遠くて近い

遠くて近い！　編集の仕事と語学の関係

阿曽　香（1987年卒、（株）リクルート）

就職して以来、ペルシア語だけでなくあらゆる外国語と縁がなくなった。それでも、卒業して16年過ぎようとしているのに、いまだに大学時代を懐かしく思い出すことがある。

朝から晩まで一緒に過ごしたクラスメート、可愛がっていただいた先生方･･･。そしてなんて無責任で楽しい毎日だったことだろう！

今回、ひょんなことからこのコーナーへの寄稿を依頼された。勉学に励む皆さんに語るのは非常に憚られる軌跡だが、せめて反面教師にでもなればいいと思いペンを取ることにする。

● 遊び暮らした大学時代

ペルシア語を選んだ理由は簡単である。入学できそうなレベルで、しかも惹かれる言語がペルシア語だったから。砂漠の言語、右から左へと書く世界で１つしかない（と思っていた）アラビア文字の神秘性に惹かれた。

そう思って入学したはずなのに、大学時代の私は完全な劣等生だった。ペルシア語に興味が持てなかったというより、勉強そのものに興味を失っていたのだろう。さすがに専攻であるペルシア語の授業にこそ出席はしていたが、授業以外に勉強したのは試験の前だけ。専攻以外では気が向かない授業は出席もせず、よく岡田恵美子先生や藤井守男先生（私たちの入学当初はまだ独身でいらした！）の研究室で、お茶をご馳走になったものだ。今、考えても4年でストレートに卒業できたことが不思議なほど、大学以外では勉強しない遊び暮らした毎日だった。

・・・ちなみにいまだに言える数少ない単語の１つは「チャーイ」である。たぶん、4年間で一番多く使った言葉だろう・・・。

● 軽い気持ちで入社

なぜか無事4年生に進級できたあとは、周囲に合わせ就職活動を開始。特に働きたいとも思っていなかったが、社会経験のために3年くらい働こうか、くらいの軽い気持ちだった。当然、希望職種など考えたこともない。また先生方には申し訳ないが語学力はまったく身についていなかったので、語学とは関係なく(必要とされず)、人に薦められる会社、何となく面白いと思う会社､適当にいくつかの会社を受けた（あー、本当に思い出すのもいやなほど、いい加減な人間でした）。外語大というネームバリューも効いたのだろうが、多くの会社で最終面接まで進んだのは、バブル期のおかげと言うしかない。

そのなかで、現在のリクルートを選んだのは、その風土や「人」に惹かれたからだ。もともといい加減な気持ちで就職しようという私に、お堅い会社に勤める覚悟はなかった。私が入社した当時のリクルートは、社員の平均年齢27歳という非常に若々しい会社。社員は全員、社長にいたるまで「さん」付けで呼ばれる。朝から晩までがやがやとうるさく、フロアは汚く、まるで学生時代の延長のような風土が「これなら3年は働けそう･･･」という気持ちにさせてくれたのだ。

●　とはいえ、入社後はたいへんでした･･･

リクルート入社後は、「住宅情報事業部」に配属。「住宅情報」という、家を買うための情報誌を作る部門である。もともと特に住まいに興味があったわけではない。私を担当したリクルーターがこの事業部の人間だったため、という安易な理由による配属だったと思われる。営業職が主体のリクルートにおいて、専門性や志向を重視した採用が行われるようになったのは私の入社後のことだ。

入社当初は､営業を担当。学生時代の延長でやっぱりふらふらしていた。朝早く、休日もなく、それまでとは180度違う毎日。それだけで、仕事ってつらいなあと思った。多少なりとも「仕事をする」という意味が分かり始めたのは、9ヵ月後に編集部に異動してから。

それまでは営業職で、さぼっても自分に与えられた目標が達成できないだけ（本当はそれだけでなく、周囲や事業部、担当しているクライアントに多大な迷惑をかけているのだが、まだそれも分からず、また目標に到達しないことを悔しいと思うこともない、未熟な人間だった）。

が、編集職は自分がさぼればページが白くなる。担当したページの優劣はひと目で分かり、ただ「こなすだけ」で終わった企画は周囲や読者から厳しく評価される。

仕事量も膨大。週刊のため、毎日大量なページを処理しなくてはならない。次から次へと出てくる仕事は、ふらふらする隙など与えてくれない。やってもやっても仕事は終わらず、週末も出社、それでも終わらず､ページが白いまま本が出る夢を何度見たことだろう。

なぜ1日は24時間しかないのか、眠らず働く方法はないのか･･･そんな思いがよぎった日は両手で数え切れないほどある。

● そして今

次の転機は入社9年目にやってきた。95年、同じ事業部内ではあるが、賃貸マンション・アパートの情報誌「住宅情報賃貸版」創刊のため部門異動。編集メンバー２人で毎週の記事を作成しながら、新創刊（リニュアル）のための作業もこなす、超ハードスケジュール。

