと形態素内部の延伸型続行方式のつっかえ、D:フィラーのみ)を含め、作成した音声を聞かせ、本物の電話対応であると思うか否かを判断してもらった。その結果、日本語ではCのパターンを本物ではないと判断した割合が最も多かった。今後はデータの量をさらに増やし、フィラーやつっかえなどの要素の回数を決めるなどさらに信頼性を高めていくということであった。無限の知見にもとづくユニークな実験と優しい語り口に、学内外の研究者や学生で埋め尽くされほぼ満席の会場は皆"定延先生ワールド"に魅せられていた。(谷口龍子)


鈴木陽子氏


山越康裕氏


定延利之氏


会場の様子

ポスター (PDFファイル)