ポーランド語
język polski, polszczyzna


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ことばの概説

1.正書法の特徴

 アルファベットの原則,すなわち1字1音主義が基本だが,2字あるいは3字でひとつの音を表わすケースもある。 例えばszafa [シャファ]「戸棚」の最初の2字 sz は英語の sh に似た音を表わし, dziecko [ヂェツコ]「子供」の最初の3字 dzi はヂ(漢字と言うときのジ)の子音にあたるを表わす。 後者の例では,字母iが軟音記号として用いられている。 軟子音(口蓋化子音)の表記に補助記号もしくは字母 i を用いるのがポーランド語正書法の最大の特徴である。

2.音声の特徴

  • 母音

     母音は8つだが,母音を表わす字母は9つある。

    a e i o u y ę ą

     a, e, i, o, u はほぼ日本語の「ア,エ,イオ,ウ」にあたる。  y は「ウ」と「イ」の中間の音。  ę「エン」と ą「オン」はどちらも鼻母音。

  • 子音

     子音は硬子音21個と軟子音(口蓋化子音)15個,ほかに借用語に現われる子音が若干ある。 硬軟の区別は,有声・無声の区別とは別に,文法上,きわめて重要である。

  • アクセント

     語のアクセントは強さアクセントで,原則として次末アクセント,すなわち終わりから2番目の音節にある。 従って,同じ一つの語でも,語形が異なれば,アクセントの位置は移動する場合がある。 アクセント音節を下線で示せば,例えば,Polak [ポラク]「ポーランド人」は複数主格では Polacy [ポラツィ], 複数造格では z Polakami [スポラカーミ]「ポーランド人とともに」となる。

3.文法の特徴

 ポーランド語は言語類型論的には通常,屈折言語に分類される。 屈折とは性,数,格,人称,時制などの文法的機能に対応する語形変化のことで, 動詞の活用と名詞類(名詞,形容詞,数詞など)の曲用に大別される。

  1. 名詞・形容詞の曲用

     名詞には性(正確には文法性)の区別があり, 2つの数(単数,複数)と7つの格(主格,生格,与格,対格,造格,前置格,呼格)を持つ。 従って1つの名詞は14個の語形を持つことになる。

     名詞の性は選択的だが,形容詞の性は屈折的である。 つまり,名詞は1つの性を属性として選んでいるのに対し,形容詞は関係する名詞の性に応じて語尾を屈折させる。 より正確に言えば,形容詞は性だけでなく,数や格についても名詞に従う。 この現象を名詞と形容詞の「性・数・格の一致」と呼ぶ。

     この観点から名詞は通常,次の5つのグループに分類される。

    ・男性人間名詞: mąż 夫 syn 息子 pisarz 作家 Japończyk 日本人(男性)
    ・男性有生名詞: pies 犬 kot 猫 ptak 鳥 papieros たばこ mazurek マズルカ
    ・男性無生名詞: słownik 辞書 komputer コンピューター lipiec 7月 kraj 国
    ・女性名詞: żona 妻 córka 娘 krowa 牝牛 książka 本 kolej 鉄道
    ・中性名詞: dziecko 子 zwierzę 動物 pole 畑 liceum 高校

     男性人間名詞はオトコを指示内容とする語である。 男性有生名詞は主として動物を表わす語だが,意味論的には無生物を表わす語も若干含まれる。

     しかしながら,そもそもポーランド語の男性名詞が細分類されるのは,次のような形態・統語論的根拠による。 すなわち,男性人間名詞も男性有生名詞も男性無生名詞も,これに対応する人称代名詞がonである点は共通しているが (ちなみに女性名詞はonaで,中性名詞はonoで受ける),単数対格で男性人間名詞と男性有生名詞は生格と同形だが, 無生名詞は主格と同形になる。

     ところが複数対格になると,男性人間名詞だけが生格に等しく,男性有生名詞と男性無生名詞は主格に等しい形をとる。 このことを形容詞dobry「良い」を添えて見てみよう。

    • 男性人間名詞:student「学生」
      単主dobry student複主dobrzy studenci
      単生dobrego studenta複生dobrych studentów
      単対dobrego studenta複対dobrych studentów

    • 男性有生名詞:koń「馬」
      単主dobry koń複主dobre konie
      単生dobrego konia複生dobrych koni
      単対dobrego konia複対dobre konie

    • 男性無生名詞:pomysł「アイデア」
      単主dobry pomysł複主dobre pomysły
      単生dobrego pomysłu複生dobrych pomysłów
      単対dobry pomysł複対dobre pomysły

    • 女性名詞:książka「本」
      単主dobra książka複主dobre książki
      単生dobrej książki複生dobrych książek
      単対dobrą książkę複対dobre książki

    • 中性名詞:lekarstwo「薬」
      単主dobre lekarstwo複主dobre lekarstwa
      単生dobrego lekarstwa複生dobrych lekarstw
      単対dobre lekarstwo複対dobre lekarstwa

