囚人

サイト・ファイク

高嶋紀子・蔵澄千香子・八木下春南訳


 その日、小さな町の刑務所の前に恐ろしいほどの群衆があった。ある女性のこと15歳のときに刑務所入りしたアフメトという名の若者がその日釈放されるのであった。2つの村の住民たちは子どもを連れてぞろぞろと、花嫁の車のように飾った車で町の刑務所の前を埋めていた。そこでは警官や治安警察、ソーダ水売りやシラ売りたちが歩き回っていた。いっとき、知事の命令で村人たちをその場から散らせようとした。何があったのか知らない、ぼろを着たある若者が妨げた。そこにいた人々や、その友人であるとみられるよい身なりをした地位のあることが明らかな人でさえ口をはさんだ。警官たちに、

「何があったんだい?」と訊いた。「一体何があったというのだ。放っておけ。刑務所を出る人を出迎えるのだ。あなた方に何の関係がある?なんなら私は知事のもとに出向いて話をつけてやる。」

 通りかかった人々もこの村人たちの集団に加わった。役所の前は人々でいっぱいだった。町はこのような村人たちの群衆をかつてもう1度見たことがあった。約20年前のことであった。 

 そのときの町の状況は普通ではなかった。軍隊は形成されていなかった。町をある時はカリフ勢力が、またある時はギリシア人が、さらに前は不正規軍が占領していた。イスタンブルに近いため、町の富裕な人々は逃げた。しかし、貧しい人々は残っていたと言えよう。だが、次の勢力は何でもかんでも取り除き、さらには木々に人々を吊り下げた。

 町の義勇軍があった。小さな勢力に対しすぐに家々に逃げたこの若い集団は、さらに町の財政の世話にもなって帯を締め、鉄砲を並べ、町に他の勢力が見られないときには威張り散らしていた。

 この状況を聞いた村人たちは斧、屶や鉄砲、クリミア戦争で残された武器、さらにこれらには似ても似つかない1000種類もの野蛮な道具でもって町の人々を守ろうと町へ歩いていったのだった。

 その町にはたった4、5ヶ月前、竿秤で少なく量り、子どもやヘナを塗った娘たちが肥やしの匂う土間で育てた繭の籠に指輪をした手を突っ込んで、「黄色が多い繭がいっぱいだ」と言い、きれいな繭があるのにも関わらず安い値に値切る人々でいっぱいだった。その町での有力者たちの生計は農民たちの地税によって支えられ、商人たちの生計は少なく量る竿秤に頼っていた。

 村人たちはこれを知らないと思ってはならない。しかし、外国の敵に対し兄弟が泥棒であることの、また恩知らずであることの憤りはすぐに消え去った。村人たちは町をいっぱいにしていたようだった。10日分の食糧で来たようだった。その後は再び10日分の用意と共に、他の群衆が村で準備しながら守っていた。町の番をして守ったのであろう。

 祖国解放戦線が形成されるまで彼らは町を守った。40キロも遠いところでまで町を斧や屶を持った村人たちが何千人も出て守っているということが聞かれた。不正規軍も側近も、カリフ勢力もギリシア人たちも現れなかった。窃盗団は全て他の町へ行った。

 その日、私は子どもであったが覚えている。役所の前をまるで今日のように人々が埋めていた。人々の顔からは何も理解できなかった。つまり、人々はこの人たちがどうしてここに来たのかを知らない空想に捕われていた。しかし、これは一集団ではなかった。皆がたった一つの目的のために来たことを各々が知っていた。しかしこの情報は明るみに出す必要がないほど共有されていたのだった。

 死ぬこと、あるいは良いことを、また何か行動を起こそうと決心した村人の顔ほど無表情で冷たく、そして深刻な顔を私は見たことがなかった。

 今日、同じ顔を、囚人を待つ人々の顔に見た。しかし昔の、武器を手にした人々よりも幸せそうであった。そのうえ、その中には既に酔っぱらっている人たちもいた。彼らはどちらかというと若者だった。老人や中年の人たちはあの日のような、冷たく落ち着いていて、深刻な顔をしていた。

