文字サイズ小 文字サイズ中 文字サイズ大
Home > 2008年度活動報告 | ワークショップ > イタリアワークショップ報告書

「大江健三郎の「私」的体験とその文学世界」  史 姫淑
"Personal Influences in the Literary Works of Kenzaburo Oe"  SHI Jishu

和文要旨

  本稿は大きく二つの部分で構成されている。

  第一部は、ノーベル文学賞作家である大江健三郎の生い立ちと、その文学世界の形成および作品の特徴と方法論についての概観である。主に「幼年時」、「戦後社会と新憲法」、「学生作家の文壇デビュー」、「結婚、政治、筆禍事件」、「光君と広島」、「個人的な体験とその文学―父と息子」、「あいまいな日本の『私』」、「『周縁』とテクニカルな書き方」、「後期の仕事とノーベル賞」などの項目に分かれており、第二部のための総括的な予備知識である。

  第二部は、大江の自伝的な作品『懐かしい年への手紙』(1987年)を取り上げ、ダンテの『神曲』が当作品に与えた影響について考察をおこなった。まず、「隠遁者ギー」の核時代の恐怖を訴える詩と、「ギー兄さん」が引用する『浄火』第二曲の中の詩篇との相関性を指摘した。さらに「ギー」という記号の反復性、「谷間の村」を舞台とする作品群をつなぐ大江の「星座小説」が、時代の「全体」を表現する「全体小説」から独自に変化を遂げてきたことを紹介する。最後に、ダンテの死と再生をめぐる魂の旅における右、左回りの方向性が、「谷間の村」の「自分の木」という死生観とも繋がっていることを述べる。

  上の考察をとおして、本稿はダンテによる大江文学への影響を示す一方、ズレを含む反復と引用(他作及び自作引用)、個人的な体験を下敷きにしたフィクションを越えるリアリティの創出などの、大江文学の特徴と創作方法を再確認するに至った。この小説は、作家の帰還しえない「谷間の村」へのノスタルジーを代弁しており、これは当作品が「懐かしい」と題された大きな理由のひとつでもある。

  詳しくは英語本文(PDF)をご覧ください。


 
英語本文(PDF 和文要旨(PDF  


↑このページのトップへ