だがこのときに、1本の記事でなく、一からメディアを考えるという難しさ、楽しさを知った。そこで副編集長を経て97年、編集長に。

媒体全体の責任を取る立場になったわけだが、その一方で自分の考える方向にメディア全体の方針を動かせる楽しさは、何にも代え難いもの。責任の重さとそれに付随する楽しさは、比例する。

2000年、古巣に戻り「住宅情報」の副編集長、2002年春に編集長就任。

変化や異動が激しいこの会社で、１つの部門でしかもずっと編集畑というのは多少、珍しいかもしれない。振り返れば、入社以来、編集職を希望したこともない。なのにずっと住宅領域の編集に携わり続け、気が付けば16年もの歳月が過ぎている。あれほど無責任だった私が、前段のように「責任の重さと楽しさは比例」などと語れるようになっている。本当に不思議だ。

● 編集と語学の関係

自分のキャリアと学生時代の専攻はまったく関係ないと思ってきた。しかし、十数年を経て、語学を専攻したことと、今現在、編集系の仕事に携わっていることは、無関係ではないと感じるようになった。それは「言葉」に関する感覚の有無だ。せっかくの機会なので、長くなるがその内容を少しお伝えしよう。皆さんはどう感じるだろうか。

①　コミュニケーション能力はベースの能力

よく誤解されるが、編集という業務は基本的には「書かない」仕事である。取材記者やプロダクション、カメラマンを動かして記事を作り上げるのだ。そのために大事なことは「コミュニケーション」だと思っている。自分の気持ちや思い、意図を他人にいかに理解してもらえるかがベースの能力となる。でも、仕事をしてきて感じるのは「それって何の仕事でも同じ」ということ。

そして、コミュニケーションのベースとなるのは、やはり「言語」。写真や絵、音楽など、気持ちを表現し、伝える手法は数多くあるが、一番効率がいいのは、やはり言葉を通して行うことだろう。

そういう意味では、言語を専攻に選んだ皆さんは、コミュニケーションに関する意識が高いはずだ。文化が違う国の人に、的確に意図を伝える、言語を通して相手の感情を理解する。それはすべて、社会に出てからきっと役立つ基礎能力である。

②　外国語を通じて日本語を再認識する

語学を学んでいると、その過程のなかで必ず自国の言葉を見つめ直す機会が来る。構文の成り立ち、単語の意味･･･。学んでいる外国語の持つ不思議さ、美しさを感じるようになるにつれ、自国語についても同じことを考えるときがあるはずだ。私は外国語を学んだ経験を通し、かえって日本語の曖昧さ、複雑さなどの特徴を再認識したと思う。その認識は、記事をチェックする今の仕事に間接的に役立っている。一般的な雑誌より専門性､正確性が求められる「住宅情報」の記事においては、文章、表現での曖昧さの排除が重要だからだ。

③　「言葉」の捉え方は人それぞれと知る

国語は、その国の文化を知る重要な鍵のひとつだ。たとえば日本語の曖昧さがそのまま日本人の曖昧な国民性に通じるように。

だが世界中にいろいろな文化があるように、実は日本のなかでもいろいろな考え方、捉え方をする人がいる。私は、仕事をして初めてそれを知った。自分が「日本語で」「日本人に」伝えたことが、きちんと伝わらないことがあるんだー、という驚き。言葉を尽くして伝えたはずのことが、半分も伝わっていないこともある。仕事では、それが大きなミスにつながることも多い。

そんなときの私の口癖は･･･「（彼とは、または彼女とは）使ってる言語が違う」。

言葉をどう受け止めるかは、その人の言葉や相手の意図を理解する能力に負う部分が大きく、同一の言語を使えば必ず伝わるというものでもない。そんな、人の｢言葉｣に対する認識や理解力の違いに気付くのも、言語を学んだ経験のおかげである。

● 最後に

社会に出て自分の知識の浅さを認識するたび、何度、遊び暮らした4年間を「もったいない！」と思ったことだろう。私の周囲でいったい何人の人が会社をやめ、大学に戻っていったことだろう。自分の学びたいことが分かり、学ぶことの重要性、価値を本当に認識できるのは社会に出てからかもしれない。

だから、今、皆さんにやりたいことがないなら、無理して勉強しろとは言わない。ましてやペルシア語を勉強しろと言う気もない。

でも、１つだけ。自分の時間を､有意義に使ってほしい。授業のほかにも、アルバイトに、遊びにと忙しい毎日だとは思うが、それでも社会に出てからよりは、たくさんの時間があるのだ。

自分の好きなことを見つけるために、自分の見聞を広めるために、少しでいいから、自分が有意義だと思える時間を過ごそう。満足感･充実感のある時間は、何の役にも立っていないように見えて、でもきっと自分を育ててくれる。

以上