     さらに上表中の形容詞の語形に注目すると, 男性人間名詞の場合だけが主格(dobrzy)と対格(dobrych)に特別な形をとり, 他は女性名詞や中性名詞の場合も含めて,複数主格=複数対格(dobre)であることが分かる。 そこで形容詞が男性人間名詞と結合するときにとる特別な形態を複数男性人間形と呼び, 他の名詞と結合するときの形態(複数非男性人間形)と区別する。

     このような複数における男性人間形と非男性人間形の区別は, ポーランド語文法の特徴の1つで,形容詞にとどまらず, 人称代名詞の複数3人称(oni / one)や指示代名詞 ten 「この」の複数(ci / te)などにも, また後述するように動詞の活用にも現われる。

  2. 動詞の活用

     動詞の不定形は,そのほとんどが-ąに終わる。通常,これが辞書の見出し語になる。

     法は直説法,仮定法,命令法の3つだけ。 しかも,時制(現代ポーランド語では直説法のみ区別)も現在,過去,未来の3つだけなので, 英語やフランス語に比べて活用体系そのものは割合に単純である。 しかし,主語の人称や性に応じた語尾変化が加わるので,実際にはかなり面倒である。

     まず,直説法現在は,主語の人称と数に応じて6通りの語尾を区別する。 動詞 czytać 「読む」を例にとると,次のようになる。

    単1 czytam 単2 czytasz 単3 czyta
    複1 czytamy 複2 czytacie 複3 czytają

    • 過去

      過去は人称と数の区別に,性の区別が加わる。
      主語が男性単数のとき
      czytałem「僕は読んだ」 czytałeś「君は読んだ」 czytał「彼は読んだ」
      主語が女性単数のとき
      czytałam「私は読んだ」 czytałaś「あなたは読んだ」 czytał「彼女は読んだ」
      主語が中性名詞の単数なら
      dziecko czytało「子供は読んだ」
      複数では主語にオトコが含まれるか否かによって, 男性人間形と非男性人間形を使い分ける。
      上が男性人間形、下が非男性人間形
      czytaliśmy
      czytałyśmy「私たちは読んだ」
      czytaliście
      czytałyscie「君たちは読んだ」
      czytali
      czytały「彼らは読んだ」

    • 未来

       未来はまず,英語のbe動詞にあたるbyąの未来が次の6通り。
      単1 będę,単2 będziesz 単3 będzie
      複1 będziemy,複2 będziecie,複3 będą

       一般動詞の未来は,このbyąの未来形を助動詞とし, これに当該動詞の分詞または不定形を結合させた合成形態をとる。 そのさい,分詞の場合は主語の性による区別が伴う。

       例えば「私は読みます」と言うとき,
      主語がオトコならbędę czytał
      主語がオンナならbędę czytała

      となる。
       不定形を使えば男女の区別なくbędę czytaąである。

    • 仮定法

       仮定法にも人称・数・性による語尾変化がある。動詞 chcieą「~したい」を例にとると, 英語I would likeにあたるポーランド語は,
      主語がオトコなら chciałbym
      主語がオンナなら chciałabym

       we would likeは
      主語にオトコが含まれるなら男性人間形chcielibyśmy
      オトコが含まれないなら非男性人間形chciałybyśmy
      となる。

    • 命令法

       命令法には,2人称単数・複数のほかに,勧誘に使われる1人称複数形がある。
       czytaąの場合は順に,
      czytaj! 「君,読みなさい」
      czytajcie!「君たち,読みなさい」
      czytajmy!「読みましょう」
      となる。

    • アスペクト

       ところで,すべての動詞はアスペクト(あるいは体)と呼ばれる文法カテゴリーによって完了体動詞か, 不完了体動詞のどちらかのグループに分類される。しかも多くの場合,同じ語彙的意味を持ち, アスペクトだけを異にする2つの動詞がペアを作っている。
       例えば pisaą 「書く」は不完了体動詞で,同じ意味の完了体動詞は napisaą である。

      不完了体動詞は直説法で現在・過去・未来の3つの時制を持つが, 完了体動詞には現在(単純未来とも言う)と過去の2つの時制しかない。 完了体動詞は動作行為の完了時点,ないしそのあとの結果を念頭において表現するので, 例えば上の napisaą の1人称単数現在 napiszę は「私は書き上げます」を, 過去は napisałem 「私は書き上げた」を意味する。

       動詞からは副分詞,形容分詞(能動と受動),名分詞が作られる。
       例えば,czytaąからは czytając 「読みながら」, czytający 「読んでいる」, czytany 「読まれる」, czytanie 「読むこと」。
       これらはいずれも,動詞からの派生というより,動詞の活用形と言うべき規則性を備えているうえ, アスペクトの区別や自動性・他動性といった動詞に固有のカテゴリーも保持している。

  3. 動詞の格支配

     英語の学習者は動詞を覚えるさい,その動詞がどの文型で使われるか, 例えばSVO型か,それともSVOC型かに注意を払う。 ポーランド語の学習者は,各々の動詞が名詞のどの格形態と結びつくかを知っていなければならない。 これは動詞の格支配と呼ばれる現象で,英語の文型に相当するといえよう。