**

 囚人は夕方頃釈放されるはずであったが、役所から昼頃釈放された.彼はちょうど七ヶ月半服した。さわやかな青年であった。黒く、なびくその髪は繊細で、愛らしい顔をしていた。ほほえましく笑っていた。同じ年のある若者に向かい合うように近づいていった。その若者は囚人を捕まえ、側面はひらひらのカーテンで閉めた牛車へと連れていった…車には1、2人の女性の頭が見え隠れした。カーテンが閉まった。若者が乗った車の前には他の車、後ろに騎士と歩行者が続いた。

 全町民はおかしいなと商店の前に出て、コーヒーをこぼしながらこのおかしな行列を見た。夕方にようやく話を皆が知ることができた。ありふれた事柄のひとつであった。

 アフメットの村とメフメットの村は対面していた。村の間にはサカルヤ川、濁っていて渦を巻きながら流れていく。2つの村の間に(それぞれ非常に接近しているサカルヤ川の2つの岸)は夏に冬に通れないくらい深い。メフメットはアフメットの、アフメットはメフメットの村の者と結婚してしまっていた。長い話だ…まず最初に、メフメットがポプラの木をボートにしてエミネをアフメットの村からアフメットの助けでもって略奪した。アフメットはと言うと、ある秋の夜、泳いでメフメットの村へ渡り、彼の家へ着き、広く知られているこの角で今日を待つ御馴染みのポプラの木を背負い、サカルヤ川の岸のサズが生えているところに隠れた。なぜならアイシェは簡単には略奪されなかった。家々の中は混んでいて、混んでいるといったけれどもそれは言い訳で、アイシェにはメフメットのもとへ行く意図がなかったのだ。

 メフメットとアフメットは互いに競い合うほど貧しかった。10年程前は自身の土地もなかった。町で貴族の“ハジュ・フュセイン”の孫の代表者が毎夏、牛車に乗って脱穀場へやってきて、彼らの取り分を取っていった。ある時彼らは来なくなってしまった。その時から彼らは少し楽になった。しかし、彼らは非常に心配もした:“あいつらに何が起こったんだ?”と。ハジュ・ヒュセイン家の家長は死んでしまっていた。息子達はメフメットやアフメットの村で彼らの土地があることすら知らなかった。ただ地券局から彼らへ紙がくるのを互いに言い合っていた。

―ああ、この土地はあきらめた。私達はそれがどこにあるのかさえ知らないのだから。

 今、アフメットとメフメットには70u、65uの土地がある。この土地では何でもなる。数年前にはとうもろこしを育てた、とうもろこしは金になった。つまり、この理由で(お金ができたので)メフメットはエミネを略奪した。その年は、彼らは麦を育てた、丁度芽が出たとき、サカルヤ川は氾濫した、20日水が引かなかった。種は腐ってしまった。神の恵みは“おばあさん”へ…彼女がどこから見つけて帳尻を合わせたのかは分からないが彼らは飢えなかった。心の問題はと言うと、何をしようと手立てをみつけなければならなかった。心の問題と食の問題は大切な事だ。“おばあさん”はこの事も解決した、アフメットを隅に引っ張っていき、

 ―おまえは若者ではないの?―と言ってはっぱをかけた―略奪なさい、何をぐずぐずしているの?略奪なさい、そのおてんば娘を、抱きつきなさい、おてんば娘に!その愛らしい娘を!

 本当にアイシェは美しい娘であった。彼女の顔に、髪に風のような趣があった。そして最も人を揺れ動かすのはその趣であった。アイシェの父は貧しかった。村で大工と蹄鉄工をしていた。その岸に彼らの家はあった。アフメットの家からアイシェの家ははっきり見えた。アフメットは彼女をずっと昔から、褐色で光のように早くサカルヤ川の岸辺の砂を駆けていたときから、愛していた。わずか夏に5、6人が泳ぐことができるサカルヤ川で、アフメットは、泳ぐことができるもののうち最も上手い者だった。彼はよく行ったものだ。泳いでアイシェの家の前に。水に飛び込んでいたものだ。サカルヤ川は彼を濁流で呑み込み奪って流れていった。

 ―お母さん!―と叫んだ、川が向かいの村のアフメットをだめにする!