     ただし,格支配は前置詞と名詞,形容詞と名詞の間などにも見られる。
     mądry Polak「賢いポーランド人」を例に,格支配と名詞・形容詞の性・数・格変化を以下に示す。

    主格Tu jest mądry Polak.ここに賢いポーランド人がいる
    生格Szukam mądrego Polaka.私は賢いポーランド人を探している
    与格Dziękuję mądremu Polakowi.私は賢いポーランド人に感謝している
    対格Chcę poznaą mądrego Polaka.私は賢いポーランド人と知り合いになりたい
    造格Mieszkam z mądrym Polakiem.私は賢いポーランド人と暮らしている
    前置格Opowiadam o mądrym Polaku.私は賢いポーランド人について語る
    呼格Ach, mądry Polaku !ああ,賢きポーランド人よ!

  4. 人称代名詞としてのpan / pani

     人称代名詞は,
    単数1人称ja
    2人称ty
    3人称on(男性形)
    ona(女性形)
    ono(中性形)
    複数1人称my
    2人称wy
    3人称oni(男性人間形)オトコが含まれている場合
    one(非男性人間形)オトコが含まれていない場合

     ただし,2人称単数のtyは相手が子供や身内の場合,仲間同士に限られ, 通常はこれに代えて男性に対してはpan,女性に対してはpaniが用いられる。

     本来,panは「主人;男性」を, paniは「女主人;女性」を表わす普通名詞だが, 「~さん」の意味で姓名や肩書の前に置かれる敬称として,さらに「あなた」の意味の2人称代名詞として広く用いられる。

     なおpan / paniが主語に立つ場合,述語動詞は2人称ではなく3人称単数の形態をとる。

  5. 語順の機能

     ポーランド語では,英語とは異なって,動詞と名詞の論理的的関係が,語順ではなく, 名詞の格語尾で示される。そのため語順はほかの目的に, とりわけテーマ・レーマ(主題・説述)関係の表現に用いられる。

    a  Andrzej kocha Annę. アンジェイはアンナを愛している
    a’ Annę kocha Andrzej. アンナを愛しているのはアンジェイだ

    b  Warszawa jest stolicą Polski. 「ワルシャワはポーランドの首都です
    b’ Stolicą Polski jest Warszawa. 「ポーランドの首都はワルシャワです

    上のaとbでは文の主語がテーマになっているが,a’とb’は文の主語はレーマになっている。 訳文と比較すると,ポーランド語の語順の機能が日本語の助詞ハの機能に対応していることが分かる。

4.語彙の特徴

 ポーランド語は豊かな語彙を持つ言語である。その一つの証しとして類義語の数の多さが指摘できる。 一例を挙げれば,日本語の「去年,昨年」,英語のlast yearにあたるポーランド語はと言えば

ubiegły rok / zeszły rok / miniony rok / ostatni rok / przeszły rok

と、いくつも挙げることができる。

  • 指小・愛称語

     指小語あるいは愛称語と呼ばれる語が容易に形成されるのもポーランド語の特徴である。 stolik「小テーブル」(<stół「テーブル」)のように,実際に小さな対象物を指す場合のほかに, 心を込めて名指すとき,聞き手に親愛の情を示したいとき, あるいは単に話し手の機嫌が良いときに多用される傾向がある。

     例えば,Maria 「マリア」という正式名に対しては  Marysia, Marysieńka, Marysiulka, Marysiuchna といった愛称が使われる。

     指小・愛称語は名詞に限らない。  czerwoniutkie jabłuszko「真っ赤なおリンゴ」(<czerwone jabłko「赤いリンゴ」)では形容詞も指小語。

     Chodź prędziutko!「早くいらっしゃい」 (<prędko「急いで」)は副詞が指小語。

    さらに płakusiaą(<płakaą「泣く」)のような動詞の指小語もある。

  • 語彙の重層性

     ポーランド語の語彙を観察すると,ほぼ同じ意味の語が2つずつ存在しているケースが少なからずあることに気づく。
     例を挙げよう。いずれも左が本来の(つまりスラヴ語としての)ポーランド語,右はギリシア語・ラテン語起源, あるいは西欧諸語からの借用語である。

    krajobrazpejzaż風景
    wychdźstwoemigracja国外移住
    skorowidzindeks索引
    ośrodekcentrumセンター
    dziejehistoria歴史
    wojskoarmia軍隊
    budowastruktura構造
    jaroszwegetarianin菜食主義者
    samolubegoista利己主義者
    ludzkihumanitarny人間的な
    dodatnipozytywny肯定的な
    znaczeniowysemantyczny意味的な
    dzwoniątelefonowaą電話する
    powiadamiaąinformowaą知らせる
    roztrzygaądecydowaą決定する

     もちろん,左右の語の間には意味範囲や用法,あるいは文体的差異などが存在するが, いずれにしてもポーランド語の語彙体系に見られるこの重層性は, ポーランド人がスラヴ民族でありながら西欧世界との接点で己の文化を育んできたという歴史的事実の証しにほかならない。