 向かいの村のアフメットは潮流の静かになったところで急に見えて、

  ―馬鹿な色黒娘!向かいの村のアフメットをそっちの村のムルテザと思ったか?―と叫んだ。

**


 その村のムルテザは偉い男で、農場を持っていた。彼の父、ルステム・ベイは金持ちな男だった。ムルテザは町の学校で勉強していて、夏になると村へ戻ってきたものだった。彼は綿のように白かった。アイシェとの間に秘密があると噂されていた。どういう訳かアイシェはムルテザ・ベイを見る時何かが起こった。アイシェに何ができるというのか?彼女は白い肌と青い瞳の人間がとても好きで、心が和むのだ。しかし、ルステム・ベイは息子に蹄鉄工の娘がふさわしいとはみなさなかった。町からソアンジュザーデ家の娘をもらうつもりだった。ソアンジュザーデはほとんど破産状態にあったためムルテザはいつになったら兵役を終えるのかと待ちくたびれて、日没頃にラクを飲む習慣がついてしまった。ふと思いつくと馬に飛び乗って行きルステム・ベイの所で数日間もてなしを受ける。ムルテザと狩に出て、将来の娘婿にするべき様々なへつらいをしてみせた。

 その晩アフメットは、おばあさんから許しを得ると川へ飛び込んだ。暗闇の中、対岸に着いた。下着姿でメフメットの家の戸を叩いた。メフメットは彼を見ると、

 ―どうしたんだアフメット?ほら中へ入れよ、人が見ないように―と言った。

 彼に服を与えた。そうすると彼らはポプラの木のうろを運んで葦の茂みに隠した。手を貸せアイシェの家。みんな眠ってしまったはずだった。アイシェの部屋の窓を叩いて彼女が開けると、アフメットは娘の口にハンカチを詰めた。褐色の娘は嫌がっていた。細くて強い両足をニ人の男は押さえられないでいた。彼女をボートの中へ投げ入れた。メフメットはオールをつかんだ。

アフメットは、

―やめろアイシェ、ジタバタするな!―と言ってハンカチを娘の口から出した。

アイシェはありったけの力で叫んだ。アフメットの村の岸に着いた時向こう岸で、手にランプを持った人々が岸辺に集まった。ムルテザの声が聞こえてきた。

―川に飛び込むぞ!あいつを殺してやる!―アフメットは叫んだ。

―飛び込めよ男なら!―ムルテザは猫のように水が怖かった。前を渦巻きながら流れるサカルヤ川を見た

―できないよ父さん!―と言った。

ルステム・ベイはにやりとした。

―お前にふさわしくないんだ、あの娘は!―彼は鉄砲を取り出した。向かいの村の暗闇に向けて三発撃った。この銃弾がどこへ行ったか誰にも分からない、とみんなは思った・・・

アフメットはアイシェに朝まで話をさせた。朝になると早くから黒いボートに乗ってアイシェを村に帰した。アイシェは戻ったが、ムルテザ・ベイは二度とアイシェと結婚したがらなかった。その実アイシェはアフメットに懇願したのだった。

―彼が、ムルテザが好きなの。アフメット私を放して。それにお金持ちの妻になりたいのよ。―と言った。

 アフメットはアイシェの手を握ることすらしなかった。ムルテザ・ベイの所へ、産婆とアイシェとおばあさんまでもが出かけていった。

―生まれたままの状態の娘です・・・―と彼女達は言った。

―しかし何とも立派な青年だろうね、我らが息子は・・・本当に彼女を愛している。それなのに素晴らしいよ・・・―と言った。

ムルテザは喜んだ。

 アイシェはアフメットにやはり嫁ぎたいとは思わなかった。二年待った。両親は情けをかけてアイシェを彼らの家に置いてやった。父親は彼女の顔さえ見なかった。母親は彼女を日雇い労働に送った。アイシェの手からお金を取り上げた。嫁入り道具を売った。向かいの村の若者達はアイシェをからかった。アイシェは決心して町へと逃げた。その道で有名なサーニイェ・ハヌムの家へ行った。サーニイェ夫人はアイシェを、彼女の初夜を100リラでソアンジュザーデの仲介のもとムルテザ・ベイに売った。アフメットはというとサーニイェの家からアイシェを見つけ出し、村へ連れて来た。婚礼を挙げた。おばあさんにアイシェを任せた後、メフメットのスィミットヴェッソン銃を借りた。行って金持ちな義父ソアンジュザーデを商店で見つけた。ちょうど頭に三発撃ち込んだ。村に戻って銃の中に残った二発の玉をムルテザ・ベイの胸の真ん中に発射した。しかしなぜかそいつは死ななかった。